幻想球 ~ユニーク・スキルは一国守護の要です~

AAKI

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初心者イベント編

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 部屋に足を踏み入れると同時に、私を覆っていた重苦しさが霧散した。見知った顔だったことに安堵したのもあるのだろうが、青髪の人物がまたしても珍妙な格好だったことに呆れたからである。

MJえむじぇーさん、お久しぶりです。今日は、執事ですか?」

「えぇ、スチュアートとして、またバトラーとしてお仕えしております。メリー様もお久しぶりでございますね」

 私がMJと呼んだ彼はうやうやしく腰を15度に折って、挨拶とともに服装の意図を伝えた。

 しかし、便宜的に『彼』としたが更に指摘を続ける。

「この間は巫女服ではありませんでした? 正直に聞きますけど、MJさんって男女どちらなんです?」

 そう、コスプレ好きなのかどうかわからないけど、出会う度に服装が紳士もの女性もの問わずに入れ替わるのだ。

「その辺りは気分ですので、黙秘いたします」

 にこやかに笑って誤魔化そうとしてきた。ホント、どっちなのか……。両性?

「気分で性別をコロコロと変えられても困るんだが。まぁ、とりあえず報告しろよ」

 顔立ちは中性的だし、どっちの衣装でも似合ってるからって、はいはい! そんなに急かさなくても順番にやりますよッ。

 私はここ一週間分の収支報告書と物品目録、そして連絡事項をまとめた書類を提出した。細かな問題こそあっても大した事件もなく、淡々と話すだけ。

「――以上です。概ね順調かと思われます」

「そうか。下がっていいぞ」

 うわぁ……労いの言葉もありませんか、そうですか。相変わらずの横柄な態度に呆れている私を差し置く神経もお見事。

 なんて感心している間にグレイザさんは、セルシュさんやMJさんと顔を見合わせた。

 そりゃ凄腕の起業家だったり事業家、社長なんでしょうけど、これで人が付いてくるのかしら? さらにグレイザさんって、"将軍神官ジェネラルプリースト"で軍団を扱うジョブだから余計心配なのよね。

「メリーさん、ご苦労さまだったね」

 お兄さんに代わって、セルシュが笑顔で労ってくれた。BUGUウサギの『デリンジャー』ってキャラクターは、こんなフワフワしたキャラで可愛いのよ。癒やされるわぁ。

「お疲れ様、でした? メリー様?」

「浸るな。お前の顔はスピーカーか」

 癒やされている私にMJさんの言葉と、グレイザの鋭い嫌味が飛んできた。

 新人達が居なくなるとこれだよ! そりゃ、ヨダレとホワホワ顔で気持ち悪かったかもしれないけど!

「むぅぅ……。報告は終わりましたッ。ので、今日はこれにて失礼します!」

 機嫌が悪くなったので、私はもともとからその予定だったけどログアウトすることにした。

 ゲームの中はまだ昼間のように見えて、始めたのが21時ごろだったし外は随分な時間のはずよ。仕事が終わると、レベルが255でカンストしている私には駄弁る以外はないのよ。明日の定期メンテナンスでイベントが実装されないと、しばらくはゲーム内でも仕事漬けね。

 自分で選んだ道とはいえ、ホリックワーカーとかなんだか寂しい人生に思えてきたわ……。

「そうか」

 冷徹ささえ感じる一言で流された。

 やはり、私の価値は【暗号施錠】しかないのよね。

 私はプリプリと怒りながら、執務室を出て適当な場所でインタフェース画面を開く。すると、体を包み込むような半透明の球体が空間に現れた。歩いていても、壁などに接触しないように大きさが調整される。

 ステータスやアイテムインベントリ、オプションといったメニューが並ぶ。手でワイプすると動くため、その中からログアウトを選んで軽く押し込む。

 次の瞬間には私を囲んでいた球が分解していき、目の前は現代建築の小さな一室へと変わっていた。

『スフィア・ザ・ファンタジアを終了しました』

 手にしている電子端末からはそんなアナウンスが流れた。

 いつものマスコットのネコ柄パジャマになった私は、椅子から立ち上がり軽いストレッチで固まった体をほぐす。

「ん~はぁ。良い時間だし今日はこれで寝ましょ」

 独り言の後時計を見れば0時を過ぎており、戸締まりと電気を確認して就寝した。

 そして翌朝、私は会社へと通う。

 独身らしいメニューに気を使わないたまごトーストを牛乳で飲み下し、ナチュラルメイクにとどめてアパートの部屋を飛び出す。最寄りの駅で電車に飛び乗れば、それなりの人口密度に押しつぶされること一時間弱。県内にある小規模の商社へと到着し、社員の持ってくる領収書から帳簿をつける業務に終始するのである。

 要するに、独身を謳歌する寂しいOL葉月ちゃん(27)の仕事は経理ってこと。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう。レイゾー」

 小さなビルの古ぼけた感じの小さなオフィスに入って挨拶すれば、返ってくるのは不可解な愛称だ。

 答えたのは奥の机にいる中年男性で、彼はこの会社の一つしかない部署の部長を務めている。高畑たかはた 雄介ゆうすけ。それが部長の名前よ。

「高畑ぶちょー、いい加減変な名前で呼ぶのやめません? ハラスメントですよ?」

「良いじゃん。一番の後輩と親睦を深めたいのさ」

 私の文句に言い返したその態度はどこか掴みどころがなく、ひょうきんな萎びたおっさんって感じ。仲良くなりたいというのは事実なんでしょうけど、なんだか方向性が間違っているのよね。

 私は、友好を育むことまでは拒んでいないのだけれど、距離をおこうとしているのがにわかに滲み出しているのかもしれない。
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