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投稿4・旅行者はどこを旅する[上井鳥 乃愛(仮名)、23歳、女、無職]
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食事は庶民的ながら十分に美味しく、こじんまりとした部屋は落ち着いたモダンな空間を演出しつつも華やかな香りがしていた。背伸びし過ぎていない、気遣いの行き届いたもてなしだと満足した。虫の音も聞こえないほど、静まり返った夜というのは不気味でいかんともし難かったが。
それでも、飛び入りで泊めて貰ったのだから文句も言えない。来れなかった親友に教えてやりたいとさえ思ったことだろう。
その夜、車にスマフォを忘れたのを思い出すまでは。
助手席だ。
ペンションに到着してから部屋への案内だ、夕食だ、お風呂の時間とそこそこに忙しかったため忘れていた。別になくとも困らないかもしれないが、側にあるのが当たり前となっていて現代っ子の乃愛は落ち着かない。
「電話、あいつからかかってきてるかも……。どうしようかしら?」
彼女は独り言ちて、10秒と少しの間だけ思案した。ベルは化粧用の鏡台に置かれているものの、車の中を他人に物色されるというのは気が引けた。立入禁止の場所へ入りさえしなければ良いという程度に考えたのだろう。
乃愛はしっかりしたマットレスのベッドから立ち上がると、部屋を出て他の客の気配が無いことを確認した。左側突き当りの階段へ向かう。
素足で触れる絨毯の感触は少しこそばゆく、どこか気持ちが良くなってしまった。反対の右突き当りにある手洗いを一瞥したが、欲求は無いのでさっさと足を進ませる。
階段を降りきる前に折返しの踊り場にある闇に身を潜めて、ロビーを挟んで向こうのカウンターをソォと見やるが人っ子一人居ない。ベルは開かずの扉の向こうにも聞こえるのだろうかと、乃愛は思い返して顔をしかめさせた。
「鍵もしめないで、不用心ねぇ。って、こっちはしてあるわ……」
抜けたところがあるものの、玄関の扉はしっかり施錠されていた。立入禁止扉だけが立て付けが悪くなっていたらしく、ただ常夜灯の薄い灯りが扉の隙間に吸い込まれているのに気付いて、親友譲りの好奇心がついついうずいてしまったのである。開けてはならない場所が開いていたのでは、怒られる恐怖より勝るというものだろう。
乃愛はドアの軋みに気をつけながら、隙間に体を押し込む。薄いホワイトシルクの夜着が、親友の胸ほど主張していたら通り抜けられなかっただろう。寄せ上げているブラジャーを外してきたのも功を奏した。
「あいつのおっぱいじゃ無理だったわね」
乃愛は馬鹿げたことを考えながら、薄暗い地下への階段を降りていった。手足に当たる感覚から、コンクリート打ちの壁であることは伺えた。そして、降りきって真っ先に木製の板が触れるのがわかる。
少し探れば鉄の香りがするドアノブがあり、何気なく扉を開く。開くとは思って居なかったから、闇が奥に広がった際には少し息を呑んでしまった。そして、後悔することになる。
「え……?」
乃愛は小さな声を上げた。まず鼻を突くのは公衆トイレに近い臭いを薄くしたもので、微かに磯の香りか何かを含んでいた。次に耳朶を撫でていくのは、ウーウーッという断続的なケモノの唸り声か何かである。大きめの檻もあり、四つん這いになった何かが微かに見えた。
そこまでは、動物でも飼っているのだろうと考えて、10センチそこらの隙間を閉じてしまえば良い。視線が少し下に下がってしまったのが運の尽きだ。
「……!」
可能な限り音を立てないように、しかし急いで扉を閉じた。
「き、気の所為よね……?」
そうつぶやいた原因は、床に転がっていた布切れのせいだ。引きちぎられたように無残なボロ布に、ところどころ赤い滲みが見えたのである。
乃愛は見たものの存在を忘れようと、理由や原因を考えまいとして、視線を通路の奥へと泳がせた。そこには、嫌な考えを忘れさせれてくれる一条の光。こっちも扉が僅かに開いており、中でロウソクか何かに光が漏れているのだ。
乃愛は、誘蛾灯に誘われる虫の如くそれに惹きつけられてしまった。
揺れ動くのは5人の影。髭面の男とその奥方は直接その場から見られ、残る3つは姿こそ見えないが声音に記憶はあった。2階の客室に気配がなかったことから、あの3人で間違いないだろう。
