22 / 29
第三話・スパイ、怒る
3-4
しおりを挟む
自販機の陰で、沖の口を塞ぎつつ隠れていた俺。クズ兄弟が立ち去ったのを確認した後、とりあえず安堵の一息ついた。
「プハッ」
俺の手から逃れた沖が、軽く呼吸を整え言葉を続ける。
「ふぅ」
「っと、すまん」
思わず抱きとめてしまったが、レディーに対する態度ではなかったので謝った。
「ここは恋人を装って誤魔化すべきだった、ですか? なんて卑猥な!」
「言ってねぇよ! そんなこと言ってる余裕があるなら覚めてるよなぁ!」
たまに殊勝な振る舞いを見せればこれだ。
全く、毎度まいど調子を狂わされるから困る。秘密というほどのものじゃないが、それなりに重めの話を聞かされたのもあるんだろうな。
「大体、お前がそれを言うかぁ?」
「ふふっ。それでこそ荒尾さんです」
俺が数日前のことでブーメラン投げを指摘したところで、何がおかしいのか沖は笑った。
その瞬間、その言葉で、気付かされる。
「ッ……」
諜報員としての自分が出すぎていたのか、どうやら危うく罪はあるだけの一般人を私刑にするところだった。
そんなことをしたところで、被害に遭ったであろう女性が救われるわけではない。少しぐらいはスカッとする可能性はあるが。
「……うーむ」
「ゴチになります」
どうしようかと悩んでいる俺を差し置いて、人様の小銭で水を買って飲んでいらっしゃる沖。
手助けしておかないと、俺の仕事に差し支えが出る可能性がある。社長秘書の1人に傷心で自殺でもされたんじゃ、騒ぎでチャンスができるなら良いがスパイの存在を疑われでもすれば目も当てられない。それ以上に目覚めが悪くて仕方がないというのが本音だ。
死体が出るというのは、諜報活動において最悪の展開だからな。
「何を悩んでいるのかわかりませんが、これをどうぞ」
俺の思案など知らぬと宣言して、代わりと言ってはなんだが小さなカードを手渡してきた。
「何だ?」
聞きながら、掌に収まるほどのそれを受け取った。それなりの質感だが薄めの紙で、文字と数字がいくらか並んでいる。
沖 真清、インターネットジャーナリスト、電話番号、メールアドレス……。あー、これはあれだ。
「どうせ、電話に出てくれる方は登録されていないんでしょう?」
そう、名刺だ。沖の連絡先が書かれている、由緒正しい嘘偽りのない情報の羅列だ。
やっぺ、涙出てきた。
いやいや、感動するのは早い。組織の各エージェントに連絡を取って、SIGINTの観点から嘘やトラップの可能性を探ってからだな。
「大体は出られると思うので、何かありましたらご連絡ください。お世話になった分は、お手伝いさせていただきます」
沖はそう言うと、それなりに真っ直ぐな足取りで公園の出口へと進みだした。
俺は少しばかし呆然としてしまったが、直ぐに反対の方向にある出口へと向かって歩き出す。名刺の連絡先は、電話帳に登録した。カードそのものは、財布の中に丁重にしまっておく。
「はぁ~……フッ」
己の駄目さを恥じて頭をポリポリと掻いた。
一回りも違う相手に諭されるというのはいかがなものかと思うが、どうしてか嬉しいのはなんでだろうねぇ。しかし、こうなったらやってやるしかねぇな。
俺は軽く頬を叩いて気合を入れ直すと、まずは情報を集めることにした。
「出てくれよ……」
そう言って電話を掛けた。
今回の仕事に協力してくれた潜入中の女性エージェントが、どれぐらい手伝ってくれるかが作戦のキモだ。被害にあった女性秘書に近づく事自体はできるが、新入社員程度の俺が彼氏彼女の事情についてのかを聞き出すのは不自然だからな。
――。
――――。
『はい』
何十回かコールしたところで、漸くエージェントが電話口に出てくれた。酷く不機嫌そうだ。
