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第三話・スパイ、怒る
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「ふへへぇ~、1人ですよぉ。店員さんも、2名サマとは言わなかったですぅ」
見えないお友達はいなかったようで安心する。が、まずは断れ。完全に酩酊してるのかどうなのかわからない受け答えをするんじゃねーッ。
「じゃあじゃあ、良いとこ知ってんだけ」「お兄さん、それぐらいにしといてくれ。知り合いはボケるほど酔っ払ってるんだ」
見ていられず、俺は間に入って止めることにした。
日頃からボケ役なような気がするし関わりたくなかったが、今回は別のものを突っ込まれかねないので仕方ない。
「あ? なんだよッ。あんたこそッ」
ハハッ、俺とイワンの言い合いを見ていてそこまでメンチ切れるとはなかなかの度胸だ。
が、無駄な争いだと手を貸してくれたのはそのごっついお友達である。白髪混じりの角刈りを撫でながら、男は青年達の肩を掴む。
「まぁまぁ、お兄さん達。こんな子供みたいなのと遊んでないで、おっさんと飲もうぜ」
「え、えっと」「あの……」「ちょっ、アーッ」
彼らも戸惑うことだろう。しかし、イワン野郎は容赦なく連れていってしまった。
なんだかんだで紳士なんだから、感謝の念が堪えない。
「ふへぇ~、ありゃおしゃ~ん」
「はぁ……ペンション代金を返してないし良いか。おーい、お会計」
「はーい」
俺は沖に肩を貸すと、飲み食いの代金を支払って店を出た。看板娘にナンパしかけたり、身長の差で歩くのに難儀したりとあったが、なんとか公園を見つけて沖を介抱することができた。
遊歩道と広場、中央に噴水、ちょっとのベンチが並ぶ木々に囲まれた公園である。真夜中ともなると周囲に人気はなく、街灯の明かりには俺と沖の影がちらつくのみ。
ベンチに寝かせた後、風邪を引かないようコートを掛けてやるぐらいで後は見守る。
「ふぁぁ~。えーと、ここは?」
「飲み屋街の近くにある公園だ。女の子が1人で酔いつぶれるなんて、無防備が過ぎるぜ」
程なくして目覚めた沖は、キョロキョロと周囲を見渡した。呑気にアクビまでかまして、少し説教してやったぜ。
「あれ、荒尾さん? これは、またまた奇遇ですね」
「奇遇ですね、じゃないよ。まったく……もっと世の中厳しいって自覚をだな」
素でボケているのか天然なのか、何事もなかったかのように振る舞う。ふらつく足で立ち上がったのを見る限り、まだ酔いが残っているようだ。
それでも沖は、肘掛けに座る俺を見ずに噴水の方へと歩いていく。
「えー、お陰様で記事が売れまして。二十歳になって、初のお酒を飲んでみたのですが、慣れないことは、するもんじゃありませんね」
「人の話を聞けッ」
呆れて子供のように叱っても、聞き入れなかった。
澄んだ星空の下、噴水の縁に飛び乗ってフラフラと千鳥足で周回しようとする。その姿に何故か気を引かれてしまい、多分近づいたのはもっと側で見たかったからなんだろう。
危ないから降りろと、建前でも思いながら。
案の定、沖は足を踏み外した。
「あぶなッ!」
俺は慌てて駆け寄り、傾いていく小柄な体を受け止めた。
俺でなかったら一緒に倒れ込んでしまっていたね。
「あ」
「ふぅ……言わんこっちゃない。おっまえ」
沖はというと、俺の腕に抱えられながらもおかしな反応をしていた。ついつい、呆れを振り切ってしまいそうになった。
「あははッ」
笑った。そう、沖は危うく頭をぶつけかねない大勢で転けそうになったのに、笑っているのだ。
「ほーんと足が早いですよね」
「何なんだ。お前……」
気にした様子もなく言ってのけやがった。ホントに、良くわからない生物を見ているような気分になってしまう。
酔いが残っているとはわかりつつも、のんびり屋というだけでは通じないぐらいの能天気さだ。
「あ、おい……!」
呆れている間にも、沖は立ち上がって独りでトトッと歩いていくではないか。制止の声も聞かずに、風を全身に受けようとするみたいに両手を広げ。
確かに抱き止めたときに体の火照りや赤みはわかった。
「私はですね」
唐突に、振り返った沖が言葉を発した。
「わざと無防備でいるんですよ」
「わざとって?」
思わぬ台詞に俺もいささか戸惑った。
「事件の方からやってきてくれた方が、記事は書きやすいじゃないですか」
「まぁ、そりゃ……」
その答えに、思わずその通りだと納得してしまった。しかし、それは発生するリスクと、記事から得られる利益との兼ね合いだ。
感情的な面でも許さないはずである。
「怖くないのか?」
俺が聞いてみると、沖はまるで笑い話でもするかのように手首から上を上下に振った。少し言葉を選ぶというか、何かを考えている感じで答える。
「私、昔事故にあいまして。それ以来、えーと、ウマシカ?」
