8 / 31
レイヤー8・上は大火事、下は大水1
しおりを挟む
あれから1日しか経っていないけれど、私は今朝も龍生の部屋へと向かった。普段ならば布団に潜っている彼が、珍しく目を覚ましていた。
それだけに留まらず、一時間後には学校で姿を見かけたのだから信じられないわ。
ただただ、約束を守ってくれたことが嬉しかった。
「ここはこうして、こう。少しばかり古めかしすぎるかしら?」
果たして貰わなければならないレベルの代償を支払ったのだけれど。昨晩とは違い、今日は思いの外筆が進んだ。
私は書き上げた作画の案を持って、帰宅と同時に龍生の部屋へと立ち寄る。
数十分先にたどり着いていた彼によって解錠された扉を開き、早速手提げバッグから原案を取り出す。
「こんにちは」
「こんにちは、神園ちゃん。二森君を学校に行かせるなんて、どんな手を使ったのよ?」
入るなり、二ノ宮さんが訊いてきた。
龍生はあの後でも、数枚の原画を描いて二ノ宮さんに見せていたらしい。自分のノートパソコンまで持ち込んで、ヘッドホンから流れるアニソンを聞きながら仕事をしている。
「いえ……別に、ただ普通に説得しただけで……」
私は詳細など語れるはずもなく、下手くそな誤魔化しを並べた。とても挙動不審な目の泳がせ方と表情をしていたわね。きっと。
防音の利いていないボロアパートなのだけれど、ヘッドホンのおかげで昨日のことは聞こえていなかったみたい。いつもの座椅子でイラストレーションに没頭していた龍生も、静かに目を逸している。
「そうかい。ところで、鎧に対して銃ってどれぐらい有効なんだろね?」
そう言って、二ノ宮さんは自分のパソコンに目を落とした。誤魔化せたというよりも、優先して私に聞きたいことがあったみたいだわ。
「えぇっと……」
二ノ宮さんの言い様はどうも唐突だわ。彼もインターネットで情報を集められるのだから、それは向こうの世界との比較だとわかったわ。
そうやって、私は二ノ宮さんにどれだけの情報が必要かを推察する。
まず、簡易のプレートメールでさえ火打ち石式の銃と弾丸では貫通が難しいって話を聞いたことがあるわ。
「シルトウェドウの世界は中世中期から後期の技術が主流なので、魔族兵の鎧に対抗はできないでしょう。旧式の銃でも微々たるダメージです」
「なるほど。じゃあ、ミラーカ国程度の勢力じゃ魔族兵一体を捕まえるのも難しいわけかね」
「そうなりますね」
半ペラの資料から読み取れる情報と、知り得る事実を淡々と会話していった。
古い西部劇を見ているような世界観の異世界なので、所謂、剣と魔法と銃のファンタジーなのよ。モンスターは基本的に人間よりも強いわ。生命力も身体能力も、魔法の力でさえ全てが常人以下なんてことはないわね。
魔族兵は魔王軍の主力を担う近衛だわ。何が言いたいのかという言うと……人間はどうやってモンスターを捕らえたのか。
「どう解決しよう?」
「ちょうど良かったです。こちらなんてどうでしょうか?」
私は、二ノ宮さんの悩みを解決し得る案を提示できた。先ほどの作画の案を手渡した。
それにしても、二ノ宮さんの拘りもさることながら、可笑しなところで不整合を許さない『Reチェンジ』の力にも呆れるわ。
「なるほど。これは、確かに使えるかもしれんね」
「神園……」
2人の反応はまちまち。またしても私をモデルにして描いた魔族兵の意味するところを、二ノ宮さんは設定の付加価値として取ったわ。
そして、龍生は私からの仕返しと受け取った。それとも挑発かしら?
「モンスターの見た目なんてどれも同じだから、魔王の創造物かと思ってたけど。家族って考え方は、向こうの人らには新鮮かもね」
「いえ、別に深く考えていたわけではないですが」
「いやいや。さすがデザイン工学科だ。龍生は、もっと神園ちゃんを見習わないと」
褒められて嬉しくないわけではないけれど、比較されるのは好きじゃないわね。龍生には龍生の良いところがある。口には出さないけれど。
ただ、絵を描くにも知識が必要だということをわかってくれたなら嬉しいわ。
多分、龍生は、整合性を取るために魔族兵の装甲を薄くして解決しようとしたのね。
「どうせ、イラストを描くのだけが取り柄のバカですよ~っだ」
「子供みたいに拗ねないで頂戴。学校へちゃんと通えば、大事なことも見えてくるわ」
私は彼を窘めて、いつもの対面に位置する場所へと座った。
彼は、お説教は勘弁だと言わんばかりにモニターへと目を落とす。二ノ宮さんも、小さな折りたたみ机でキーボードを叩き出す。
「大事なことで思い出したけど、向こうの世界じゃ『くっころ』が流行り出してるのかな?」
私がパソコンを起動する間に、龍生は不意にそんな質問をしてきた。
彼の言う『くっころ』とやらについて説明するのなら、単純には「くっ、殺せ!」の略である。敵の虜囚になるぐらいなら潔い死を選ぶこと、高貴な者や誇りに殉じる者の挟持ね。
一方で、不健全な見方をすれば、主に女性のキャラクターが性的な屈辱を拒んで死を望むという流れを端的に表したもの。
そして、龍生が言うものは後者に当たるわ。
なぜ私がそんなことまで知っているのかという点については、単なる学術的・流行的なアプローチで知り得ただけだから気にしないで頂戴。
