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第二話・考えうる限り最低の初遭遇
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カシャリ。電車の揺れる音に混じって、そんな乾いた音が聞こえてきた。
電子音の高音を残しつつも、少しくぐもったかのような響きなのは人混みのせいか。周辺にいた乗客の視線のほとんどが、そちらへ向いた。
いくつかは気のせいかはたまた関わるのを嫌がったか、直ぐに外れてしまった。
「ち――」
溜めというか、若干の戸惑いと迷いを込めた言葉。少し前からその様子は見ていたが、仕事柄どうしても言い出せなかった。
1人の会社員と思しき女性が、自らの受けた被害を告発しようとしている。
何者ともわからぬ輩によって、平たい通信装置に付属したカメラ機能をもって暴かれた乙女の園。そう、誰かがスマートフォンでスカートの中を撮影していたのである。
何色の下着だ? うらやまけし……いや、そうじゃない。
「フェミニスト失格だな」
「え?」
俺の悔恨の言葉や沖の訝しげな声、それらを差し置いて声が上がる。
「――痴漢! 盗撮!」
その叫びの意味するところを、誰もが理解した。理解して、電車がハブ駅であるN駅に到着すると同時に出ていってしまった。
残されたのは、被害者である会社員の女性と俺、沖、そして容疑者であろう3人の男達。なぜか子供連れのお姉さんも。騒ぎを見に来た野次馬も含めれば十人ちょっとだが、自然に状況は絞られてくる。
「降りなさいよ!」
まず盗撮されたことを問い詰めようと、女性が3人に向けて声を荒げた。
「ど、どうするんだよ岩市……」
「ま、待って、俺じゃない!」
「スマフォ、中身を見せれば潔白は証明できるだろッ?」
疑われたのはややヒョロッとした男で、岩市という名前のようだ。当然ながら犯人は皆そういう。
まぁ、カメラが捉えた限りでは彼じゃない。
他は、眼鏡を掛けた真面目そうな……言っちゃなんだが今どき見ないような七三分けの頭髪をした奴。
最後の1人は、美形でこそないが髪を金色に染めたチャラ男っぽい人物である。
「うーん、私からでは誰が撮影していたのか……。端末そのものを見れば、ちゃんと覚えています」
沖がわかったのは、どんなスマフォが使われたかぐらいだ。普通ならばそれで十分なのだろうが、今回はどうやらそうもいかなかった。
何せ、3人が同時に取り出した板はどれも同じ機種だったからである。
「さ、3人とも一緒ですか……!?」
沖は驚いた。
「新機種が発売されるって、近くに住んでるからオフ会を……」
どうして同じものなのかという問いについては、聞いてもいないのに答えようとした。
が、今はそれほど重要じゃない。
「け、けれど、中を見れば!」
被害者女性の言う通りで、本当に盗撮していたのなら画像が残っているはずだ。既に消されていたら終わりだが、周囲が見ていた限りではそのような仕草はなかった。
はっきりとしない状態だったし、仕事の都合で目立ちたくもなかった。それらがなければ、俺だってフェミニストとして止めに入っていたかもしれない。
俺達は回送状態になった電車を自然と降りて、地下鉄のホームで写真の確認を行うことにした。
無関係の俺はさっさと離れてエージェントから資料を受け取れば良いのだが、司令の変更はまだ届いていない。
「さて、こうなったら」
どう足掻いても、犯人が撮影したという証拠は端末の中から見つからないだろう。俺はそれを知っていて、どうしたものかと考えた。
犯人はマイクロカードに保存して、電車の中――座っていたシートの隙間に隠していたのだ。撮影音を鳴らしてわざと注意を引いたのも、その隙を作るためのブラフ。後日、紛失物として取り返すつもりなのだろう。
俺が全部を暴露すれば解決する話なんだが、それができたら苦労しないってもんだ。
「どこにも、無いですね」
沖が、被害者女性と一緒にスマフォの中を確認し終わって呟いた。
そう、幸いにもわざわざ首を突っ込んでくれた顔見知りがいる。
「この真っ黒な写真は?」
被害女性の方は、眼鏡の男のものを見ながら問いかける。
「別に? 多分、ポケットの中でカメラ機能が誤作動したんでしょ。あぁ、それだよ」
眼鏡野郎は飄々と答えた。先の撮影音は、その誤作動が原因なのだと言い出す始末だ。
確かに、写真がない以上は近いタイミングで撮影された黒塗りの画面こそが勘違いの原因だとするのが自然だろう。