そりゃ、こんな真夜中に寝ているかもしれないところしつこく着信音を鳴らされたら、な……。
「悪い。えぇっと、夜分遅くにすまない」
とりあえず0秒で謝罪。
『はぁ……』
それで少しは機嫌を直してくれたのか、いきなり罵声を浴びせられることはなかった。ため息とともに沈黙が返ってくる。
こちらの要件を待っているというとわけでもなさそうな間の後、女エージェントが言葉を発する。
『しつこい。怪しまれたらどうするつもり?』
「彼氏から、とでも言っておいてくれ」
『切るぞ』
ちょっとした冗談なのに怒られてしまった。
「ハハハッ、ジョーク、ジョークッ」
『要件は?』
やだ、つれない……。
悲しくはなるが、もたもたしているとまた不機嫌になりかねないのでさっさと話を切り出す。
「秘書課にいる娘のことを調べて欲しい。ここ最近で、彼氏との間がこじれた娘を探し出してな」
『?』
まずはお願いの段階だが、これではまだ理解が及んでいない様子だ。
「社長秘書をしているはずだし、かなりのショックを受けることが身の回りで起こったはずだから、難しくないはずだ」
さて、返事のほどは?
『それをすることは容易い。それをするデメリットはさておき、私にとってのメリットは? 理由は?』
おぉ? デメリットを保留にしたのは、俺に現在の仕事を教えたくないからだろう。
どうあれ、メリットを提示できれば手伝ってもらえる可能性が高い。何を支払えば納得してもらえるか?
俺に良い考えがある。
「プハッ」
俺の手から逃れた沖が、軽く呼吸を整え言葉を続ける。
「ふぅ」
「っと、すまん」
思わず抱きとめてしまったが、レディーに対する態度ではなかったので謝った。
「ここは恋人を装って誤魔化すべきだった、ですか? なんて卑猥な!」
「言ってねぇよ! そんなこと言ってる余裕があるなら覚めてるよなぁ!」
たまに殊勝な振る舞いを見せればこれだ。
全く、毎度まいど調子を狂わされるから困る。秘密というほどのものじゃないが、それなりに重めの話を聞かされたのもあるんだろうな。
「大体、お前がそれを言うかぁ?」
「ふふっ。それでこそ荒尾さんです」
俺が数日前のことでブーメラン投げを指摘したところで、何がおかしいのか沖は笑った。
その瞬間、その言葉で、気付かされる。
「ッ……」
諜報員としての自分が出すぎていたのか、どうやら危うく罪はあるだけの一般人を私刑にするところだった。
そんなことをしたところで、被害に遭ったであろう女性が救われるわけではない。少しぐらいはスカッとする可能性はあるが。
「……うーむ」
「ゴチになります」
どうしようかと悩んでいる俺を差し置いて、人様の小銭で水を買って飲んでいらっしゃる沖。
手助けしておかないと、俺の仕事に差し支えが出る可能性がある。社長秘書の1人に傷心で自殺でもされたんじゃ、騒ぎでチャンスができるなら良いがスパイの存在を疑われでもすれば目も当てられない。それ以上に目覚めが悪くて仕方がないというのが本音だ。
死体が出るというのは、諜報活動において最悪の展開だからな。
「何を悩んでいるのかわかりませんが、これをどうぞ」
俺の思案など知らぬと宣言して、代わりと言ってはなんだが小さなカードを手渡してきた。
「何だ?」
聞きながら、掌に収まるほどのそれを受け取った。それなりの質感だが薄めの紙で、文字と数字がいくらか並んでいる。
沖 真清、インターネットジャーナリスト、電話番号、メールアドレス……。あー、これはあれだ。
「どうせ、電話に出てくれる方は登録されていないんでしょう?」
そう、名刺だ。沖の連絡先が書かれている、由緒正しい嘘偽りのない情報の羅列だ。
やっぺ、涙出てきた。
