29 / 31
レイド・ダンジョン編
2-14
しおりを挟む
フィールドの最大敵数を考えすぎていたせいか、これで一線が終わったと思っていた。
私は意識さえしていなかったけど、初心者3人など完全に油断している。
「これ、全然開かないわ」
一番の指示役である銃手が、石棺に気を取られてこれだ。
まず、隅の壁に背中を預けていた私が天井の様子に気づく。
「ん?」
「お前達!」
続いてグレイザさんが動いた。明かりの届かない頭上の闇が動いたことで、まだ敵が残っていると理解して。
ただ伝えるだけで済んだのならよかったけど、そいつ相手には無理だった。
「ガッ!」
振り下ろされた盾を連ねたかのような尻尾の先の針が、グレイザさんの鎧の縫い目を抜けて突き刺さった。
背中を貫かれながらも3人をかばえたことを得とみるか、隊長が行動不能になったことを不幸とみるか。流石に私もジッとはしていられず、石棺の向こうへと吹き飛ばされたグレイザさんに駆け寄る。
「マスター!」「くそッ!」「これは……!」
3人の声は聞こえるが、そこまでだった。
尻尾で上手く天井にぶら下がった漆黒が、その巨大なハサミで仲間を一掃した。断末魔の声を上げる暇もないほど、素早く腰あたりから真っ二つにしてしまった。
「あっ、あぁっ……どう、したら……」
私はその様子を目の当たりにして、まともに声を出すことも考えることもできなかった。
駆け寄ったのが間違いだったか、床に降りてきた平たくも床面積の半分を占める怪物に逃げ場を奪われた。体が硬直して動けない私は、視線だけを彷徨わせてまとまらない思考を行う。
「に、逃げろ……」
グレイザさんはそう指示するけど、だから動けないんだって!
立ち上がれないけど顔色自体は変化がないし、ダメージもあるけど毒ではなく麻痺のようね。それがわかったところで、私のやれることなんてほとんどないのだけど。
逃げるには私だと隙が大きすぎるし、回復するにも微々たる量でどうにかなるとも限らない。麻痺さえ治せばグレイザさんが戦えるかしら?
「早く、セルシュの……」
ところに行けって言いたいんでしょうけど、石棺の陰から出れば即座に攻撃の的よ……。
「大人しく出てくるが良い。苦しまずに介錯してやろうぞ」
ヌシであろうサソリが、キチキチとハサミを擦り鳴らした。
今、まだ攻撃を仕掛けてこないのは、背中を向けている箱があるからみたい。だからといっていつまでも隠れていられるわけではなく、節足が床を叩いて近づいてくる。
どうする!? どうするよ! 私!?
「治療は、自分でお願いします……」
私は小さくそう伝えて、魔法を唱える。
「……?」
「【抗異常体】!」
何事かと首を傾げた――たくてもできないみたいだけど――グレイザさんを治療し、石棺の向こうへと転がるように出ていった。
「メリー! 待っ!」「【嵐舞】!」
呼び止める声を振り切って、私は体勢を整えるより早く攻撃を繰り出した。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
グレイザさんの「クソッ」という悪態を、連射されるカマイタチやヌシサソリの苦悶がかき消す。胸部のところに見えた黄色の珠玉が、弱点だと思ったら大当たり。
当然、やられっぱなしになるモンスターではない。
「ちょこざいな!」
「【高質防壁】!」
繰り出されたハサミの攻撃を魔法の壁で受け止め、砕ける前に床を転がって逃げ延びた。
「【嵐舞】!」
私は立ち上がるのも忘れて、再び風の斬撃を見舞った。立っているよりも、地面に面した珠玉を狙いやすいからだ。
風属性も弱点なのか、さっきのはそれなりに手応えがあった。はずなのに、なぜかヌシサソリの周囲に治癒のエフェクトが浮かび上がるではないか。
「うそッ! キャァァァァァァッ!」
驚く暇もなく、振り抜かれた尻尾が私を吹き飛ばした。
体を強いめに押され、ジェットコースターに乗っているような感覚に見舞われた後、床にゆっくりと着地して転がった。
「くッ……。どうして……?」
私は追撃がくる前に立ち上がるものの、HPが少なくなった危機感で焦って状況を整理できない。
さっきまで黄色だった玉が緑色になっているのと関係があるのかしら?
いえ、まず回復か、それとも逃げるか。次、一発でも喰らえばネプトノスにリスポーンすることになる。
ここで倒れるのはどうしようもないこととして、せめてもう少しだけ時間を稼がなくちゃ……。
「無駄な足掻きよ! ここで倒れるが良い!」
飛んだ私を追ってサソリが吠えた。
怖い。けど、今はそれ以上にただで負けてやる方が怖い。
虫嫌いなんて、都会での生活じゃ気にするほどのことでもなかったから治そうとも思わなかった。それが今、乗り越えなくちゃって思うのはなんでかしら。
「やめろ……! 逃げ」
「誰も神に祈らない 貴方は神を信じない 私は神など知らない」
思考でグレイザさんの言葉を無視して、呪文の詠唱を続ける私。
仲間のためって言い訳すればいくらでも思い浮かぶけれど、多分理由は一つなんでしょうね。
「神は誰も救わない 神は貴方を助けない 神は私を生かさない」
これを放った後は、MPもなくなってほとんど何も出来なくなる。それでも、少しでもつなぐことが出来たなら。
「【神――】」
価値はある!
