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10睡目・残酷な天使のベーゼ
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しおりを挟む「やっほー。帰ったよ! お土産もたっくさんあるから安心しなよっ」
「おかえりなさい。お土産は……お酒ですか? 私達、そんなに飲めませんよ?」
「アハハハッ。まぁ、素面じゃ語れないこともあるでしょうに」
到着したサムベアさんが早速、ケェヌが背負った鞄から取り出したのは果実酒らしかった。とんでもない土産話でも肴にするつもりなんだろうか?
お酒に添付されていた手紙を読んでも、それほど大問題に発展している様子は見られないが。ブラックマーケット酒場の獣人のおばあさん達、元気にしているみたいでよかった。でも、ハァビーに背中蹴りの手伝いはさせない。
「それで、首都法政府の見解は?」
俺は早くもその話を伺った。
「まぁ、待ちなって。これ、私がヒマヒマと考えて作ってみた細小麦粉の即席料理」
こちらで用意する必要はあったにせよ、ここ十数日の間にサムベアさんも新しい料理を開発したらしい。しかし、まさかこっちの世界でラーメンを見ることになるとは……。
「お湯を注いで?」
「5分くらいかな。魚介の汁を中心に、溶かした豆の上澄み液で塩味と風味を足したんだよ」
どちらかというとカップうどんなんだが、醤油風味のだし汁まで作ってちゃんと麺に味付けしてある。ちょっとモチモチとした食感にはなるものの、シンプルなぶっかけうどんって感じで美味しい。
「結構、余裕ありますね。ずるるる~」
「美味しいですけど……けど……悔しいッ。むしゃむしゃ」
懐かしい小麦の味に舌鼓を打つ。ハァビーなど、この単純さながらコシと旨味の利いた料理に、望まぬ感無量。
俺とはぎこちない会話をするくせに、他の人とは普通に話せるんだよなぁ。
「それで、件の話はどうなってます?」
味見が終わり、俺は訊ねた。
ハルピュイアさん達による侵入に対し、法国はどのような対応をするのか。
「まぁ、オブジェダ国の主流な都市は虫人種やレプティリアン種だからね。有翼人種による独断の侵犯ということなら、一旦は抗議文だけで終わると思う」
「はっきりとした答えは出ていないということですか?」
据わりの悪い回答だ。
サムベアさんが首都に伝えた直ぐに決まるようなことではないだろうから、曖昧な返事になるのは仕方ないか。
「ハルピュイアですから、無理な対応が取れないのもわかりますけどね。できれば、引き止めるぐらいはして欲しいですけど」
大事にならず解決するのが一番だ。
しかし、ハァビーが無事なことを知ったハルピュイアさん達が何かしでかさないか、それも1つの懸念だった。
チラリとハァビーの様子を確認する。
「……」
表情は変わらないものの、一段と重苦しさが増した気がした。
なるほど、素面じゃ語れないこともあるわな。では、一杯だけいただきます。
今日ほど、母親譲りの下戸っぷりに感謝した日はない。
「私は、お湯を沸かしてきますね。もう直ぐ無くなりそうですから」
「水くみとかは手伝おう」
そう言うと、ハァビーはケェヌのためのおかわりを作るために出ていった。
小難しい政治の話を嫌ってか、ケェヌまで出ていってしまう。この展開にはサムベアさんも予想外と言った様子。
「……で、お酒を持ってきたのはハァビーのことですよね?」
「うーん、あの子も風が吹くだけで恋をする年頃だから」
「はぁ? えー、そういう慣用句ですか。風に恋をするとかそういう」
「そうそう。風が吹いても、が地方的に訛ったのがそれなんだけどね。で、どうなのさ?」
チビチビと僅かに酸味の利いた桑の実酒を堪能しながら、恋バナみないなのが始まった。
おじさんに思春期の女の子と一緒にいろとか、結構なミッションですよ? 手を出さないのだけが精一杯です。箸が転がっただけでも笑うような相手を笑わせずに生活するとかいう、一触即発の状態って言えばわかるか?
そういう話になるのが予想できてたからブホッとかやらなかったけど。
俺は、胡乱な半眼でサムベアさんを見つめ返すしかできなかった。
「何よぉ? 何が不満なのさ?」
「うぐっ……」
そう訊ねられると、これという反論ができないのも痛い。
俺の自惚れでなければ、気持ちの上では互いに不満などないはず。生物学的な結婚適齢期に照らし合わされば、推定二十歳にも満たないハァビーは瑞々しい果実である。容姿も器量も良くて良妻賢母になるのはほぼ確定。
俺にはもったいないと言うのが一番早いんだろうけど、それを気にするような子でもないから困る。
「俺はいずれ元の世界に戻るかもしれません。その時、大事なものをこっちに残したままにしてしまう可能性もあります。後、そうならずとも、守れるかも怪しい宝物を剥き身で持ってるほど俺の度胸は据わってません」
出た答えはそれだった。
基底世界に戻ることについては、元から織り込み済みなので仕方ないとは思う。ただ、どんなに取り繕ったところで俺に実力がないのはわかっている。
到底、ハァビー達を守ってやるなんて大言壮語を吐ける立場じゃない。
サムベアさんの反応はと言うと。
「それをあの子に、あの子達に伝えたの?」
この場には居ない、俺を慕ってくれている子らを指して問いただしてくる。
「えっと……」
「そりゃ単に、失うのが怖くて買おうとしない貧乏性野郎の言い訳だね。ただの物なら間違っちゃいないかもしれないけど、人同士の関係に持ち込めば臆病者さ」
言いよどめば畳み掛けてくる。
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