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初心者イベント編
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それは、新しい記憶から何ヶ月か記憶を遡ったころのこと。
目の前に佇むのは、通常の人間など比にならないほどの巨体を持ったヒトガタだった。
推定5メートルは身じろぎの一つするだけで大地を震わせる。歯ではなく牙の生え並んだ口は醜く歪んでいた。一呼吸で空気を押しつぶすほどの腐臭を吐き出すのは、口腔の奥に無数の肉を積み上げたからだろうか。つり上がった涙滴型の目で睨まれると、重力が自分に収束したかのような感覚さえ覚えた。
行動するのに伴い全身の筋肉はくっきりと盛り上がり、大木のような腕が唸りを上げて振り下ろされる。
巨人もしくは巨獣。
多くを語らずともその一言につきる生物の、その一撃は容易く大地を穿った。
ドゴォーンッ。太鼓の演奏を不協和音にして百倍ぐらいにした感じの音かしら。半歩遅れて、衝撃に巻き込まれた者達の悲鳴が響く。
残されたのは土煙と大きく抉れた地面だけ。
「グワッ!」「ギャッ!」「キャァァァッ!」
前衛の"戦士"や"拳闘士"に留まらず、中衛の"銃手"にまで届く辺り凄まじい威力だわ。私も、少しばかり緊張したわ……。細い腕から続く小さな手でキュッと杖を握りしめる。
風圧でストレートの黒髪がなびいていたのが収まったところで、私は道の進行方向に対して横付けしていた幌馬車の影から出ていく。車体や馬にダメージがないのを横目にサッと確認して、ダメージで跪いてしまっている皆のところに駆け寄る。
保険はあるし、ギリギリなんとかなるはずだわ。
「こっちは大丈夫! 皆は?」
前衛2人と中衛の安否を確認した。
「クッ、なんとか動ける」
「こっちも動くぐらいは……」
「逃げるのが精一杯って感じですか……」
3人とも無事とは言い難いまでも、なんとか五体満足って感じね。
さて、巨人こと"ゴリアテ"は私達の都合など考えて攻撃を待ってくれはしない。
「グバオォォォォォォォッ!」
「来たっ!」
勝利を確信したかのように咆哮を上げて、止めの一撃を叩き込もうと拳を振り降ろした。私は咄嗟に声を上げた。
「クッ!」「ソッ!」「タァッ!」
何を垂らすかだのという汚らしい掛け声を3人で上げながら、彼らは思わず目を閉じてしまった。身を縮こまらせながら最期の時を待つも、それはいつまで経っても訪れることはない。もう既にゲームオーバーした後だと思っている可能性もある。
10秒ほどして、不思議に思った3人が顔を上げる。
「……?」「……!」「……!?」
呆然とした表情という、三者三様の反応といったところ。
『【高質防壁】!』
寸前に私が唱えた魔法スキルの壁が、ゴリアテの圧倒的筋肉を受け止めていたわけよ。
半透明の青白い壁が半球型に広がって膂力とせめぎあい、羽音のような軋みを上げている。
ヤバい……長くは持たない証拠ね。
「皆さん、早く退いて! 命日にお茶を献じるなんて嫌ですからね!」
「茶? わかった……!」
「距離を取れ! その後、【弾傷弾】を!」
「りょーかい!」
時間がないことを伝えると、3人は残る体力を使ってその場を離れた。1人でノリが滑って少し恥ずかしい……好き作品のちょっとした台詞よ。
そんなことをしている間にも、パリーンと甲高い音と同時にバリアが割れ、飴細工が降り注ぐ中で私達は体勢を整える。腕を魔法に反射されたゴリアテの生んだ僅かな時間に、バラバラになった3人が各自で治療と反撃に移る。
銃手が放った銃弾には傷を癒やす力があり、少しびっくりな治療の後は戦士が拳闘士のカバーに入りながらゴリアテへと接近した。一回のパンチで吹き飛ぶ一撃を、大盾を犠牲にしてなんとかダメージを軽減する。
「グ、ガッ!」
「後は、任せろ!」
その隙に拳闘士が巨腕の上を駆けた。振り落とされようとも跳び上がり、拳をゴリアテの顔面に届かせる。
「ウラァッ!」
「ギャッ!」
気合と同時に叩き込まれた打撃は、確かに巨体を怯ませた。
ハチのひと刺しと言えばそのようにも見えるかもしれないけど、身体能力を強化する術は戦士よりも得意とする。オーラとか『気』と呼ぶ奴ね。
「大丈夫か?」
「あぁ……なんとかゥゥ!」
スタッと着地した拳闘士が戦士を助け起こし安否を気遣った。
致命傷ではないようだが、肩を貸しても秒速2メートルを進むのがやっとだ。痛みに悶えるゴリアテが怒りの目を向ける前に離れなければならない。
「離れるぞ! 援護を!」
「オッケーよ!」
「はい! 風吹き集まりなさい 笛吹き奏でなさい 見えなくてもあなたは 確かにそこにいる 笛吹き集めなさい 風吹き奏でてもらいなさい――」
逃走を開始した前衛を助けるべく、私はネイルハンマーに似た杖を高く掲げ呪文の詠唱を開始した。
先に、短時間で攻勢に移れる銃手が射撃を行ってくれるおかげで、ゆっくりと必要分を唱えることができる。
「よし、良いぞ!」
