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1睡目・羽毛の優しさに包まれたなら
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薄灰だか薄緑だかわからないツナギタイプの制服に身を包み、俺は今日も仕事に追われている。
「こんにちは~。世古口《せこぶち》 大凪《だいな》です。農協の巡回に」
そろそろ顔も覚えて貰ったかもしれないが、礼儀として挨拶と自己紹介はしておく。
忙しさにかまけて、趣味に打ち込んだり女性と遊んだりする機会さえない。すみません、彼女いない歴イコール年齢です。趣味と呼べるようなものもありません。
「うーん、ちょっと水不足ですね。毎日、少しずつでも良いのであげてください」
農家の人と話して、メモを取ったり報告を上げる程度の簡単な仕事などと思わないで欲しい。何かと人付き合いの心労の方が多くて、疲れていても眠りが浅いなんてことは良くある。
一人暮らしのベランダで、趣味で育てたプランターの若木達に話しかけている時が一番落ち着くぐらいには……。
昔ほどアルコール・ハラスメントなんてものも無くなってきたけど、それでも必要に迫られることもある。
「こっちは追肥をしてあげてください」
正直、あまり充実した毎日を送っているとは言い難かった。
こうして農作物の扱いに慣れていない若い人にアドバイスすることで、減少を続けている生産量をなんとか増やすことに成功している。大枠過ぎて達成感がいまいち無いのが問題かな。でもでも、データの上では結果が出て嬉しいこともある。
「暑くなってくる前に日除けなどできれば。それぐらいでしょうか。では、また」
一仕事を終えて俺は、先輩やその道のプロの指導員に付き従って車へ向かった。
俺なんて下っ端の方だから、皆さんの「今年は大丈夫そうだ」「ちょっと病気が出てた」などという会話に混ざるなんて恐れ多い。荷物持ちに努めて、少し離れたところを歩きながら初夏の日差しを手で遮るのだった。
細い農道にも関わらず、隣を1台のトラックが40キロくらいのスピードで通り過ぎていった。会社名までは見えなかったが、布団に関係してるみたいだったな。
いつもであれば、危ないなぁとか考えつつも気にかけるほどのことじゃない。のだが、荷台のスライドロックが上手くハマっていないのがわかってしまった。振動と一緒に聞こえるカタカタという金属音が止んで、ついに荷台の扉がオープンセサミ!
「ヤバッ! 扉! トビラァ!」
俺は思わず声に出しながら、久しく全力疾走でトラックを追いかけた。落っことした荷物に壊れるようなものがなかったのが救いだ。
必至に追いかけるも間に合いっこないと思っていたところ、ブレーキランプが灯ってキィーッとやや甲高い音が響く。後ろを追いかけてくるおかしな男……俺なんだけど。運転手が気づいてくれたらしい。
しかし、慣性が働き扉が大きく揺れると、大口を開けた荷台から布団らしきものの塊が見えた。
トラックの運ちゃんは、今日が運勢最低だったんじゃないだろうか?
なにせ、積んである荷物の布の包に亀裂が入り、中身の圧に耐えきれず傷口を広げたんだ。俺が側まで駆け寄った瞬間に、それらは全て開放されて放出された。
雲が空を覆い尽くしたみたいに、俺は薄い影を見上げることになる。
「わぁーお! フワフ、ワァ?」
雪崩出る布団の塊なんていうのは結構壮観なもので、間抜けな声を出して驚いた。たぶん顔に出していたであろう間抜け面を、誰にも見られなくてよかった。
ただね、本当に不幸だったのは俺の方だ。
こんなたっぷりの羽毛布団に包まれて寝たら、きっと心地良いだろうな。なんて思ったのも束の間、人工の白い猛威は容赦なく襲いかかってくる。
1トンの綿……羽毛は、やっぱり1トンでした。
「こんにちは~。世古口《せこぶち》 大凪《だいな》です。農協の巡回に」
そろそろ顔も覚えて貰ったかもしれないが、礼儀として挨拶と自己紹介はしておく。
忙しさにかまけて、趣味に打ち込んだり女性と遊んだりする機会さえない。すみません、彼女いない歴イコール年齢です。趣味と呼べるようなものもありません。
「うーん、ちょっと水不足ですね。毎日、少しずつでも良いのであげてください」
農家の人と話して、メモを取ったり報告を上げる程度の簡単な仕事などと思わないで欲しい。何かと人付き合いの心労の方が多くて、疲れていても眠りが浅いなんてことは良くある。
一人暮らしのベランダで、趣味で育てたプランターの若木達に話しかけている時が一番落ち着くぐらいには……。
昔ほどアルコール・ハラスメントなんてものも無くなってきたけど、それでも必要に迫られることもある。
「こっちは追肥をしてあげてください」
正直、あまり充実した毎日を送っているとは言い難かった。
こうして農作物の扱いに慣れていない若い人にアドバイスすることで、減少を続けている生産量をなんとか増やすことに成功している。大枠過ぎて達成感がいまいち無いのが問題かな。でもでも、データの上では結果が出て嬉しいこともある。
「暑くなってくる前に日除けなどできれば。それぐらいでしょうか。では、また」
一仕事を終えて俺は、先輩やその道のプロの指導員に付き従って車へ向かった。
俺なんて下っ端の方だから、皆さんの「今年は大丈夫そうだ」「ちょっと病気が出てた」などという会話に混ざるなんて恐れ多い。荷物持ちに努めて、少し離れたところを歩きながら初夏の日差しを手で遮るのだった。
細い農道にも関わらず、隣を1台のトラックが40キロくらいのスピードで通り過ぎていった。会社名までは見えなかったが、布団に関係してるみたいだったな。
いつもであれば、危ないなぁとか考えつつも気にかけるほどのことじゃない。のだが、荷台のスライドロックが上手くハマっていないのがわかってしまった。振動と一緒に聞こえるカタカタという金属音が止んで、ついに荷台の扉がオープンセサミ!
「ヤバッ! 扉! トビラァ!」
俺は思わず声に出しながら、久しく全力疾走でトラックを追いかけた。落っことした荷物に壊れるようなものがなかったのが救いだ。
必至に追いかけるも間に合いっこないと思っていたところ、ブレーキランプが灯ってキィーッとやや甲高い音が響く。後ろを追いかけてくるおかしな男……俺なんだけど。運転手が気づいてくれたらしい。
しかし、慣性が働き扉が大きく揺れると、大口を開けた荷台から布団らしきものの塊が見えた。
トラックの運ちゃんは、今日が運勢最低だったんじゃないだろうか?
なにせ、積んである荷物の布の包に亀裂が入り、中身の圧に耐えきれず傷口を広げたんだ。俺が側まで駆け寄った瞬間に、それらは全て開放されて放出された。
雲が空を覆い尽くしたみたいに、俺は薄い影を見上げることになる。
「わぁーお! フワフ、ワァ?」
雪崩出る布団の塊なんていうのは結構壮観なもので、間抜けな声を出して驚いた。たぶん顔に出していたであろう間抜け面を、誰にも見られなくてよかった。
ただね、本当に不幸だったのは俺の方だ。
こんなたっぷりの羽毛布団に包まれて寝たら、きっと心地良いだろうな。なんて思ったのも束の間、人工の白い猛威は容赦なく襲いかかってくる。
1トンの綿……羽毛は、やっぱり1トンでした。
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