「阿藤零士の心霊事件ファイル ～名探偵は美少女助手と除霊を頑張る～」

FILE1.痴漢幽霊騒動

その２-２

『大丈夫か？』
「急いではいません。しかし、えー……」

　予定していた計画からずれ込んでいるため、予め取り決めていた符牒ふちょうでは伝えられなくなる。チャットアプリで独り言の振りをしている零士に比べて語彙がなかった。

「As if！（ありえない！）　I'm sorry, but I can't overlook it（ごめんなさい、でも見過ごせないわ）」
『おい、あまり――!?』

　ゆえに、双葉は達者な英語を用いて連絡を終えた。すべて和訳できてはいないだろうが、言葉の端々から双葉の意図は理解できたはずである。電車が止まり乗客が駅のホームに雪崩出た瞬間、明可と似た空気感の女生徒と位置を入れ替える。

「スンスゥ……!?」

　当然、痴漢も双葉が躍り出てきて驚いた表情をする。見た目は３０か４０代の真面目そうな男性だ。目の下のクマで正確なところはわからないものの、決して平静な心情ではなかったはずだ。触って・・・いなかったところを見ると、理性を欠いているとも言い難い。

「くっ！」
「Wait!（待ちなさい！）」

　やはり痴漢をしたという自覚はあるらしく、男は双葉の目的が行為の阻止だと理解して逃げ出す。人混みを押し退け、進み、身を隠そうとした。

「痛っ！」
「何よ！」
「何かが？」

　反面、双葉は僅かな隙間を忍者か何かのようにすり抜けて男の背中を追った。亜麻色のロングヘアーが流星めいた軌跡を地上に残す。そして、ゴミ箱に飛び乗るとさらに跳躍して、人混みの頭上にも流星を残した。
　落下地点は逃げる男の頭上。

「よっ、と！」
「うおっ!?」

　宙返りからの半ひねりで正面に着地した。目標補足。よろけた男は逃走経路上に立ちはだかったデタラメなフィジカルの持ち主は降参の意を示した。

「ま、待って！　待ってくれ！」

　逃げる気がないのであれば、双葉としてそれ以上はかr技を見せるつもりはない。次第に零士や明可、騒ぎを眺めることしかできていなかった駅員が駆け寄ってくる。

「双葉ちゃん！　大丈夫か？　あんまり無茶なことしちゃダメだぜ」

　零士は驚きこそすれ独断行動へのお叱りはしなかった。それでも、本来の依頼を無視して触らない痴漢いに手を付けてしまったのは反省すべき点である。
　明可を悩ませている方はしばらく姿を潜めるだろう。しかし、それより気になったのは依頼人の言葉。

「五十鈴いすず先生？」
「九十九先生？　これは……」

　２人が知り合いという事実だ。

「おいおい、教師までやっていまってんのかよ……」
「待て！　俺は何もしてない！　この外人の子が俺を睨んできたから、電車に居づらくなって降りようとしただけだぞ。そしたらいきなり追いかけてきて、頭を殴られるはで散々だ……！」

　零士が呆れたところで五十鈴　聖雄ひじりおが抗議の声を上げる。いくら被害を受けたかどうかという女生徒が、「体臭を執拗に嗅がれた」と主張してくれても、状況だけをみれば双葉の不利は覆らない。