馬を鹿とは言い張れないぞ。
「トラウマ?」
「そうそれ。PTSDって奴で、怖いと思う気持ちが振り切れたのか――」
難しい方を知ってるなら、最初からそう言えばいいじゃねーか。
見えないお友達はいなかったようで安心する。が、まずは断れ。完全に酩酊してるのかどうなのかわからない受け答えをするんじゃねーッ。
「じゃあじゃあ、良いとこ知ってんだけ」「お兄さん、それぐらいにしといてくれ。知り合いはボケるほど酔っ払ってるんだ」
見ていられず、俺は間に入って止めることにした。
日頃からボケ役なような気がするし関わりたくなかったが、今回は別のものを突っ込まれかねないので仕方ない。
「あ? なんだよッ。あんたこそッ」
ハハッ、俺とイワンの言い合いを見ていてそこまでメンチ切れるとはなかなかの度胸だ。
が、無駄な争いだと手を貸してくれたのはそのごっついお友達である。白髪混じりの角刈りを撫でながら、男は青年達の肩を掴む。
「まぁまぁ、お兄さん達。こんな子供みたいなのと遊んでないで、おっさんと飲もうぜ」
「え、えっと」「あの……」「ちょっ、アーッ」
彼らも戸惑うことだろう。しかし、イワン野郎は容赦なく連れていってしまった。
なんだかんだで紳士なんだから、感謝の念が堪えない。
「ふへぇ~、ありゃおしゃ~ん」
「はぁ……ペンション代金を返してないし良いか。おーい、お会計」
「はーい」
俺は沖に肩を貸すと、飲み食いの代金を支払って店を出た。看板娘にナンパしかけたり、身長の差で歩くのに難儀したりとあったが、なんとか公園を見つけて沖を介抱することができた。
遊歩道と広場、中央に噴水、ちょっとのベンチが並ぶ木々に囲まれた公園である。真夜中ともなると周囲に人気はなく、街灯の明かりには俺と沖の影がちらつくのみ。
ベンチに寝かせた後、風邪を引かないようコートを掛けてやるぐらいで後は見守る。
「ふぁぁ~。えーと、ここは?」
「飲み屋街の近くにある公園だ。女の子が1人で酔いつぶれるなんて、無防備が過ぎるぜ」
程なくして目覚めた沖は、キョロキョロと周囲を見渡した。呑気にアクビまでかまして、少し説教してやったぜ。
「あれ、荒尾さん? これは、またまた奇遇ですね」
「奇遇ですね、じゃないよ。まったく……もっと世の中厳しいって自覚をだな」
素でボケているのか天然なのか、何事もなかったかのように振る舞う。ふらつく足で立ち上がったのを見る限り、まだ酔いが残っているようだ。
それでも沖は、肘掛けに座る俺を見ずに噴水の方へと歩いていく。
「えー、お陰様で記事が売れまして。二十歳になって、初のお酒を飲んでみたのですが、慣れないことは、するもんじゃありませんね」
「人の話を聞けッ」
呆れて子供のように叱っても、聞き入れなかった。
澄んだ星空の下、噴水の縁に飛び乗ってフラフラと千鳥足で周回しようとする。その姿に何故か気を引かれてしまい、多分近づいたのはもっと側で見たかったからなんだろう。
危ないから降りろと、建前でも思いながら。
案の定、沖は足を踏み外した。
「あぶなッ!」
俺は慌てて駆け寄り、傾いていく小柄な体を受け止めた。
俺でなかったら一緒に倒れ込んでしまっていたね。
「あ」
「ふぅ……言わんこっちゃない。おっまえ」
沖はというと、俺の腕に抱えられながらもおかしな反応をしていた。ついつい、呆れを振り切ってしまいそうになった。
「あははッ」
笑った。そう、沖は危うく頭をぶつけかねない大勢で転けそうになったのに、笑っているのだ。
「ほーんと足が早いですよね」
「何なんだ。お前……」
気にした様子もなく言ってのけやがった。ホントに、良くわからない生物を見ているような気分になってしまう。
酔いが残っているとはわかりつつも、のんびり屋というだけでは通じないぐらいの能天気さだ。
「あ、おい……!」
呆れている間にも、沖は立ち上がって独りでトトッと歩いていくではないか。制止の声も聞かずに、風を全身に受けようとするみたいに両手を広げ。
確かに抱き止めたときに体の火照りや赤みはわかった。
「私はですね」
唐突に、振り返った沖が言葉を発した。
「わざと無防備でいるんですよ」
「わざとって?」
思わぬ台詞に俺もいささか戸惑った。
「事件の方からやってきてくれた方が、記事は書きやすいじゃないですか」
「まぁ、そりゃ……」
その答えに、思わずその通りだと納得してしまった。しかし、それは発生するリスクと、記事から得られる利益との兼ね合いだ。
感情的な面でも許さないはずである。
「怖くないのか?」
俺が聞いてみると、沖はまるで笑い話でもするかのように手首から上を上下に振った。少し言葉を選ぶというか、何かを考えている感じで答える。
「私、昔事故にあいまして。それ以来、えーと、ウマシカ?」
馬を鹿とは言い張れないぞ。
「トラウマ?」
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