いやいや、感動するのは早い。組織の各エージェントに連絡を取って、SIGINTの観点から嘘やトラップの可能性を探ってからだな。
「大体は出られると思うので、何かありましたらご連絡ください。お世話になった分は、お手伝いさせていただきます」
沖はそう言うと、それなりに真っ直ぐな足取りで公園の出口へと進みだした。
俺は少しばかし呆然としてしまったが、直ぐに反対の方向にある出口へと向かって歩き出す。名刺の連絡先は、電話帳に登録した。カードそのものは、財布の中に丁重にしまっておく。
「はぁ~……フッ」
己の駄目さを恥じて頭をポリポリと掻いた。
一回りも違う相手に諭されるというのはいかがなものかと思うが、どうしてか嬉しいのはなんでだろうねぇ。しかし、こうなったらやってやるしかねぇな。
俺は軽く頬を叩いて気合を入れ直すと、まずは情報を集めることにした。
「出てくれよ……」
そう言って電話を掛けた。
今回の仕事に協力してくれた潜入中の女性エージェントが、どれぐらい手伝ってくれるかが作戦のキモだ。被害にあった女性秘書に近づく事自体はできるが、新入社員程度の俺が彼氏彼女の事情についてのかを聞き出すのは不自然だからな。
――。
――――。
『はい』
何十回かコールしたところで、漸くエージェントが電話口に出てくれた。酷く不機嫌そうだ。
そりゃ、こんな真夜中に寝ているかもしれないところしつこく着信音を鳴らされたら、な……。
「悪い。えぇっと、夜分遅くにすまない」
とりあえず0秒で謝罪。
『はぁ……』
それで少しは機嫌を直してくれたのか、いきなり罵声を浴びせられることはなかった。ため息とともに沈黙が返ってくる。
こちらの要件を待っているというとわけでもなさそうな間の後、女エージェントが言葉を発する。
『しつこい。怪しまれたらどうするつもり?』
「彼氏から、とでも言っておいてくれ」
『切るぞ』
ちょっとした冗談なのに怒られてしまった。
「ハハハッ、ジョーク、ジョークッ」
『要件は?』
やだ、つれない……。
悲しくはなるが、もたもたしているとまた不機嫌になりかねないのでさっさと話を切り出す。
「秘書課にいる娘のことを調べて欲しい。ここ最近で、彼氏との間がこじれた娘を探し出してな」
『?』
まずはお願いの段階だが、これではまだ理解が及んでいない様子だ。
「社長秘書をしているはずだし、かなりのショックを受けることが身の回りで起こったはずだから、難しくないはずだ」
さて、返事のほどは?
『それをすることは容易い。それをするデメリットはさておき、私にとってのメリットは? 理由は?』
おぉ? デメリットを保留にしたのは、俺に現在の仕事を教えたくないからだろう。
どうあれ、メリットを提示できれば手伝ってもらえる可能性が高い。何を支払えば納得してもらえるか?
俺に良い考えがある。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
やさしい首
常に移動する点P
ミステリー
長谷川修平の妻、裕子が行方不明となって二日後、遺体が発見された。首だけが近くの雑木林に放置されていた。その後、同じ場所に若い二人の男の首が遺棄される。そして、再び雑木林に首が。四人目の首、それは長谷川修平だった。
長谷川の友人、楠夫妻は事件の参考人として警察に任意で取り調べをうけたことで、地元住民から犯人扱いされる。定食屋「くすのき」も閉店せざるを得なくなった。
長谷川夫妻の死、若い男二人の死、四つの首が遺棄された雑木林。
楠夫妻の長男、真一は五年後自分の子供にもふりかかる汚名を
ぬぐうため、当時の所轄刑事相模とともに真犯人を探す。
※この作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる