【R-18】きかえろ

AAKI

文字の大きさ
上 下
8 / 17
投稿4・旅行者はどこを旅する[上井鳥 乃愛(仮名)、23歳、女、無職]

1

しおりを挟む
 上井鳥うえいどり 乃愛のあは、スマフォを助手席へと投げ捨てた。トップ画面には旧来の友人とのツーショットが表示されているが、それもじきに暗く染まる。ひたすら青い海だけが続く高原の道を、アップダウンの繰り返しを受けながら走り続ける。

「忙しいわよねぇ。暇だし、このままだと……」

 急な仕事で旅行の約束を反故にした親友が電話に出ないことに苛立ちつつ、日が暮れ始めた晩夏の空を見上げた。親のそこそこ多額の遺産を食い潰してゆく、気ままな旅行は予定ほど順調ではなかった。

 この高原に入る何時間か前に、要するに家からここまでの道すがらで1度、車中泊していたので2日目となる。まさかここまで何もないとは思っておらず、晩の予定を考えると陰鬱な気分になる。『チベットの広大な緑』を謳うのは良くとも、日本でそれは必要ないと思い始めた。行けども行けどもガソリンスタンド1つありはしない。

 軽自動車とは言え高原を抜けるまで持つかも不安だ。

「……あれ?」

 何も無いかと思っていたところに、不意に見えたのは小さな灯りだった。途中の脇道に入り数分も走らせれば、『蝶々のペンション』と看板に書かれた建物へと到着する。

「助かったわ……。すみませーん」

 2階建ての家屋へと近づき、緩くウェーブした肩口ほどの茶毛と七分丈の清楚な洋服という、女性の後ろ姿を見つけ声を掛けた。建物の前に、他2台の乗用車が止まっているのを見て経営はしていると判断した。女性はジョウロを持って入り口の木製扉を潜ろうとしているところなので、経営者に近しい人物に違いないだろう。

 振り向いた女性は、乃愛もドキリとさせられるような清楚可憐な少し年上と思しき人物だ。彼女自身も美人と言われることがあるも、セミロングの髪は大凡で切りそろえ、メイクも恥ずかしくない程度にこなすだけで、服装とて動きやすいく単純なものが中心である。眼の前の、大和撫子と西洋人形を溶かして混ぜ込み芸術として仕上げた、女性像には程遠い。

「あの、何か?」

 乃愛が言葉をつまらせていたからか、女性が小首を傾げて訊いてきた。そんな仕草にさえも見惚れてしまうのだが。

 また、庶民的なミニラジオなど使っている辺りが、とっつきやすさを醸し出している。

「あ、えっと……」

 宿泊が可能か訊くだけのことでどもってしまう。オフシーズンには少し早く、最盛期からは外れている。経営しているならば一部屋ぐらいは問題ないはず。そう乃愛は予想していた。

 ラジオからはここらの村落で起こった事件のことを報道している。

『……さんの息女……が行方不明になって一週間。道警は里山を徹底的に……』

 確か、旅行者一家の娘が迷子になって行方不明といった話のはずだ。ここは少し同情を買っておこうと、乃愛は浅ましく言葉を選ぶ。

「お部屋、空いていますか? 車にも寝泊まりできる用意はあるんですけど、ここ最近は物騒ですし」

「あー……女性お一人だと、そうですね」

 女性の方も少し言い淀んだものの、ここで追い返すことのデメリットが大きいと考えたのだろうか。

「ちょっと訊いて参りますね」

 彼女はそう言うと、扉を開いてロビーで談話している四人の男性に声を掛ける。傍らに立っている黒いエプロンをした男性は、彼女と同様にペンションに関わる人物だろう。

「ごめんなさい。アナタ、飛び入りのお客様らしいのだけど」

「……ふむ」

「急にすみません……」

 その言葉に、エプロンの男性が反応を示した。30~40歳の大柄で、ヒゲと彫りの深い顔をした無骨だが頼りがいがありそうな人物。旦那さんがいることに、会釈した乃愛の胸中には小さな落胆があった。

 経営者兼旦那は、ソファーの男性達に何かを問うように視線を向ける。経営者夫婦よりも10か20は年上の人達だが、お得意さんを気遣っての間だろうか。

「ふぅむ。別に困らんよ」

「そうだな」

「あぁ」

「だ、そうだ」

 お三方は口々に身近な返事をすると、旦那も奥方に向き直って頷いた。彼女は少し困ったような苦笑を浮かべて、乃愛に言葉を伝える。

「申し訳ありません。あれで、皆さん悪い人達ではないんでごゆっくり」

 小さな声だった。乃愛も愛想笑いを返した。

 それからは簡単に宿泊名簿への記入や二階の部屋の案内、食事やお風呂の時間に関する説明を受けた。学生の頃の旅行で経験したときと変わらない様相だったが、1つ不思議な決まりごとがあった。

「深夜0時を過ぎてからは、一階に降りないようにしてください。経営上の秘密事項がありますので。ご用向は、部屋にあるベルを鳴らしてくだされば駆けつけます」

 とのこと。乃愛もその時は、準備など裏方作業を客に見られたく無いのだろうと大して気にはしていなかった。受付カウンターの奥に、『関係者以外立入禁止』の文字が書かれた扉があり、そういうものと納得する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選

上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。 一人用の短い恋愛系中心。 【利用規約】 ・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。 ・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。 ・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...