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第三話・スパイ、怒る

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「――で、その後は意識が混濁して、気づけば朝でしたと」

 話を聞き終え、頭の中で流れを整理した俺はそう締めくくった。

『そう。飯塚 竹虎は姿を消した』

「夢か現か、飯塚弟に話を持っていって誤魔化された。飯塚兄弟の入れ替わりを証明しない間に身を清めてしまった上に、日にちが経ちすぎた」

 事後の状況を並べ、女エージェントと一緒には小さくため息をついた。

 OSINTオシントことオープン・ソース・インテリジェンスと呼ばれる、いわゆる合法的資料の観点から情報を得る手段が、完全に途切れてしまっているのだ。平たく言うと、飯塚兄弟による強姦事件の証明ができない。

 そうなると、奴らの罪を裁くこともできない。

「こりゃ、少しズルしねーと裁判に勝つことできやしねぇ……」

 俺は、正道という無謀な現実を前にボヤいた。

 そう言えば、こうした話は最近にもあったか。男性ジャーナリストが女性をホテルでって話だが、まぁ真偽のほどは不明。肉体関係があったことは確かなようだが。

 宗方君も似たような裁判で……こっちは多分、完全な誤解かな?

「ジャーナリスト……。早速あっちにも頼まないと駄目か」

 まさか、スパイがジャーナリストにお願いをするとは……。表には表の、裏には裏のやり方があるから仕方ないっちゃ仕方ないんだがな。

 エージェントとの電話を終わらせて、早速、俺は沖に連絡をとることにした。

『最後に、言っておく』

 珍しく、向こうの方から呼び止めてきた。

「おぉう?」

『あの沖という女の人、あまり深く関わらない方が良い』

 その言葉の意味を直ぐに理解できた。

 確かに、沖が俺のことを嗅ぎ回らないとも限らない。今でも少なからず、興味を持たれているってぇのがわかっているしな。

「わかってる。今回限りさ」

 俺はそう言うと通話を切った。改めて沖に電話をかける。

 時間は昼なので大丈夫だとは思っているけど、不安っちゃ不安なんだよな。

 着信音が鳴り続ける間、ざわつく心を抑えて待つ。

『はい、もしもし、どちら様でしょう?』

 出た! 本当に出てくれた!

 あ、いや、策が立ち行かなくなるからって意味だからね?

「俺だ」

「詐欺は間に合ってます」

「間に合ってんのかよ!? 違うからね!」

「ここ数日、電話をかけるかける詐欺に……」

「もっと早くってことかよ! ごめんって!」

 あぁぁ、また振り回されたぁぁぁ。

 とは言え、女性を待たせた罪は重いから仕方ない。ツッコミきるのは諦めて、俺は話を切り出す。

「仕事を頼まれてくれると嬉しい」

「仕事ですか?」

「そう、ジャーナリストの仕事だ」

 端的に、単刀直入に、切り出すのが沖相手には正解だ。

「明日の夕方には状況が整うが、先に記事を一つ書いてくれ」

「ほう。飛ばし記事を書けと?」

 俺の言葉に、少し驚いた様子の声が返ってきた。

 内容を精査せずに出す速報など、例えネット上のアマチュアレベルの記者だとしても、1人の人として許せないことだろう。俺は、早計だったかと息を呑んだ。

 沖のプライドを傷つけたのではないかと。

「いったい、いかような?」

 しかし、返ってきたのは意外な質問だった。大した説明はしていないはずなのに、沖は声の抑揚を上げたのだ。

 俺からの唐突な仕事に、いったいどんな面白さを感じ取ったのかは知らない。まぁ、乗り気なのは助かる。

「説明しよう!」

 ということで始まった俺の解説。は省略。

 頼みたいもの自体はそれほど面倒ではないので、出来上がった記事を参照してもらえれば良い。俺はブツが出来上がるまでに、社長秘書の吉川を説得して策へ引き入れる算段を整える。

 それから時間は夕方まで飛んで。

「『怪死! 傷心の社長秘書、自殺か!?』ねぇ」

『いかがです?』

「上出来ッ。こんなもの書かせて悪いな」

『いえいえ、なかなかにたのし……気合のかかる仕事でした』

 おい、今。こいつ、ちょっと褒めるとおかしな素を出しやがる。

 さておき、やっぱり頼んで正解だった。後はお金の振込先を相談して……。

「じゃあしはら」『どうせここまで乗りかかったんですし、これでお別れといかず最後までお願いしますよ』

 言いかけた矢先、沖に遮られてさらに無茶振りまでされてしまった。そんなことをお願いされたところで、手伝えさせることはあまりない。

 第一、沖がそこまでする理由は好奇心だけである。

「それは……」

『チッチ、こんな飛ばし記事で何をしようとしているのかぐらいお見通しです』

 駄目だと答えたかったが、わずかに思考した瞬間に食い込んできた。

 電話の向こうで指を振っているのが容易に想像できる、わかりやすい舌でのリズム。一体、どこまで気づいているのか。

「な、なんのことでございましょう……」

 当然、ごまかそうとした。

『公的権力が必要になってくるんじゃないですか?』

「ッ!?」

 い、いや、まだやろうとしていることがバレただけ。

 確かに警察の助けが必要な予定だが、誘導に失敗したら、最悪は署内に潜入している組織の仲間を頼るつもりだった。あんまり借りは作りたくないから、そりゃ手立てがあれば……。

「嬉しい、申し出だとはいっても。いや、お前どこにそんな伝手があるんだ?」

 俺は聞いた。
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