スパイだけが謎解きを知っている

AAKI

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第三話・スパイ、怒る

3-4

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 自販機の陰で、沖の口を塞ぎつつ隠れていた俺。クズ兄弟が立ち去ったのを確認した後、とりあえず安堵の一息ついた。

「プハッ」

 俺の手から逃れた沖が、軽く呼吸を整え言葉を続ける。

「ふぅ」

「っと、すまん」

 思わず抱きとめてしまったが、レディーに対する態度ではなかったので謝った。

「ここは恋人を装って誤魔化すべきだった、ですか? なんて卑猥な!」

「言ってねぇよ! そんなこと言ってる余裕があるなら覚めてるよなぁ!」

 たまに殊勝な振る舞いを見せればこれだ。

 全く、毎度まいど調子を狂わされるから困る。秘密というほどのものじゃないが、それなりに重めの話を聞かされたのもあるんだろうな。

「大体、お前がそれを言うかぁ?」

「ふふっ。それでこそ荒尾さんです」

 俺が数日前のことでブーメラン投げを指摘したところで、何がおかしいのか沖は笑った。

 その瞬間、その言葉で、気付かされる。

「ッ……」

 諜報員としての自分が出すぎていたのか、どうやら危うく罪はあるだけの一般人を私刑にするところだった。

 そんなことをしたところで、被害に遭ったであろう女性が救われるわけではない。少しぐらいはスカッとする可能性はあるが。

「……うーむ」

「ゴチになります」

 どうしようかと悩んでいる俺を差し置いて、人様の小銭で水を買って飲んでいらっしゃる沖。

 手助けしておかないと、俺の仕事に差し支えが出る可能性がある。社長秘書の1人に傷心で自殺でもされたんじゃ、騒ぎでチャンスができるなら良いがスパイの存在を疑われでもすれば目も当てられない。それ以上に目覚めが悪くて仕方がないというのが本音だ。

 死体が出るというのは、諜報活動において最悪の展開だからな。

「何を悩んでいるのかわかりませんが、これをどうぞ」

 俺の思案など知らぬと宣言して、代わりと言ってはなんだが小さなカードを手渡してきた。

「何だ?」

 聞きながら、掌に収まるほどのそれを受け取った。それなりの質感だが薄めの紙で、文字と数字がいくらか並んでいる。

 沖 真清、インターネットジャーナリスト、電話番号、メールアドレス……。あー、これはあれだ。

「どうせ、電話に出てくれる方は登録されていないんでしょう?」

 そう、名刺だ。沖の連絡先が書かれている、由緒正しい嘘偽りのない情報の羅列だ。

 やっぺ、涙出てきた。

 いやいや、感動するのは早い。組織の各エージェントに連絡を取って、SIGINTシギントの観点から嘘やトラップの可能性を探ってからだな。

「大体は出られると思うので、何かありましたらご連絡ください。お世話になった分は、お手伝いさせていただきます」

 沖はそう言うと、それなりに真っ直ぐな足取りで公園の出口へと進みだした。

 俺は少しばかし呆然としてしまったが、直ぐに反対の方向にある出口へと向かって歩き出す。名刺の連絡先は、電話帳に登録した。カードそのものは、財布の中に丁重にしまっておく。

「はぁ~……フッ」

 己の駄目さを恥じて頭をポリポリと掻いた。

 一回りも違う相手に諭されるというのはいかがなものかと思うが、どうしてか嬉しいのはなんでだろうねぇ。しかし、こうなったらやってやるしかねぇな。

 俺は軽く頬を叩いて気合を入れ直すと、まずは情報を集めることにした。

「出てくれよ……」

 そう言って電話を掛けた。

 今回の仕事に協力してくれた潜入中の女性エージェントが、どれぐらい手伝ってくれるかが作戦のキモだ。被害にあった女性秘書に近づく事自体はできるが、新入社員程度の俺が彼氏彼女の事情についてのかを聞き出すのは不自然だからな。

 ――。

 ――――。

『はい』

 何十回かコールしたところで、漸くエージェントが電話口に出てくれた。酷く不機嫌そうだ。

 そりゃ、こんな真夜中に寝ているかもしれないところしつこく着信音を鳴らされたら、な……。

「悪い。えぇっと、夜分遅くにすまない」

 とりあえず0秒で謝罪。

『はぁ……』

 それで少しは機嫌を直してくれたのか、いきなり罵声を浴びせられることはなかった。ため息とともに沈黙が返ってくる。

 こちらの要件を待っているというとわけでもなさそうな間の後、女エージェントが言葉を発する。

『しつこい。怪しまれたらどうするつもり?』

「彼氏から、とでも言っておいてくれ」

『切るぞ』

 ちょっとした冗談なのに怒られてしまった。

「ハハハッ、ジョーク、ジョークッ」

『要件は?』

 やだ、つれない……。

 悲しくはなるが、もたもたしているとまた不機嫌になりかねないのでさっさと話を切り出す。

「秘書課にいる娘のことを調べて欲しい。ここ最近で、彼氏との間がこじれた娘を探し出してな」

『?』

 まずはお願いの段階だが、これではまだ理解が及んでいない様子だ。

「社長秘書をしているはずだし、かなりのショックを受けることが身の回りで起こったはずだから、難しくないはずだ」

 さて、返事のほどは?

『それをすることは容易い。それをするデメリットはさておき、私にとってのメリットは? 理由は?』

 おぉ? デメリットを保留にしたのは、俺に現在の仕事を教えたくないからだろう。

 どうあれ、メリットを提示できれば手伝ってもらえる可能性が高い。何を支払えば納得してもらえるか?

 俺に良い考えがある。
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