私は意識さえしていなかったけど、初心者3人など完全に油断している。
「これ、全然開かないわ」
一番の指示役である銃手が、石棺に気を取られてこれだ。
まず、隅の壁に背中を預けていた私が天井の様子に気づく。
「ん?」
「お前達!」
続いてグレイザさんが動いた。明かりの届かない頭上の闇が動いたことで、まだ敵が残っていると理解して。
ただ伝えるだけで済んだのならよかったけど、そいつ相手には無理だった。
「ガッ!」
振り下ろされた盾を連ねたかのような尻尾の先の針が、グレイザさんの鎧の縫い目を抜けて突き刺さった。
背中を貫かれながらも3人をかばえたことを得とみるか、隊長が行動不能になったことを不幸とみるか。流石に私もジッとはしていられず、石棺の向こうへと吹き飛ばされたグレイザさんに駆け寄る。
「マスター!」「くそッ!」「これは……!」
3人の声は聞こえるが、そこまでだった。
尻尾で上手く天井にぶら下がった漆黒が、その巨大なハサミで仲間を一掃した。断末魔の声を上げる暇もないほど、素早く腰あたりから真っ二つにしてしまった。
「あっ、あぁっ……どう、したら……」
私はその様子を目の当たりにして、まともに声を出すことも考えることもできなかった。
駆け寄ったのが間違いだったか、床に降りてきた平たくも床面積の半分を占める怪物に逃げ場を奪われた。体が硬直して動けない私は、視線だけを彷徨わせてまとまらない思考を行う。
「に、逃げろ……」
グレイザさんはそう指示するけど、だから動けないんだって!
立ち上がれないけど顔色自体は変化がないし、ダメージもあるけど毒ではなく麻痺のようね。それがわかったところで、私のやれることなんてほとんどないのだけど。
逃げるには私だと隙が大きすぎるし、回復するにも微々たる量でどうにかなるとも限らない。麻痺さえ治せばグレイザさんが戦えるかしら?
「早く、セルシュの……」
ところに行けって言いたいんでしょうけど、石棺の陰から出れば即座に攻撃の的よ……。
「大人しく出てくるが良い。苦しまずに介錯してやろうぞ」
ヌシであろうサソリが、キチキチとハサミを擦り鳴らした。
今、まだ攻撃を仕掛けてこないのは、背中を向けている箱があるからみたい。だからといっていつまでも隠れていられるわけではなく、節足が床を叩いて近づいてくる。
どうする!? どうするよ! 私!?
「治療は、自分でお願いします……」
私は小さくそう伝えて、魔法を唱える。
「……?」
「【抗異常体】!」
何事かと首を傾げた――たくてもできないみたいだけど――グレイザさんを治療し、石棺の向こうへと転がるように出ていった。
「メリー! 待っ!」「【嵐舞】!」
呼び止める声を振り切って、私は体勢を整えるより早く攻撃を繰り出した。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
グレイザさんの「クソッ」という悪態を、連射されるカマイタチやヌシサソリの苦悶がかき消す。胸部のところに見えた黄色の珠玉が、弱点だと思ったら大当たり。
当然、やられっぱなしになるモンスターではない。
「ちょこざいな!」
「【高質防壁】!」
繰り出されたハサミの攻撃を魔法の壁で受け止め、砕ける前に床を転がって逃げ延びた。
「【嵐舞】!」
私は立ち上がるのも忘れて、再び風の斬撃を見舞った。立っているよりも、地面に面した珠玉を狙いやすいからだ。
風属性も弱点なのか、さっきのはそれなりに手応えがあった。はずなのに、なぜかヌシサソリの周囲に治癒のエフェクトが浮かび上がるではないか。
「うそッ! キャァァァァァァッ!」
驚く暇もなく、振り抜かれた尻尾が私を吹き飛ばした。
体を強いめに押され、ジェットコースターに乗っているような感覚に見舞われた後、床にゆっくりと着地して転がった。
「くッ……。どうして……?」
私は追撃がくる前に立ち上がるものの、HPが少なくなった危機感で焦って状況を整理できない。
さっきまで黄色だった玉が緑色になっているのと関係があるのかしら?
いえ、まず回復か、それとも逃げるか。次、一発でも喰らえばネプトノスにリスポーンすることになる。
ここで倒れるのはどうしようもないこととして、せめてもう少しだけ時間を稼がなくちゃ……。
「無駄な足掻きよ! ここで倒れるが良い!」
飛んだ私を追ってサソリが吠えた。
怖い。けど、今はそれ以上にただで負けてやる方が怖い。
虫嫌いなんて、都会での生活じゃ気にするほどのことでもなかったから治そうとも思わなかった。それが今、乗り越えなくちゃって思うのはなんでかしら。
「やめろ……! 逃げ」
「誰も神に祈らない 貴方は神を信じない 私は神など知らない」
思考でグレイザさんの言葉を無視して、呪文の詠唱を続ける私。
仲間のためって言い訳すればいくらでも思い浮かぶけれど、多分理由は一つなんでしょうね。
「神は誰も救わない 神は貴方を助けない 神は私を生かさない」
これを放った後は、MPもなくなってほとんど何も出来なくなる。それでも、少しでもつなぐことが出来たなら。
「【神――】」
価値はある!
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる