絶滅危惧種の子なら隣で寝てるけど? ~異世界で保護飼育は難しい~

AAKI

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3睡目・徐々に ~その地の運命(さだめ)~

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 整地されていない土の道を、辛うじて人が通る場所だと教えてくれている茶色のロードを、俺は自転車っぽいものを漕いで移動する。

 サドルの代わりに椅子が付いた一輪車と言えば良いだろうか。それに荷車がくっついている。大量の乾燥完熟牛糞堆肥を積み込んで、熱射と発酵熱に汗しながら悪路を往く。最寄りの村で交渉し分けてもらった大事な肥料だ。

 必死で漕ぐこと片道3時間、漸く、向こうに巨大な『ハウスツリー』が見えてくる。ツリーハウスではなくハウスツリーで正しいのは、大木の中が普通に民家になっているからである。

「ふぅ……。こう遠くから見ると、一本だけになっちまって寂しいな……」

 イビーエフビー村……長いのでイブ村とする。そこへ行く際は、遠巻きに眺めたわけでないので哀愁が伝わってこなかった。周りには、少なくとも森林だったことを示す切り株が乱立している。

 俺が居候させてもらっているハァビーの家を残して、苗木の内に切り出されたせいである。そして大樹から切り離されたハウスツリーは長く持たず、播種はしゅもままならないため今では絶滅の危機に瀕していた。

 苗木か種さえ手に入ればなんとかなるんだろうけどな……。

 さておき、俺はしばらくぶりに返ってくることができたわけだ! 異世界ヘエヌジーでの、初めてのお使いを終えて。

 無事戻ってこれたことが嬉しいあまり、荷車を先に家の中へと向かった。近くの小川で汗と堆肥臭を流してからの方が良かったのかもしれないとも思った反面、ハァビーが心配している気がして顔だけ見せようとした。

「~~! エフダァシィビー ~~?」

「アイ、アイエーアイビー ワイエヌダー!?」

「あら?」

 階段を駆け上って扉に近づいたところで、中から話し声が聞こえることに気付いた。

 一方の声を荒げているのはハァビーの話し声だとわかるが、もう片方は聞き覚えがない上に流暢なヘエヌジー語なのでわからない。少しは理解できるぐらい勉強はしたとは言え、やはりまだリスニングには慣れないのである。

 以前にハァビーが村人に交渉してくれたのと、彼女との合作の辞書片手になんとか簡単なコミュニケーションが取れるぐらいだからな。

「流石にこりゃマズいな」

 客人相手に薄汚い格好で会ったのでは、居候として立つ瀬がなくなるというものだ。彼女が何者なのかの予想は付いていたから余計に。

 俺は振り返って体を洗いに行こうとした。

 しかし、素人が日曜大工並で作ったレベルの階段では足音など簡単に響いたらしく、扉を隔ててもハァビー達に気付かれてしまっていた。扉が開くのを止めるのも申し訳なく、笑顔で出迎えてくれる少女へとまた振り返る。

「ただいま」

 もちろん、客人への挨拶も怠らない。

「えっと、どうも。初めまして」

「……」

 その後は手をL字にバンザイして、こちらに向かってくるショートカットの女性に頭を下げた。ハァビーより一回り長身の女性も、同じく手を上げて返礼してくれた。手の平を相手側に向けているのは、武器などを持っていないことを示す最上位の礼だからだ。

 ただし、言葉を交わす文化はこちらにないので反応は訝しい。元々、この世界の住人は魔法でイメージを伝えていたからだ。そのせいかヘエヌジー語も不完全なのだと、ハァビーから聞いていた。

「こんな格好で悪いね。お客さんみたいだし、先に流してくるよ」

 苦笑いを浮かべて断ると、クルクル踵をひっくり返しまくって階段を1段降りた。

「待って! あ、いえ、引き止めてすみません。ただ……」

 背後からの引き止める声に、俺は思わず足を止めてしまった。

 続けて掛けられる言葉。

「おかえりなさい」

 そんなことを言われたのでは、ちゃんと応えなければならないじゃないか……。

 俺が何度目か振り返ると、そこにはこれまでで誰よりも輝いている笑顔があった。少し泣きそうになっている潤んだ瞳がなんとも心を打つじゃないか。日本語の微妙なニュアンスまでマスターしているから、余計に努力に報いて上げたいと思う。