それだけに留まらず、一時間後には学校で姿を見かけたのだから信じられないわ。
ただただ、約束を守ってくれたことが嬉しかった。
「ここはこうして、こう。少しばかり古めかしすぎるかしら?」
果たして貰わなければならないレベルの代償を支払ったのだけれど。昨晩とは違い、今日は思いの外筆が進んだ。
私は書き上げた作画の案を持って、帰宅と同時に龍生の部屋へと立ち寄る。
数十分先にたどり着いていた彼によって解錠された扉を開き、早速手提げバッグから原案を取り出す。
「こんにちは」
「こんにちは、神園ちゃん。二森君を学校に行かせるなんて、どんな手を使ったのよ?」
入るなり、二ノ宮さんが訊いてきた。
龍生はあの後でも、数枚の原画を描いて二ノ宮さんに見せていたらしい。自分のノートパソコンまで持ち込んで、ヘッドホンから流れるアニソンを聞きながら仕事をしている。
「いえ……別に、ただ普通に説得しただけで……」
私は詳細など語れるはずもなく、下手くそな誤魔化しを並べた。とても挙動不審な目の泳がせ方と表情をしていたわね。きっと。
防音の利いていないボロアパートなのだけれど、ヘッドホンのおかげで昨日のことは聞こえていなかったみたい。いつもの座椅子でイラストレーションに没頭していた龍生も、静かに目を逸している。
「そうかい。ところで、鎧に対して銃ってどれぐらい有効なんだろね?」
そう言って、二ノ宮さんは自分のパソコンに目を落とした。誤魔化せたというよりも、優先して私に聞きたいことがあったみたいだわ。
「えぇっと……」
二ノ宮さんの言い様はどうも唐突だわ。彼もインターネットで情報を集められるのだから、それは向こうの世界との比較だとわかったわ。
そうやって、私は二ノ宮さんにどれだけの情報が必要かを推察する。
まず、簡易のプレートメールでさえ火打ち石式の銃と弾丸では貫通が難しいって話を聞いたことがあるわ。
「シルトウェドウの世界は中世中期から後期の技術が主流なので、魔族兵の鎧に対抗はできないでしょう。旧式の銃でも微々たるダメージです」
「なるほど。じゃあ、ミラーカ国程度の勢力じゃ魔族兵一体を捕まえるのも難しいわけかね」
「そうなりますね」
半ペラの資料から読み取れる情報と、知り得る事実を淡々と会話していった。
古い西部劇を見ているような世界観の異世界なので、所謂、剣と魔法と銃のファンタジーなのよ。モンスターは基本的に人間よりも強いわ。生命力も身体能力も、魔法の力でさえ全てが常人以下なんてことはないわね。
魔族兵は魔王軍の主力を担う近衛だわ。何が言いたいのかという言うと……人間はどうやってモンスターを捕らえたのか。
「どう解決しよう?」
「ちょうど良かったです。こちらなんてどうでしょうか?」
私は、二ノ宮さんの悩みを解決し得る案を提示できた。先ほどの作画の案を手渡した。
それにしても、二ノ宮さんの拘りもさることながら、可笑しなところで不整合を許さない『Reチェンジ』の力にも呆れるわ。
「なるほど。これは、確かに使えるかもしれんね」
「神園……」
2人の反応はまちまち。またしても私をモデルにして描いた魔族兵の意味するところを、二ノ宮さんは設定の付加価値として取ったわ。
そして、龍生は私からの仕返しと受け取った。それとも挑発かしら?
「モンスターの見た目なんてどれも同じだから、魔王の創造物かと思ってたけど。家族って考え方は、向こうの人らには新鮮かもね」
「いえ、別に深く考えていたわけではないですが」
「いやいや。さすがデザイン工学科だ。龍生は、もっと神園ちゃんを見習わないと」
褒められて嬉しくないわけではないけれど、比較されるのは好きじゃないわね。龍生には龍生の良いところがある。口には出さないけれど。
ただ、絵を描くにも知識が必要だということをわかってくれたなら嬉しいわ。
多分、龍生は、整合性を取るために魔族兵の装甲を薄くして解決しようとしたのね。
「どうせ、イラストを描くのだけが取り柄のバカですよ~っだ」
「子供みたいに拗ねないで頂戴。学校へちゃんと通えば、大事なことも見えてくるわ」
私は彼を窘めて、いつもの対面に位置する場所へと座った。
彼は、お説教は勘弁だと言わんばかりにモニターへと目を落とす。二ノ宮さんも、小さな折りたたみ机でキーボードを叩き出す。
「大事なことで思い出したけど、向こうの世界じゃ『くっころ』が流行り出してるのかな?」
私がパソコンを起動する間に、龍生は不意にそんな質問をしてきた。
彼の言う『くっころ』とやらについて説明するのなら、単純には「くっ、殺せ!」の略である。敵の虜囚になるぐらいなら潔い死を選ぶこと、高貴な者や誇りに殉じる者の挟持ね。
一方で、不健全な見方をすれば、主に女性のキャラクターが性的な屈辱を拒んで死を望むという流れを端的に表したもの。
そして、龍生が言うものは後者に当たるわ。
なぜ私がそんなことまで知っているのかという点については、単なる学術的・流行的なアプローチで知り得ただけだから気にしないで頂戴。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる