上 下
27 / 29
第三話・スパイ、怒る

3-9

しおりを挟む
 吉川さんとの話を終えて、俺は再び夜景へと繰り出した。そして、次の目的である飯塚弟を探しだした。

「やれやれ、随分と簡単に見つかったな」

 都内の片隅、郊外との合間ににあるテナントビルの屋上から、双眼鏡で男の部屋を覗きつつ呟くのだった。

 この辺りでは随分と良い家に住んでいるが、多分、それなりの生まれなんだろう。

 正直、こういうのは趣味じゃないが仕方ない。なにわともあれ例の記事を見て、行動に移してくれないことには策さえ始まらないのだから。

「さぁ飯塚選手、スマフォを使って何かをしている。動画を観て笑っている。余裕だ。余裕の表情だ」

 クズめ……!

 なんとなく1人で実況を始めてみたが、良くある情報収集の張り込みと同じ感覚ではいられそうにない。ただの見張りなら一週間でも問題なくやれる精神力はあるが、こいつを眺め続けるのは少々骨が折れる。

 実際、飯塚弟が記事にたどり着くまでの10時間そこらで、何度かあいつをぶっとばしにいきそうになった。

「クズを通り越してゲスだわ……」

 俺はため息混じりに言った。

 既に次のガールフレンドを作っているし、吉川さんの悪口しか言ってないしで最低だ。こりゃ、恨み言もわかる。

「こてんぱんにした方が、おっ」

 世のため人のためを考えれば物理的にも抹殺しておいた方が良いのではと思った矢先、飯塚弟が例の記事を見つけたようだ。

 最初は偶然の一致と思っていたのかもしれないが、ページを開いて少しすると表情が変わっていく。そこから慌てて吉川さんに連絡を取ろうとするも、いくらコールしても出やしない。

「残念、既に手は打ってあるぜ」

 スマフォには出ないように言っておいたし、固定電話の方はこちらで回線を掌握している。こちらにかかってきたところで、俺は自身の端末で通話に出た。

「はい、吉川ですが」

 声を少し太い目にだして、吉川さんの父親の真似をした。

 それほど上手いわけではないが、まぁ電話越しならばばれないだろう。娘が自殺したという設定だから余計に、声がおかしくてもいけた。

「そ、その、娘さんとお付き合いさせていただいている、飯塚と申しますが……」

「ッ!」

 どの口が言うかと、俺は内心で怒りが煮えたぎった。

 危うく怒鳴ってしまいそうになりながらもそれを抑え込み、少なくとも演技になっている程度の声音で話す。

「そう、ですか……。で、ご用件は?」

 まだ付き合い始めて間もないとのことなので、この程度だろうと考えて話を進めた。

「え、えっと、娘さんが、お亡くなりになったというニュースを見て……」

 まぁ、戸惑うだろうな。彼氏ぐらいの立場だと、こうした訃報が送られてくるか微妙な範囲だからな。

 しかし、問題は基準どうこうの話じゃない。

「今はちょっと、長々と話したい気分ではなくてですね。折を見て、通夜などの連絡は差し上げます」

 俺は、それっぽい雰囲気だけ伝えつつ明言はさけつつ吉川さんの死を匂わせた。そして、申し訳ありませんとだけ言って通話を終わらせた。

 記事を見ているはずだから、本当に死んだという証拠は出さないでおくことで飯塚弟は思考する。

 自殺の原因は本当の自分のせいなのか。そもそも本当に死んだのか。死んだとして、遺書などにおかしなことを書き残していないか。

 等々、目まぐるしく考えては不安になる。

 2日ほど一日置きに飯塚弟から連絡がくるも、逐一「まだ捜査中の部分もあるので」と断ることでさらなる疑心を煽る。それぐらいになると最後の詰めとして、予め計画しておいた通り沖と連絡を取った。

「――というわけだ。自殺したっていう廃ビルに勇人を誘い出すから、後はそっちで上手くやってくれ」

『了解です』

 俺は大方の説明を終えて、健闘を祈っておいた。沖も自信ありげに答えた。

 といっても、俺が策を実行している間に神本婦警と廃ビル近くを通りかかるってだけなんだがな。

 こうして、俺達の『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』を決行するに至った。吉川さんの父親の振りをして、飯塚弟を人気のない廃ビルへおびき出しておく。

 この『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』のミソは、いかにおどろおどろしい雰囲気を彷彿とさせるかだ。

 え? 作戦名が長い? 許せ。

 吉川さんの声を、演技指導の元で録音もして、廃ビルを色々な装飾などでゴテゴテにしておく。あまりやりすぎて作り物っぽくしないことのも注意しないとな。

「よし! さて、そろそろ時間だな」

 準備ができたことを確認して、作戦開始時間02:00に遅れないよう動き出した。俺はビルの上階から飯塚弟や沖達の姿を見つけ、ちょうど良いタイミングだと知った。

 まず、待ち合わせの場所として選んだ廃ビルの近くには、仏さんの位置を覚えるための白い線が引いてある。これは飯塚弟に意識させるため。俺は、そこへ向かって3階ぐらいから飛び降りる。

 女物の衣装を翻してだ。

「なっ!?」

 目の前に落下してきた女性の姿の俺に、飯塚弟はわかりやすく驚いてくれた。ただの驚愕にとどまらず、酷く青ざめた表情をしていた。

 俺らしくもない汚い着地で地面へとべったり体を着けて、さらには血糊をぶちまけ落下したかのように見せかける。

「う、うそだろ……。安那……」

 借りてきた服が印象深い吉川さんの荷物であることも合わせて、状況が勘違いを生ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

リクの夢見事件簿

くっちー
ミステリー
夢中リクには悩みがあった。毎日のように悪夢を見るのだ。 ある日夢の中で、最愛の姉が殺された。そしてそれは現実になってしまった。 その時から、薄々感じていた予想がことが的中する。「自分が見た夢は、全て現実になってしまうのだ」

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

考える椅子

HAHAH-TeTu
ミステリー
長く使われた物にはある種の霊魂が宿ると言われます、そんな椅子紹介したいと思います。

処理中です...