「あの若造も、もったいないことをする」
「自分勝手に遅れてくる奴が悪いんだ」
「小便臭いガキの何が良いのやら」
何の話かはわからないものの、もう1人ぐらい関係者がいるらしかった。しかし、そんなことよりも気になるものがあった。
それでも、飛び入りで泊めて貰ったのだから文句も言えない。来れなかった親友に教えてやりたいとさえ思ったことだろう。
その夜、車にスマフォを忘れたのを思い出すまでは。
助手席だ。
ペンションに到着してから部屋への案内だ、夕食だ、お風呂の時間とそこそこに忙しかったため忘れていた。別になくとも困らないかもしれないが、側にあるのが当たり前となっていて現代っ子の乃愛は落ち着かない。
「電話、あいつからかかってきてるかも……。どうしようかしら?」
彼女は独り言ちて、10秒と少しの間だけ思案した。ベルは化粧用の鏡台に置かれているものの、車の中を他人に物色されるというのは気が引けた。立入禁止の場所へ入りさえしなければ良いという程度に考えたのだろう。
乃愛はしっかりしたマットレスのベッドから立ち上がると、部屋を出て他の客の気配が無いことを確認した。左側突き当りの階段へ向かう。
素足で触れる絨毯の感触は少しこそばゆく、どこか気持ちが良くなってしまった。反対の右突き当りにある手洗いを一瞥したが、欲求は無いのでさっさと足を進ませる。
階段を降りきる前に折返しの踊り場にある闇に身を潜めて、ロビーを挟んで向こうのカウンターをソォと見やるが人っ子一人居ない。ベルは開かずの扉の向こうにも聞こえるのだろうかと、乃愛は思い返して顔をしかめさせた。
「鍵もしめないで、不用心ねぇ。って、こっちはしてあるわ……」
抜けたところがあるものの、玄関の扉はしっかり施錠されていた。立入禁止扉だけが立て付けが悪くなっていたらしく、ただ常夜灯の薄い灯りが扉の隙間に吸い込まれているのに気付いて、親友譲りの好奇心がついついうずいてしまったのである。開けてはならない場所が開いていたのでは、怒られる恐怖より勝るというものだろう。
乃愛はドアの軋みに気をつけながら、隙間に体を押し込む。薄いホワイトシルクの夜着が、親友の胸ほど主張していたら通り抜けられなかっただろう。寄せ上げているブラジャーを外してきたのも功を奏した。
「あいつのおっぱいじゃ無理だったわね」
乃愛は馬鹿げたことを考えながら、薄暗い地下への階段を降りていった。手足に当たる感覚から、コンクリート打ちの壁であることは伺えた。そして、降りきって真っ先に木製の板が触れるのがわかる。
少し探れば鉄の香りがするドアノブがあり、何気なく扉を開く。開くとは思って居なかったから、闇が奥に広がった際には少し息を呑んでしまった。そして、後悔することになる。
「え……?」
乃愛は小さな声を上げた。まず鼻を突くのは公衆トイレに近い臭いを薄くしたもので、微かに磯の香りか何かを含んでいた。次に耳朶を撫でていくのは、ウーウーッという断続的なケモノの唸り声か何かである。大きめの檻もあり、四つん這いになった何かが微かに見えた。
そこまでは、動物でも飼っているのだろうと考えて、10センチそこらの隙間を閉じてしまえば良い。視線が少し下に下がってしまったのが運の尽きだ。
「……!」
可能な限り音を立てないように、しかし急いで扉を閉じた。
「き、気の所為よね……?」
そうつぶやいた原因は、床に転がっていた布切れのせいだ。引きちぎられたように無残なボロ布に、ところどころ赤い滲みが見えたのである。
乃愛は見たものの存在を忘れようと、理由や原因を考えまいとして、視線を通路の奥へと泳がせた。そこには、嫌な考えを忘れさせれてくれる一条の光。こっちも扉が僅かに開いており、中でロウソクか何かに光が漏れているのだ。
乃愛は、誘蛾灯に誘われる虫の如くそれに惹きつけられてしまった。
揺れ動くのは5人の影。髭面の男とその奥方は直接その場から見られ、残る3つは姿こそ見えないが声音に記憶はあった。2階の客室に気配がなかったことから、あの3人で間違いないだろう。
「あの若造も、もったいないことをする」
「自分勝手に遅れてくる奴が悪いんだ」
「小便臭いガキの何が良いのやら」
何の話かはわからないものの、もう1人ぐらい関係者がいるらしかった。しかし、そんなことよりも気になるものがあった。
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