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第三話・スパイ、怒る
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吉川さんとの話を終えて、俺は再び夜景へと繰り出した。そして、次の目的である飯塚弟を探しだした。
「やれやれ、随分と簡単に見つかったな」
都内の片隅、郊外との合間ににあるテナントビルの屋上から、双眼鏡で男の部屋を覗きつつ呟くのだった。
この辺りでは随分と良い家に住んでいるが、多分、それなりの生まれなんだろう。
正直、こういうのは趣味じゃないが仕方ない。なにわともあれ例の記事を見て、行動に移してくれないことには策さえ始まらないのだから。
「さぁ飯塚選手、スマフォを使って何かをしている。動画を観て笑っている。余裕だ。余裕の表情だ」
クズめ……!
なんとなく1人で実況を始めてみたが、良くある情報収集の張り込みと同じ感覚ではいられそうにない。ただの見張りなら一週間でも問題なくやれる精神力はあるが、こいつを眺め続けるのは少々骨が折れる。
実際、飯塚弟が記事にたどり着くまでの10時間そこらで、何度かあいつをぶっとばしにいきそうになった。
「クズを通り越してゲスだわ……」
俺はため息混じりに言った。
既に次のガールフレンドを作っているし、吉川さんの悪口しか言ってないしで最低だ。こりゃ、恨み言もわかる。
「こてんぱんにした方が、おっ」
世のため人のためを考えれば物理的にも抹殺しておいた方が良いのではと思った矢先、飯塚弟が例の記事を見つけたようだ。
最初は偶然の一致と思っていたのかもしれないが、ページを開いて少しすると表情が変わっていく。そこから慌てて吉川さんに連絡を取ろうとするも、いくらコールしても出やしない。
「残念、既に手は打ってあるぜ」
スマフォには出ないように言っておいたし、固定電話の方はこちらで回線を掌握している。こちらにかかってきたところで、俺は自身の端末で通話に出た。
「はい、吉川ですが」
声を少し太い目にだして、吉川さんの父親の真似をした。
それほど上手いわけではないが、まぁ電話越しならばばれないだろう。娘が自殺したという設定だから余計に、声がおかしくてもいけた。
「そ、その、娘さんとお付き合いさせていただいている、飯塚と申しますが……」
「ッ!」
どの口が言うかと、俺は内心で怒りが煮えたぎった。
危うく怒鳴ってしまいそうになりながらもそれを抑え込み、少なくとも演技になっている程度の声音で話す。
「そう、ですか……。で、ご用件は?」
まだ付き合い始めて間もないとのことなので、この程度だろうと考えて話を進めた。
「え、えっと、娘さんが、お亡くなりになったというニュースを見て……」
まぁ、戸惑うだろうな。彼氏ぐらいの立場だと、こうした訃報が送られてくるか微妙な範囲だからな。
しかし、問題は基準どうこうの話じゃない。
「今はちょっと、長々と話したい気分ではなくてですね。折を見て、通夜などの連絡は差し上げます」
俺は、それっぽい雰囲気だけ伝えつつ明言はさけつつ吉川さんの死を匂わせた。そして、申し訳ありませんとだけ言って通話を終わらせた。
記事を見ているはずだから、本当に死んだという証拠は出さないでおくことで飯塚弟は思考する。
自殺の原因は本当の自分のせいなのか。そもそも本当に死んだのか。死んだとして、遺書などにおかしなことを書き残していないか。
等々、目まぐるしく考えては不安になる。
2日ほど一日置きに飯塚弟から連絡がくるも、逐一「まだ捜査中の部分もあるので」と断ることでさらなる疑心を煽る。それぐらいになると最後の詰めとして、予め計画しておいた通り沖と連絡を取った。
「――というわけだ。自殺したっていう廃ビルに勇人を誘い出すから、後はそっちで上手くやってくれ」
『了解です』
俺は大方の説明を終えて、健闘を祈っておいた。沖も自信ありげに答えた。
といっても、俺が策を実行している間に神本婦警と廃ビル近くを通りかかるってだけなんだがな。
こうして、俺達の『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』を決行するに至った。吉川さんの父親の振りをして、飯塚弟を人気のない廃ビルへおびき出しておく。
この『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』のミソは、いかにおどろおどろしい雰囲気を彷彿とさせるかだ。
え? 作戦名が長い? 許せ。
吉川さんの声を、演技指導の元で録音もして、廃ビルを色々な装飾などでゴテゴテにしておく。あまりやりすぎて作り物っぽくしないことのも注意しないとな。
「よし! さて、そろそろ時間だな」
準備ができたことを確認して、作戦開始時間02:00に遅れないよう動き出した。俺はビルの上階から飯塚弟や沖達の姿を見つけ、ちょうど良いタイミングだと知った。
まず、待ち合わせの場所として選んだ廃ビルの近くには、仏さんの位置を覚えるための白い線が引いてある。これは飯塚弟に意識させるため。俺は、そこへ向かって3階ぐらいから飛び降りる。
女物の衣装を翻してだ。
「なっ!?」
目の前に落下してきた女性の姿の俺に、飯塚弟はわかりやすく驚いてくれた。ただの驚愕にとどまらず、酷く青ざめた表情をしていた。
俺らしくもない汚い着地で地面へとべったり体を着けて、さらには血糊をぶちまけ落下したかのように見せかける。
「う、うそだろ……。安那……」
借りてきた服が印象深い吉川さんの荷物であることも合わせて、状況が勘違いを生ませた。
「やれやれ、随分と簡単に見つかったな」
都内の片隅、郊外との合間ににあるテナントビルの屋上から、双眼鏡で男の部屋を覗きつつ呟くのだった。
この辺りでは随分と良い家に住んでいるが、多分、それなりの生まれなんだろう。
正直、こういうのは趣味じゃないが仕方ない。なにわともあれ例の記事を見て、行動に移してくれないことには策さえ始まらないのだから。
「さぁ飯塚選手、スマフォを使って何かをしている。動画を観て笑っている。余裕だ。余裕の表情だ」
クズめ……!