「――【風笛吹】!」
拳闘士の合図と同時に、詠唱し終えた呪文を魔法として解き放った
目の前に佇むのは、通常の人間など比にならないほどの巨体を持ったヒトガタだった。
推定5メートルは身じろぎの一つするだけで大地を震わせる。歯ではなく牙の生え並んだ口は醜く歪んでいた。一呼吸で空気を押しつぶすほどの腐臭を吐き出すのは、口腔の奥に無数の肉を積み上げたからだろうか。つり上がった涙滴型の目で睨まれると、重力が自分に収束したかのような感覚さえ覚えた。
行動するのに伴い全身の筋肉はくっきりと盛り上がり、大木のような腕が唸りを上げて振り下ろされる。
巨人もしくは巨獣。
多くを語らずともその一言につきる生物の、その一撃は容易く大地を穿った。
ドゴォーンッ。太鼓の演奏を不協和音にして百倍ぐらいにした感じの音かしら。半歩遅れて、衝撃に巻き込まれた者達の悲鳴が響く。
残されたのは土煙と大きく抉れた地面だけ。
「グワッ!」「ギャッ!」「キャァァァッ!」
前衛の"戦士"や"拳闘士"に留まらず、中衛の"銃手"にまで届く辺り凄まじい威力だわ。私も、少しばかり緊張したわ……。細い腕から続く小さな手でキュッと杖を握りしめる。
風圧でストレートの黒髪がなびいていたのが収まったところで、私は道の進行方向に対して横付けしていた幌馬車の影から出ていく。車体や馬にダメージがないのを横目にサッと確認して、ダメージで跪いてしまっている皆のところに駆け寄る。
保険はあるし、ギリギリなんとかなるはずだわ。
「こっちは大丈夫! 皆は?」
前衛2人と中衛の安否を確認した。
「クッ、なんとか動ける」
「こっちも動くぐらいは……」
「逃げるのが精一杯って感じですか……」
3人とも無事とは言い難いまでも、なんとか五体満足って感じね。
さて、巨人こと"ゴリアテ"は私達の都合など考えて攻撃を待ってくれはしない。
「グバオォォォォォォォッ!」
「来たっ!」
勝利を確信したかのように咆哮を上げて、止めの一撃を叩き込もうと拳を振り降ろした。私は咄嗟に声を上げた。
「クッ!」「ソッ!」「タァッ!」
何を垂らすかだのという汚らしい掛け声を3人で上げながら、彼らは思わず目を閉じてしまった。身を縮こまらせながら最期の時を待つも、それはいつまで経っても訪れることはない。もう既にゲームオーバーした後だと思っている可能性もある。
10秒ほどして、不思議に思った3人が顔を上げる。
「……?」「……!」「……!?」
呆然とした表情という、三者三様の反応といったところ。
『【高質防壁】!』
寸前に私が唱えた魔法スキルの壁が、ゴリアテの圧倒的筋肉を受け止めていたわけよ。
半透明の青白い壁が半球型に広がって膂力とせめぎあい、羽音のような軋みを上げている。
ヤバい……長くは持たない証拠ね。
「皆さん、早く退いて! 命日にお茶を献じるなんて嫌ですからね!」
「茶? わかった……!」
「距離を取れ! その後、【弾傷弾】を!」
「りょーかい!」
時間がないことを伝えると、3人は残る体力を使ってその場を離れた。1人でノリが滑って少し恥ずかしい……好き作品のちょっとした台詞よ。
そんなことをしている間にも、パリーンと甲高い音と同時にバリアが割れ、飴細工が降り注ぐ中で私達は体勢を整える。腕を魔法に反射されたゴリアテの生んだ僅かな時間に、バラバラになった3人が各自で治療と反撃に移る。
銃手が放った銃弾には傷を癒やす力があり、少しびっくりな治療の後は戦士が拳闘士のカバーに入りながらゴリアテへと接近した。一回のパンチで吹き飛ぶ一撃を、大盾を犠牲にしてなんとかダメージを軽減する。
「グ、ガッ!」
「後は、任せろ!」
その隙に拳闘士が巨腕の上を駆けた。振り落とされようとも跳び上がり、拳をゴリアテの顔面に届かせる。
「ウラァッ!」
「ギャッ!」
気合と同時に叩き込まれた打撃は、確かに巨体を怯ませた。
ハチのひと刺しと言えばそのようにも見えるかもしれないけど、身体能力を強化する術は戦士よりも得意とする。オーラとか『気』と呼ぶ奴ね。
「大丈夫か?」
「あぁ……なんとかゥゥ!」
スタッと着地した拳闘士が戦士を助け起こし安否を気遣った。
致命傷ではないようだが、肩を貸しても秒速2メートルを進むのがやっとだ。痛みに悶えるゴリアテが怒りの目を向ける前に離れなければならない。
「離れるぞ! 援護を!」
「オッケーよ!」
「はい! 風吹き集まりなさい 笛吹き奏でなさい 見えなくてもあなたは 確かにそこにいる 笛吹き集めなさい 風吹き奏でてもらいなさい――」
逃走を開始した前衛を助けるべく、私はネイルハンマーに似た杖を高く掲げ呪文の詠唱を開始した。
先に、短時間で攻勢に移れる銃手が射撃を行ってくれるおかげで、ゆっくりと必要分を唱えることができる。
「よし、良いぞ!」
「――【風笛吹】!」
拳闘士の合図と同時に、詠唱し終えた呪文を魔法として解き放った
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