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プロローグ
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青年の眼の前にそびえ立つのは、歪に棘を生やした塔だった。下部には一対の皮膜の翼を広げ、上へ昇るにつれて細くなる。
棘は細かなタテガミに変わっていくが、サイズの差を考えれば細い針の集合でしかない。
「GURULALALALALALALA――!!」
塔のてっぺんが大口を開けて、膨大な呼気で空気を震えさせた。何百メートルも先で、真上に向けて放たれているにも関わらず、ドーム状に広がり世界を吹き飛ばそうとする。
鼓膜が破れるんじゃないかと思った瞬間、代わりに声が耳朶を撫でた。優しくも叱咤する声。無機質ながらちゃんと温かみのある肉声だ。
「目を逸らさない。この程度で怯えていたら、この先どーすんの」
声の主、その少女は金髪のハイロングをバインドボイスになびかせていた。悠然と巨塔を見つめて、横顔は少し微笑んでいるように見えた。
髪の毛をリボンで巻いてまとめ上げているため、顕になったおデコから顎の先までの整った輪郭が良く分かる。鼻梁も長く細く通っていて、成功な芸術を思わせる。光の加減や方向で色合いを変えるキャッツアイは、きっと巨体のさらなる先を見据えているに違いない。
ついつい見惚れてしまっていると、少女は小柄な体躯を振り向かせて青年を睨んだ。ロココ後期のドレスを彷彿させる赤いワンピースを翻して。
「シャキッとして。そのテレビ画面に映ったぼやけた顔みたいな面を、もう1ミリは引き締めなさい」
「う、うん……ごめん。ほら、本当にこのユニットで大丈夫なのかって考えてただけですよ」
青年は、少女の美貌に見惚れていたことを隠すために咄嗟の嘘をついた。
しかし、それは彼女を信頼していないのと同じ意味であり、不機嫌にさせるのに十分な言葉だった。とは言え、彼女もまだ信用には足りていないというのは自覚していたようである。
「暗闇妖怪のスキルが30.5パーセント確率で発動、私の【大艦巨砲主義】が20.0パーセント。勝算のない賭けではないわ」
淡々と確率の計算を行い、勝ち筋を説明していってくれた。正直、ほとんど頭には入っていなかった。
「その、睡眠デバフが1パーぐらいでかかるって情報。そっちを掴む方が難しいですよ」
やや敬語になってしまう程度に気圧されて、青年は一番の細い道筋について確認した。
そうでなくとも戦闘ユニットの貧弱さは知っていた。眼の前の怪物、レッサードラゴンと名付けられた『モンスター』は、コスト75のレアリティで揃えても勝率6割を下回る強敵である。それを、青年のコスト合計55で攻略しようなど夢のまた夢。
このゲーム、【Destiny/Great Client】というVRMMORPGはレアリティこそ全てではないにせよ、やはり力量差というものは感じられる仕様になっている。
「ゲームの攻略サイトを見ても、0パーって書かれてますし?」
アクション性や戦術・戦略性も関わってくるものの、データの信用度というのは重要なわけだ。
「全くの検証不足ね。確かに依頼の保証金が高く何度も行えないけど、それでも数回の試行で諦めるのはお門違い。んなことは気にせず、貴方は戦闘を始めて」
淡々とした口調で、上位ランカーの不備を指摘した。まるで自分こそ絶対だと言わんばかりの物言いは、少女がこのゲーム『DGC』の全てを知り尽くしているからに他ならなかった。
彼女の言う通り、既にレッサードラゴンは赤黒い甲羅のような体を接近させている。
「ホント、厭世的だね……。実は怒ってる?」
彼女のこれまでの扱われ方と目的を考えれば、少なくともDGCへの不満を持っているのは確かだ。
青年がそれを尋ねると、彼女は間髪入れずに答える。
「いいえ、私はゲーム関係者を隔てなく愛しているわ。これは昨今、人気のツンデレというものよ」
「古ッ。いつのブームさ!?」
彼は思わずツッコミを入れた。
少女は顔色は変えていないが、前に表示したコマンド・ウィンドウで視界を遮る。次に出てくる簡素な言葉は決して不機嫌ではない。
「……私のデータは古いようね。アップデートしておく?」
「お願いするよ」
「少し時間がかかるけど、良いのね?」
「うん、良いよ」
短いやり取りの後、青年もレッサードラゴンへと向き直った。彼がアイテム・ウィンドウを表示して、各種アイテムをタップして取り出していく。
少女も光の粒子から1丁の長銃を構成し、最初の一撃を怪物へと解き放った。
轟音。閃光と土の抉れる匂いが混じり合い、戦闘の合図となる。
バインドボイスと同等の空気の震えでは痛みさえ感じていないようで、反撃のファイアブレスが口腔で光るのが見えた。
「クエスト・ポイントの回復アイテムは十分! 百回ぐらいはいけます!」
青年は彼を守護する者達が飛び出していく姿を見送り、多量の錠剤状のアイテムをお菓子かなにかのように噛み砕いた。
少女の横顔は少し微笑んだように見えた。
彼女とならば、不可能を可能できる。
…………
……
