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11話・『アズマ視点』・狐と狗と狸
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その日、俺はついトイレの個室にこもって労働の苦しみを吐露してしまう。時刻は、一通りの授業コマが終わった放課後の一時である。
「ずいぶん楽になったとは言え、労働環境が改善されたわけじゃないあらなぁ……」
という感じ。スズには一部で苦労こそすれ肉体や精神のストレスを和らげてもらっていた。
反面で根本的な部分が解決していなのだから、受けるダメージの量はそのままってわけだ。嫌なことが畳み掛けてくるとそりゃ心が折れそうになる。
さておき、フタをおろした便座を椅子代わりにして何をやっているかというと、イヤホンを用いて動画を視聴中だ。
『最初の話題は~、あぁ、この間の事件か。狐狗狸どもが相変わらずやらかしてるのかよ!』
画面の中にいる柳井氏は、開幕から飛ばしていた。
『人類第一党』という政治団体の長を務めており、少し前から都知事候補に出馬している。その団体名からわかる通り、人間を優先として考えている。
1年くらい前からたまに活動を追いかけていたのもあるが、今日、そのライブ配信を見ようとしたのは偶然だった。
行きつけの動画サイト『MeHose』のトップにオススメとして上がってきていたという、ただそれだけの偶然。
『アイツらが人間を騙すっていうのは後にしてね、まずはそれをかばう妖擁護派や弁護士どもをどうにかしないと駄目なのッ』
で、柳井氏が何をおっしゃっているのかというと動物妖の起こした事件についてだ。
化かして悪戯をしかける習性自体は妖力の発散という意味では仕方ないのかもしれない。が、それを理由に犯罪に及ぶことまで人間社会は容認していないのである。
不幸な事故も含めれば全員が悪いというわけではないものの、やはり裁かれる過失は存在する。この中学校にだって何人か狐狗狸妖怪はいるので注意を促している。
ならばなぜ柳井氏はこうも憤っているのかというと、そうした犯罪に至った妖の権利まで守ろうとする団体がいるからである。
『なんで犯罪者を犯罪者として扱っただけで、妖批判になるのよ? おかしいでしょ? 一部を見て全体を批判するのは間違いって言うけど、それこそお仲間がたしなめないと同じ色なわけ。なのに、事実を話したら妖卑主義者って』
柳井氏は畳み掛けるように言って、呆れるのと同時にため息をついた。同時に流れるコメントもまた、同調するかのように似たような不満の声となっていた。
やや小太りとも思えるメガネの男性にどれほどのカリスマ性があるかはわからないまでも、その言は多くの人心を引きつける。少なくとも俺には、好きとか嫌いとかって感情はないな。
まぁ、『MeHose』の動画には似たような言論のものも多く、それに感化された視聴者もいるだろう。それに限らずとも、実情を知ると柳井氏に賛同してしまうのもまた仕方のないことだ。
『日本に巣食う邪魔者を、せめて野山に還って過ごせと言えばそれも妖卑主義者と罵る! かばう妖擁護派弁護団はクズどもばかりだ!』
魂の叫びを開放した柳井氏。同意するコメントがパッパと流れ、場が盛り上がっていくのがわかった。
『そして犯罪に手を染める奴ら! 己の罪を悪びれもしない犯罪者をクズと言って何が悪い!』
敵が明確になり、戦う意志が決まったとき興奮は最高潮へと達する。しかし、それに水を差すものがあった。
動画のサーバーが重いのか、ぐるぐると白い輪っかが生まれ数秒の停止を経験した後、画面には数行の文字が表示される。
『この動画は権利者の申請により削除されました』という文言だ。
視聴者達の奮起が一気に静まっていく。代わりにやってきたのは混乱というか、また別の怒りだろうか。
「あー、BANか……」
俺は隠れて休んでいることも忘れてつぶやいた。
動画サイトの規約に引っかかって公開停止の処分を受けたらしいが、理由についてはよくわからなかった。ただ、視聴者達の残したコメントには今までの発言が暴言として捉えられたからだ、というものが多い。
中には『MeHose』の運営が妖側に忖度してBANしたなんていう者もいる。数日前にも、『TickTock』という動画サイトに掲載していたものが削除されたらしい。
妖に対する誹謗中傷として連絡された可能性も高いが、少なくとも裁定が偏っている。視聴者達の言葉が事実かどうかはさておき、俺は宙ぶらりんとなった。まぁ、ちょうど休憩も終わらなけりゃってところだったしな。
「さて、サボり終了」
つぶやきつつ、コソコソとトイレを出ていった。
そんな折、噂をすればなんとやら、狐狗狸妖怪と思しき後ろ姿が帰宅の途についていた。変わらぬ風景に、一枚のハンカチが舞い落ちる。
「おい、落としたぞ」
ふさふさ尻尾の生徒は気づいていないようなので、俺は拾い上げに行きながらも声をかけた。
「あ、すみません」
振り向きざまに動物の顔が言った。
