上 下
63 / 77
10睡目・残酷な天使のベーゼ

3

しおりを挟む
 堅実と優柔不断は違うと、最悪の場面で恨み言を吐き捨てるような子達じゃないと、サムベアさんは言った。失われることを俺独りの選択に委ねてしまうほどハァビー達は愚昧ぐまいではなく、それも覚悟の上でついてきてくれるとは考えないのか。

 少なくとも意思疎通ができるのだから、ちゃんと話し合って決めても遅くない。

「どうしても踏ん切りがつかないのなら」

 サムベアさんはもうひと押しとばかりに、ケェヌが置いていった鞄の中から何かを探し出した。

 試験管に薄紫の液体が入っていて、それが3つ。

「精力剤ですか?」

 まさかファンタジーな媚薬とか催淫剤じゃあるまい。

「ハハハッ。そんな冗談が言えるなら、ちょっと自信をつけるだけでなんとでもなるね」

「はぁ?」

「こいつはマンドラゴラの根っこから生成した、身体能力増強薬だよ」

 サムベアさんの答えに、俺は目蓋をパチクリさせた。

 ドーピングコンソメす……いや、止めておこう。昔、育てていたというマンドラゴラを活用した怪しいお薬だ。

 まぁ、効能について説明を聞こう。

「一本30分、ケェヌやシジットぐらいの力は得られる。ここ数日で棒術の基礎も覚えてきただろうし、よっぽどじゃなけりゃ負けないでしょ」

「ほうほう。で?」

 とても魅力的な効果だ。お値段もお手頃っぽい。

 しかし、当然ながらそんな人外の力を得られるブツをおいそれと使えるわけがない。俺はわかってるんだ。

「副作用、あるよ」

「ですよねー」

「まず、1日一本以上は使用しない。筋組織が破壊されて戻らなくなるから、2日以上は空けた方が良いかな」

「筋肉痛になるだけじゃ済みそうにないですね……」

「次に、ダイナ以外の人に使わせない。体液なんかも、可能な限り経口摂取させないことをお勧めする」

「?」

 普通の薬では無いと思っていたが、体組織や体液もダメとは不思議だ。俺が訝しげにしていると、サムベアさんは正気じゃ話せないとばかりに果実酒を呷った。

 彼女は、既に出来上がってる様子で赤ら顔を再びこちらに向けて言葉を続ける。

「錬成魔法でダイナの体の成分を超高密度に再現して、薬に使ってある」

「結構、下戸なんですね」

「るっしゃいっ! 真面目に聞く!」

「はい!」

 あまり聞きたくない単語が出てきたので、からかって話題を変えようとしたが無駄だった。

 DNAとかそういう組成を魔法で作り出して、薬に混ぜ込んだってことだよな? 錬成魔法だけで可能な製法じゃないから、遺伝子学や医学の知識を持った誰かに手伝ってもらったんだろう。

「まぁ、ダイナ専用の薬だと思って頂戴。それを他人に服用させたり、微量でも成分を取り込んだりした場合、どうなるか保証できないからッ」

 そんなものを人に飲ませるつもりなんですかぁ……。治験とかしたのか不安になってくるわ。

「どうなるかもわからないんです?」

「うーん……伝聞だからねぇ。程度によるとは思ふけど、摂取した他人の体構造を塗り替えるかもね」

 サムベアさんったらサラリとすっごいこと言った。まぁ、『聖別』や『LHC実験』のことを考えれば、確かにそれぐらいのことできても不思議じゃないか。

 要するに、使い方次第じゃ生物学的な縛りを越えて俺の遺伝子を残せるってこと。

「エッチなお薬よりヤバい!」

「ヤバイよ! で、ファリッバちゃんに使う? それともエルフ首長に使う?」

「ちょ、ちょっと!」

 酔いが完全に回ったせいか、サムベアさんがその色香を漂わせながら接近してきた。からかっていて、俺をハァビー達にけしかけようとしているのはわかっていても、色々と考えがまとまらない。

 慌てて逃げるも直ぐに家の入り口脇へと追い詰められる。が、ちょうど軽い足音が近づいてきているの気づいた。

 ハァビーが戻ってきたから、俺は助けを呼ぼうとする。

「ハァビ」「……!?」

 しかし、俺もほろ酔いで頭が回っていなかったんだろう。

 これぐらいのことで勘違いするような子じゃないと思っていたけど、確かにパッと見はサムベアさんが俺を誘惑している構図だ。驚きを顕にして当然である。

「ハハハハッ。冗談、じょーだんッ。悪かったよ」

「サムベア、さん……」

 酔っぱらいの悪ノリだと流そうとしたが、今日ばかりはタイミングやハァビーの精神状態が良くなかった。落ち込んでいるときというのは、色々とネガティブに考えてしまいがちになるものだ。

 ハァビーの表情は酷く真顔に近く、平坦な声音には怒りとも違う何かが含まれていた。

 マイナスに振り切った静寂に、サムベアさんも良いものを感じなかったらしい。

「ハァビー、昔の顔に戻ってる……」

「!?」

 その一言で、硬直は破られた。

 サムベアさんの少し怯えたような声音に、ハッと正気に戻って自らの顔に触れるハァビー。慌ててきびすを返すもケェヌがいた。手にしたお湯入りの鍋を彼に手渡すと、そのまま横をすり抜けて走り去った。

 君も大人しく受け取ってないで止めて。

「……」

 表情はいつもの能面だが、鍋に俺達にハァビーの走り去った方向にと、視線が定まらないところを見ると戸惑っているらしかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...