 少し会話ができるように覚えるくらいまで、それ以外にすることもなくハァビーはここにいた。

 独りは寂しいもんな。

「ただいま」

 二度と不安にはさせたくないから、俺は自然と笑みと挨拶を返して目を細めた。

 目を開くと、客人の女性はハァビーの背後で、先の凛々しいキツネ顔を歪めニヤけさせていた。面白がっている以上に何かを語っている目をしているが、俺が止めるより早くハァビーが気付いてしまう。

「ワタエフビー ワイエルジーエムビー サシィビー ワイアイビー ~? ~!」

 私より先に? 女性はゆっくり緩慢な動作で少女の肩に手を置いた。後は、まるで子供の軽い癇癪かんしゃくみたいな勢いでまくし立てる。

 とりあえず、からかうのと嫉妬が暴走している反応なのは短い人付き合いの経験から理解してた。

「エフ、エフジィダー ビィダー ワケ ワイデハ……」

 困ってしまった小鳥ちゃんが助けを求めてこっちを見ているが、この場は日本人に言わせれば触らぬ神に祟りなしとも言う。先人の知恵には倣うべきだ。

「ダイナさーん!」「うわ! ちょっ! そっちで解決しワトトトトッ!?」

 こっちに向かってきたハァビーから逃げようとして、俺は階段から足を踏み外してしまった!

 転げ落ちるというよりも、数段ずつ飛び降りるように駆け下りていく感じだったのが救いだ。そして、地面に足を着けたところで勢いを殺しきれずにスッテンコロリ。

「だ、ダイナさん!」「Qamamaアララ……」

 二人の声を聞きながら、俺は目の前にある幼子の顔とにらめっこしていた。

「大丈夫……! ぶつかったわけじゃないから!」

 一応は、ハァビーに対してのフォローは入れておいた。余程痛む場所がないのは、両親に頑丈に育ててもらったおかげだ。

 さて、次は俺を覗き込むようにして笑顔を浮かべる幼顔だが。家の裏からこっちにきちゃったんだな……。

 純白の長髪を土で汚して、やや日焼けた肌を晒した少女。いや、正しく言えばその子に性別などない。

 側頭部から羊などを思わせる渦巻いた角を生やしているのを見れば、ただの女の子などとは思わないことだろう。

 服の代わりに全身と手足の七分までを覆うのは、綿毛。その白味の強さと柔らかな波打ち方は、羊毛ではなく植物性の綿であることを証明している。

「ワイイーエックスエッチジー シィジーレ バエムジーメエックスエッチダー? ダーエフジィアール……」

 その存在に気づき、その子が何者かを理解した客の女性は唖然といった様子で訊ねてきた。多分訊ねてきた。

「ハビー!」

 ハァビーは喜々として肯定した。

 やはり、女性は目の前の女の子バロメッツについて言葉を求めたのだとわかった。ここは長くなるから、落ち着いたところで話したいと思う。

 話しは2人に投げておいて、早いところ水浴びを……。

「あ、こちら話していた恩人のサムベアさんです」

 タイミングを見計らっていると、既に機会を失ったと見たハァビーが客の挨拶をしてしまった。

 しかし、サムベアさんはバロメッツに夢中で、真贋を見極めんとする職人の如くその姿や触覚まで隅々を観察していた。

「ごめん。今のうちに汗を流してくるからもう少しだけ待ってて」

「あぁ、ごめんなさい! 気にしないとは言え」

 一言断ると、俺は大急ぎで10メートルほど離れた小川へと向かった。

 ハァビーも、俺と同類のサムベアさんも、多少の肥料の臭いなど大したことはないのだろう。けどね、やっぱりこういうのは礼儀だと思うんだよ。

 そんなわけでして、戻ったのは十数分後のことでございます。
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