スパイだけが謎解きを知っている

AAKI

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第三話・スパイ、怒る

3-3

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 沖の言葉がどう続くのか、これまでの流れでなんとなく予想がついていた。だからその台詞を継いで、言う。

「――怖いことを怖いと思えなくなった……?」

「はい」

 トラウマになっているぐらいだから相当言い出しにくいことかと思ったよりもなんてことないらしく、

 にわかに信じがたい話だが、人間の脳の全てを理解しているわけではないのだ。この程度じゃ驚きはしない。とはいえ、沖が俺のことを探っている敵などではなかったとわかって安堵した。

「さて、謎が解けたところで大人しくしてもらおうか」

「ふぇ~?」

 フラフラとどこかへ行ってしまいそうなので、腕を掴んで制止させた。目はまだトロンと細くなっているので、酒は残っていることだろう。

「ここから動くな。水を買ってきてやるから」

 そう言うと、俺は沖をベンチに座らせて自動販売機を探しに向かった。酔いを覚ましてちゃんと帰ってくれないと、安心できないからな。

 噴水から数メートルも歩き、木々の壁を一つ曲がった先にチカチカと光る筐体が見つかった。俺が近づくころには、ついぞバックライトは寿命を終えて光を失う。

 小銭を取り出して買おうとした瞬間、さらに奥の生け垣の向こうに人の気配を感じ取った。そういうのに敏感なのは自販機の前だからではない。ビン缶なだけに。

 失敬。

 寒さが少し増したような気がしたが、夜が深まったせいだろう。さて置き、聞こえてくるのがなんてことない世間話であれば、俺だって気にしなかったさ。

「世話をかけたね。兄さん」

「構わんよ。久方ぶりかに会えた弟の頼みやかんな」

 なんだか込み入った会話から始まった。

「で、お前の彼女こまし・・・たわけやけど、本当に良かったんか?」

「何度も言ってるだろ。そろそろ要らなくなってたから、これで俺のことを訴えたら裁判に勝ってきれいサッパリってわけ」

「ハハハッ。俺の弟なだけに、やることヤバいわぁ」

 ここらでは珍しいほどの関西弁を聞く限り、噛み砕いていくと酷いことが起こっているとわかった。

 詳細まではわからないが、一方が顔を腫らしていることを除けば――瓜二つの――兄弟が女性に対して非道な行いをしたってことのようだ。正直、すぐにでも飛び出していってボコっても良かったんだが。

「まぁ、そのお陰かバチあたってもぉたけどな。今も、ダチが酒屋で外人さんと仲良くやっとるわ」

 既にイワンの野郎に殴られた後だったので、とりあえず様子をみることにした。やりすぎればどっちが悪人かわからないし、追い打ちを掛けるほど俺も非道では無いわけだ。

 そういう人道的はことはよしとして、弟の方はどう言い逃れるつもりだろうか。流石に、兄とは言え他人に何かをさせた以上は裁きが下るってもの。

「その分は楽しんだだろ?」

「あぁ、別嬪さんやったからもったいないわぁ。製薬会社の社長秘書やったっけ?」

「野口製薬ってとこだね。ちょっと鼻にかけたところがムカついてたし、あのすまし顔の泣きっ面を見れると思うとスカッとするよ」

 おかしなところで俺との接点ができてしまったが、ボルテージが飛び抜けてコイツらの会話に我慢ならなくなってきた。堂々と話している態度とか、1~2発殴られたくらいで済む罪じゃねぇ!

「俺の友達で、宗方って奴のオジさん弁護士やってて、似たような訴訟で勝ったらしいんだ。だから、俺もちょっと賠償金払って終わりって三段だよ」

「用意周到やなぁ。まぁ、これでまた離れ離れか」

 俺が飛び出していこうとしたところで、さらに意外な名前まで出てくる始末。

 まさか宗方って、あの時の宗方君か?

「宗方が行ったっていう雪山のペンションに身を隠すのもありかなって思ってる。もし良ければ兄さんも遊びにきてよ」

「ほとぼり冷めたらいかせて貰うわ。んじゃ、またな」

「また」

 どうやら、その宗方君のようだ。あ、行っちまう。

 詳しくは聞けなかったが、女性関係でトラブルがあると思っていたらそういうことか。俺も、沖と同室だったから何かあったら相談してくれ云々と心配されたっけ。

 いや、それよりもこのクソ双子をどうするかだ。

 再び、飛び出していこうとしたところで、またしても邪魔する影がある。

「荒尾さ~ん? 遅いで」

 待っていろと言ったのに、沖がこっちまで来てしまったのだ。

「あ?」

「誰かおるんか?」

 双子が声を聞き取って、こちらへやってきてしまった。

 ザッザと2つの足音が距離を詰めてきて顔を覗かせる。

「……気のせいか?」

「あー、ただの犬コロやん。驚かせんなや」

 曲がり角を曲がったところで、生け垣の向こうから出てきた野良犬を見て安心した様子だ。シッシと追い払えば、やせ細ったボロ布のような中型犬はどこかへと走り去ってしまった。

 2人も、気のせいと判断して立ち去ろうとする。

 もう一度、関西弁の方が確認のため振り返ってきた時には、流石に俺もちょっと緊張しちまったよ。
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