なんとなく1人で実況を始めてみたが、良くある情報収集の張り込みと同じ感覚ではいられそうにない。ただの見張りなら一週間でも問題なくやれる精神力はあるが、こいつを眺め続けるのは少々骨が折れる。
実際、飯塚弟が記事にたどり着くまでの10時間そこらで、何度かあいつをぶっとばしにいきそうになった。
「クズを通り越してゲスだわ……」
俺はため息混じりに言った。
既に次のガールフレンドを作っているし、吉川さんの悪口しか言ってないしで最低だ。こりゃ、恨み言もわかる。
「こてんぱんにした方が、おっ」
世のため人のためを考えれば物理的にも抹殺しておいた方が良いのではと思った矢先、飯塚弟が例の記事を見つけたようだ。
最初は偶然の一致と思っていたのかもしれないが、ページを開いて少しすると表情が変わっていく。そこから慌てて吉川さんに連絡を取ろうとするも、いくらコールしても出やしない。
「残念、既に手は打ってあるぜ」
スマフォには出ないように言っておいたし、固定電話の方はこちらで回線を掌握している。こちらにかかってきたところで、俺は自身の端末で通話に出た。
「はい、吉川ですが」
声を少し太い目にだして、吉川さんの父親の真似をした。
それほど上手いわけではないが、まぁ電話越しならばばれないだろう。娘が自殺したという設定だから余計に、声がおかしくてもいけた。
「そ、その、娘さんとお付き合いさせていただいている、飯塚と申しますが……」
「ッ!」
どの口が言うかと、俺は内心で怒りが煮えたぎった。
危うく怒鳴ってしまいそうになりながらもそれを抑え込み、少なくとも演技になっている程度の声音で話す。
「そう、ですか……。で、ご用件は?」
まだ付き合い始めて間もないとのことなので、この程度だろうと考えて話を進めた。
「え、えっと、娘さんが、お亡くなりになったというニュースを見て……」
まぁ、戸惑うだろうな。彼氏ぐらいの立場だと、こうした訃報が送られてくるか微妙な範囲だからな。
しかし、問題は基準どうこうの話じゃない。
「今はちょっと、長々と話したい気分ではなくてですね。折を見て、通夜などの連絡は差し上げます」
俺は、それっぽい雰囲気だけ伝えつつ明言はさけつつ吉川さんの死を匂わせた。そして、申し訳ありませんとだけ言って通話を終わらせた。
記事を見ているはずだから、本当に死んだという証拠は出さないでおくことで飯塚弟は思考する。
自殺の原因は本当の自分のせいなのか。そもそも本当に死んだのか。死んだとして、遺書などにおかしなことを書き残していないか。
等々、目まぐるしく考えては不安になる。
2日ほど一日置きに飯塚弟から連絡がくるも、逐一「まだ捜査中の部分もあるので」と断ることでさらなる疑心を煽る。それぐらいになると最後の詰めとして、予め計画しておいた通り沖と連絡を取った。
「――というわけだ。自殺したっていう廃ビルに勇人を誘い出すから、後はそっちで上手くやってくれ」
『了解です』
俺は大方の説明を終えて、健闘を祈っておいた。沖も自信ありげに答えた。
といっても、俺が策を実行している間に神本婦警と廃ビル近くを通りかかるってだけなんだがな。
こうして、俺達の『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』を決行するに至った。吉川さんの父親の振りをして、飯塚弟を人気のない廃ビルへおびき出しておく。
この『前門の虎後門の狼は幻影を追い勝手に食い合う作戦』のミソは、いかにおどろおどろしい雰囲気を彷彿とさせるかだ。
え? 作戦名が長い? 許せ。
吉川さんの声を、演技指導の元で録音もして、廃ビルを色々な装飾などでゴテゴテにしておく。あまりやりすぎて作り物っぽくしないことのも注意しないとな。
「よし! さて、そろそろ時間だな」
準備ができたことを確認して、作戦開始時間02:00に遅れないよう動き出した。俺はビルの上階から飯塚弟や沖達の姿を見つけ、ちょうど良いタイミングだと知った。
まず、待ち合わせの場所として選んだ廃ビルの近くには、仏さんの位置を覚えるための白い線が引いてある。これは飯塚弟に意識させるため。俺は、そこへ向かって3階ぐらいから飛び降りる。
女物の衣装を翻してだ。
「なっ!?」
目の前に落下してきた女性の姿の俺に、飯塚弟はわかりやすく驚いてくれた。ただの驚愕にとどまらず、酷く青ざめた表情をしていた。
俺らしくもない汚い着地で地面へとべったり体を着けて、さらには血糊をぶちまけ落下したかのように見せかける。
「う、うそだろ……。安那……」
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