スパイだけが謎解きを知っている

AAKI

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第三話・スパイ、怒る

3-11

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「破れる」

「大丈夫ですって」

 そりゃ安物じゃないけどよ。何を根拠に言うのかね。

「私が説明するのに困ってしまうので、逃げないでくださいよ」

 どうやら、1人で警察に説明するのは嫌なようだ。

 俺のことを省いて、今回の『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』について理解してもらうのは難しい。それは確かだが、だからって付き合ってやるわけにもいかない。

 女を振り払って立ち去るのは心苦しいところを我慢して、俺はクイクイと上着を引っ張る。

「わがまま言わないのッ」

「そんな事言わないでくだ……」

 後ろ髪引かれる思いで手を離させようとするも、沖は食い下がってくる。しかし、なぜか言葉を途中で止めた。

 どうした?

 1秒か2秒ぐらい見つめ合った後、手を離して俺を解放してくれる。

「えーと?」

「また、会えますよね?」

 内心では戸惑っていると、沖は上目遣いに聞いた。

 反則だぞ。それは……。

「多分な」

 男冥利に尽きるってところだが、曖昧な返事しかできなかった。

 いつ他の国へ発つかわからない仕事だし、絶対に安全って保証だってない。

 きっと、単に面白い友達に出会えたってぐらいの話なんだろうが、名残惜しいのは俺も同じだ。

「そうですか」

 沖はそれ以上は言わなかった。

 俺も余計な言葉は野暮だと思い、クールに去ることにした。

 それからのことは、簡単に説明するとしよう。

「本当だ! 幽霊に脅されてあーいうしかなかったんだ! 加えて、殴られたところがまだ痛む!」

 飯塚 勇人は、警察の取り調べにそのように証言した。まぁ当然ながら、一笑に付されるだけに終わったがな。

「待ってや。弟にたぶらかされて悪戯のつもりやったんや。マジで堪忍してや」

 飯塚兄は、最後の最後までふてぶてしく責任転嫁を続けた。

 後は俺ではなく、司法が判断することなので割愛する。

「では、約束通り手引はしておきました」

「悪いな。後は知らぬ存ぜぬでやってくれ」

 俺はというと、吉川さんに恩着せがまし諜報の手伝いを頼んでいた。元から愛されるような企業体質ではなかったことを考えると、良い機会だったのかもしれない。

 これで、俺は目的の薬の資料を手に入れることができるわけだ。

「あの……」

「どうした? あんまり俺に関わってると捕まっちまうぞ」

「それでも、側にいたい……」

 立ち去っていかない吉川さんを促すも、続く言葉に思わず硬直してしまった。

 それでも何か答えなければと、喜び過ぎて僅かばかり言葉を詰まらせながらも口を開く。

「そいつは、嬉しい申し出だが、君にはもっと付き添ってやらないといけない人がいるんじゃないか?」

 確かに内心ハッピーなんだが、焦ってか俺はそんなことを行ってしまった。

 今更取り消しもできないし、出てきた飯塚兄弟を許し支えてやれるのは吉川さんだけだと思うのは本当だ。

「……それは、その」

「兄弟して責任の押し付け合いなんかもしてるみたいだし、1人で生きて行くのは辛い。見返してやるにはちょうど良いタイミングだ」

 食い下がろうとしてくるのを、俺は押し留めて説得した。

 これの接触は吉川さんの気持ちに踏ん切りがつかなくなるため、背を向けてこちらから立ち去ることにする。

 心の中で涙を流しながら。

「――ということがあってな」

『はぁ……?』

 俺の回想が終わったところで、女エージェントの反応はそれだった。ちょっと寂しいのは置いといて、今日は先日の情報収集を手伝ってもらったことへのお礼だ。

 どんなお願いをされるのかと、ドキドキワクワクで連絡を取った次第である。

 別に自慢とかじゃなくて、単なる事後報告というか礼儀というか。

「ま、まぁ、任務の方はこれで万事オッケーってことだ」

『それなら良い。こちらの話だったな』

 早速、女エージェントから話を切り出してきた。

 俺はついつい、こちらに向いている視線の方を見てしまうところだった。見覚えのある公園のベンチからラインが通るビルは一つだけなのでわかる。

 しかし、こっちを監視していることには気づかない振りをするのがマナーというもの。

「はいはい、いつでもなんでも良いですよー」

 喜び勇んで待機した。

『なら、あの沖という女と関わるな』

 発されたお願い――というより指図は、俺でも意外なものだった。

「えっと、嫉妬かな?」

 苦笑を浮かべて、軽口で応じた。

『その口を鉛玉で塞がれたいのか? このままでは本当に本質へと触れてくる。手を切るなら今のうちだと言っている』

 女エージェントの言葉は、人としては辛辣すぎるけど諜報員としては正しかった。つくづく振り回されていると感じていたのも確かだ。

 故に答えは決まっていた。

 俺は立ち上がると、女エージェントが見張っているであろうビルの方を向いて答える。そして電話を終えようとするタイミングで言い残す。

「俺はフェミニストだぜ」

 この通話はまもなく破棄されますってね。
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