スズほど人間っぽくはないまでも、そう変化しているのか愛くるしさを感じさせる――いわゆるケモ顔である。
「スズちゃんが忘れていったので、返しておいてあげてください」
思い浮かべれば影なんて言葉はないが、どうやらスズが忘れていったハンカチのようだ。
「ずいぶん楽になったとは言え、労働環境が改善されたわけじゃないあらなぁ……」
という感じ。スズには一部で苦労こそすれ肉体や精神のストレスを和らげてもらっていた。
反面で根本的な部分が解決していなのだから、受けるダメージの量はそのままってわけだ。嫌なことが畳み掛けてくるとそりゃ心が折れそうになる。
さておき、フタをおろした便座を椅子代わりにして何をやっているかというと、イヤホンを用いて動画を視聴中だ。
『最初の話題は~、あぁ、この間の事件か。狐狗狸どもが相変わらずやらかしてるのかよ!』
画面の中にいる柳井氏は、開幕から飛ばしていた。
『人類第一党』という政治団体の長を務めており、少し前から都知事候補に出馬している。その団体名からわかる通り、人間を優先として考えている。
1年くらい前からたまに活動を追いかけていたのもあるが、今日、そのライブ配信を見ようとしたのは偶然だった。
行きつけの動画サイト『MeHose』のトップにオススメとして上がってきていたという、ただそれだけの偶然。
『アイツらが人間を騙すっていうのは後にしてね、まずはそれをかばう妖擁護派や弁護士どもをどうにかしないと駄目なのッ』
で、柳井氏が何をおっしゃっているのかというと動物妖の起こした事件についてだ。
化かして悪戯をしかける習性自体は妖力の発散という意味では仕方ないのかもしれない。が、それを理由に犯罪に及ぶことまで人間社会は容認していないのである。
不幸な事故も含めれば全員が悪いというわけではないものの、やはり裁かれる過失は存在する。この中学校にだって何人か狐狗狸妖怪はいるので注意を促している。
ならばなぜ柳井氏はこうも憤っているのかというと、そうした犯罪に至った妖の権利まで守ろうとする団体がいるからである。
『なんで犯罪者を犯罪者として扱っただけで、妖批判になるのよ? おかしいでしょ? 一部を見て全体を批判するのは間違いって言うけど、それこそお仲間がたしなめないと同じ色なわけ。なのに、事実を話したら妖卑主義者って』
柳井氏は畳み掛けるように言って、呆れるのと同時にため息をついた。同時に流れるコメントもまた、同調するかのように似たような不満の声となっていた。
やや小太りとも思えるメガネの男性にどれほどのカリスマ性があるかはわからないまでも、その言は多くの人心を引きつける。少なくとも俺には、好きとか嫌いとかって感情はないな。
まぁ、『MeHose』の動画には似たような言論のものも多く、それに感化された視聴者もいるだろう。それに限らずとも、実情を知ると柳井氏に賛同してしまうのもまた仕方のないことだ。
『日本に巣食う邪魔者を、せめて野山に還って過ごせと言えばそれも妖卑主義者と罵る! かばう妖擁護派弁護団はクズどもばかりだ!』
魂の叫びを開放した柳井氏。同意するコメントがパッパと流れ、場が盛り上がっていくのがわかった。
『そして犯罪に手を染める奴ら! 己の罪を悪びれもしない犯罪者をクズと言って何が悪い!』
敵が明確になり、戦う意志が決まったとき興奮は最高潮へと達する。しかし、それに水を差すものがあった。
動画のサーバーが重いのか、ぐるぐると白い輪っかが生まれ数秒の停止を経験した後、画面には数行の文字が表示される。
『この動画は権利者の申請により削除されました』という文言だ。
視聴者達の奮起が一気に静まっていく。代わりにやってきたのは混乱というか、また別の怒りだろうか。
「あー、BANか……」
俺は隠れて休んでいることも忘れてつぶやいた。
動画サイトの規約に引っかかって公開停止の処分を受けたらしいが、理由についてはよくわからなかった。ただ、視聴者達の残したコメントには今までの発言が暴言として捉えられたからだ、というものが多い。
中には『MeHose』の運営が妖側に忖度してBANしたなんていう者もいる。数日前にも、『TickTock』という動画サイトに掲載していたものが削除されたらしい。
妖に対する誹謗中傷として連絡された可能性も高いが、少なくとも裁定が偏っている。視聴者達の言葉が事実かどうかはさておき、俺は宙ぶらりんとなった。まぁ、ちょうど休憩も終わらなけりゃってところだったしな。
「さて、サボり終了」
つぶやきつつ、コソコソとトイレを出ていった。
そんな折、噂をすればなんとやら、狐狗狸妖怪と思しき後ろ姿が帰宅の途についていた。変わらぬ風景に、一枚のハンカチが舞い落ちる。
「おい、落としたぞ」
ふさふさ尻尾の生徒は気づいていないようなので、俺は拾い上げに行きながらも声をかけた。
「あ、すみません」
振り向きざまに動物の顔が言った。
スズほど人間っぽくはないまでも、そう変化しているのか愛くるしさを感じさせる――いわゆるケモ顔である。
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