『レッサードラゴンの討伐に成功しました』
『依頼名【頂への登竜門】をクリアしました』
『依頼受注回数1回/依頼達成回数1回』
棘は細かなタテガミに変わっていくが、サイズの差を考えれば細い針の集合でしかない。
「GURULALALALALALALA――!!」
塔のてっぺんが大口を開けて、膨大な呼気で空気を震えさせた。何百メートルも先で、真上に向けて放たれているにも関わらず、ドーム状に広がり世界を吹き飛ばそうとする。
鼓膜が破れるんじゃないかと思った瞬間、代わりに声が耳朶を撫でた。優しくも叱咤する声。無機質ながらちゃんと温かみのある肉声だ。
「目を逸らさない。この程度で怯えていたら、この先どーすんの」
声の主、その少女は金髪のハイロングをバインドボイスになびかせていた。悠然と巨塔を見つめて、横顔は少し微笑んでいるように見えた。
髪の毛をリボンで巻いてまとめ上げているため、顕になったおデコから顎の先までの整った輪郭が良く分かる。鼻梁も長く細く通っていて、成功な芸術を思わせる。光の加減や方向で色合いを変えるキャッツアイは、きっと巨体のさらなる先を見据えているに違いない。
ついつい見惚れてしまっていると、少女は小柄な体躯を振り向かせて青年を睨んだ。ロココ後期のドレスを彷彿させる赤いワンピースを翻して。
「シャキッとして。そのテレビ画面に映ったぼやけた顔みたいな面を、もう1ミリは引き締めなさい」
「う、うん……ごめん。ほら、本当にこのユニットで大丈夫なのかって考えてただけですよ」
青年は、少女の美貌に見惚れていたことを隠すために咄嗟の嘘をついた。
しかし、それは彼女を信頼していないのと同じ意味であり、不機嫌にさせるのに十分な言葉だった。とは言え、彼女もまだ信用には足りていないというのは自覚していたようである。
「暗闇妖怪のスキルが30.5パーセント確率で発動、私の【大艦巨砲主義】が20.0パーセント。勝算のない賭けではないわ」
淡々と確率の計算を行い、勝ち筋を説明していってくれた。正直、ほとんど頭には入っていなかった。
「その、睡眠デバフが1パーぐらいでかかるって情報。そっちを掴む方が難しいですよ」
やや敬語になってしまう程度に気圧されて、青年は一番の細い道筋について確認した。
そうでなくとも戦闘ユニットの貧弱さは知っていた。眼の前の怪物、レッサードラゴンと名付けられた『モンスター』は、コスト75のレアリティで揃えても勝率6割を下回る強敵である。それを、青年のコスト合計55で攻略しようなど夢のまた夢。
このゲーム、【Destiny/Great Client】というVRMMORPGはレアリティこそ全てではないにせよ、やはり力量差というものは感じられる仕様になっている。
「ゲームの攻略サイトを見ても、0パーって書かれてますし?」
アクション性や戦術・戦略性も関わってくるものの、データの信用度というのは重要なわけだ。
「全くの検証不足ね。確かに依頼の保証金が高く何度も行えないけど、それでも数回の試行で諦めるのはお門違い。んなことは気にせず、貴方は戦闘を始めて」
淡々とした口調で、上位ランカーの不備を指摘した。まるで自分こそ絶対だと言わんばかりの物言いは、少女がこのゲーム『DGC』の全てを知り尽くしているからに他ならなかった。
彼女の言う通り、既にレッサードラゴンは赤黒い甲羅のような体を接近させている。
「ホント、厭世的だね……。実は怒ってる?」
彼女のこれまでの扱われ方と目的を考えれば、少なくともDGCへの不満を持っているのは確かだ。
青年がそれを尋ねると、彼女は間髪入れずに答える。
「いいえ、私はゲーム関係者を隔てなく愛しているわ。これは昨今、人気のツンデレというものよ」
「古ッ。いつのブームさ!?」
彼は思わずツッコミを入れた。
少女は顔色は変えていないが、前に表示したコマンド・ウィンドウで視界を遮る。次に出てくる簡素な言葉は決して不機嫌ではない。
「……私のデータは古いようね。アップデートしておく?」
「お願いするよ」
「少し時間がかかるけど、良いのね?」
「うん、良いよ」
短いやり取りの後、青年もレッサードラゴンへと向き直った。彼がアイテム・ウィンドウを表示して、各種アイテムをタップして取り出していく。
少女も光の粒子から1丁の長銃を構成し、最初の一撃を怪物へと解き放った。
轟音。閃光と土の抉れる匂いが混じり合い、戦闘の合図となる。
バインドボイスと同等の空気の震えでは痛みさえ感じていないようで、反撃のファイアブレスが口腔で光るのが見えた。
「クエスト・ポイントの回復アイテムは十分! 百回ぐらいはいけます!」
青年は彼を守護する者達が飛び出していく姿を見送り、多量の錠剤状のアイテムをお菓子かなにかのように噛み砕いた。
少女の横顔は少し微笑んだように見えた。
彼女とならば、不可能を可能できる。
…………
……
『レッサードラゴンの討伐に成功しました』
『依頼名【頂への登竜門】をクリアしました』
『依頼受注回数1回/依頼達成回数1回』
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