「そんなことないってば! 撮られてたのは、ちょっと前から気づいてたんだから!」
「私も、スカートの下にスマフォが差し込まれているのは見えました」
しかし、自分は間違っていないのだと被害女性は主張する。沖も、自分の見たものが事実だと信じていた。
気づかれたところからの素早い犯行隠滅は、スパイの俺も舌を巻くというもの。単なる行きずりの犯行じゃないね。
「これ、貴女じゃないです?」
色々と状況からわかってくることを整理していると、今度は沖が別の写真をみつけてきた。
「私?」
それを見て、被害女性が首を傾げた。どうやら、彼女が写ったものが岩市のスマフォから見つかったようだ。
「これは……」
沖が画像をジッと眺め、なぜそんなものがあるのかを考えた。
被害女性が写っている以外に何か気づいたことでもあるのだろうか。
「やっぱり画質良いですよね。こんなに遠いのにくっきりですよ?」
「真面目にやれ!」
思わずツッコミをいれてしまった。
電子音の高音を残しつつも、少しくぐもったかのような響きなのは人混みのせいか。周辺にいた乗客の視線のほとんどが、そちらへ向いた。
いくつかは気のせいかはたまた関わるのを嫌がったか、直ぐに外れてしまった。
「ち――」
溜めというか、若干の戸惑いと迷いを込めた言葉。少し前からその様子は見ていたが、仕事柄どうしても言い出せなかった。
1人の会社員と思しき女性が、自らの受けた被害を告発しようとしている。
何者ともわからぬ輩によって、平たい通信装置に付属したカメラ機能をもって暴かれた乙女の園。そう、誰かがスマートフォンでスカートの中を撮影していたのである。
何色の下着だ? うらやまけし……いや、そうじゃない。
「フェミニスト失格だな」
「え?」
俺の悔恨の言葉や沖の訝しげな声、それらを差し置いて声が上がる。
「――痴漢! 盗撮!」
その叫びの意味するところを、誰もが理解した。理解して、電車がハブ駅であるN駅に到着すると同時に出ていってしまった。
残されたのは、被害者である会社員の女性と俺、沖、そして容疑者であろう3人の男達。なぜか子供連れのお姉さんも。騒ぎを見に来た野次馬も含めれば十人ちょっとだが、自然に状況は絞られてくる。
「降りなさいよ!」
まず盗撮されたことを問い詰めようと、女性が3人に向けて声を荒げた。
「ど、どうするんだよ岩市……」
「ま、待って、俺じゃない!」
「スマフォ、中身を見せれば潔白は証明できるだろッ?」
疑われたのはややヒョロッとした男で、岩市という名前のようだ。当然ながら犯人は皆そういう。
まぁ、カメラが捉えた限りでは彼じゃない。
他は、眼鏡を掛けた真面目そうな……言っちゃなんだが今どき見ないような七三分けの頭髪をした奴。
最後の1人は、美形でこそないが髪を金色に染めたチャラ男っぽい人物である。
「うーん、私からでは誰が撮影していたのか……。端末そのものを見れば、ちゃんと覚えています」
沖がわかったのは、どんなスマフォが使われたかぐらいだ。普通ならばそれで十分なのだろうが、今回はどうやらそうもいかなかった。
何せ、3人が同時に取り出した板はどれも同じ機種だったからである。
「さ、3人とも一緒ですか……!?」
沖は驚いた。
「新機種が発売されるって、近くに住んでるからオフ会を……」
どうして同じものなのかという問いについては、聞いてもいないのに答えようとした。
が、今はそれほど重要じゃない。
「け、けれど、中を見れば!」
被害者女性の言う通りで、本当に盗撮していたのなら画像が残っているはずだ。既に消されていたら終わりだが、周囲が見ていた限りではそのような仕草はなかった。
はっきりとしない状態だったし、仕事の都合で目立ちたくもなかった。それらがなければ、俺だってフェミニストとして止めに入っていたかもしれない。
俺達は回送状態になった電車を自然と降りて、地下鉄のホームで写真の確認を行うことにした。
無関係の俺はさっさと離れてエージェントから資料を受け取れば良いのだが、司令の変更はまだ届いていない。
「さて、こうなったら」
どう足掻いても、犯人が撮影したという証拠は端末の中から見つからないだろう。俺はそれを知っていて、どうしたものかと考えた。
犯人はマイクロカードに保存して、電車の中――座っていたシートの隙間に隠していたのだ。撮影音を鳴らしてわざと注意を引いたのも、その隙を作るためのブラフ。後日、紛失物として取り返すつもりなのだろう。
俺が全部を暴露すれば解決する話なんだが、それができたら苦労しないってもんだ。
「どこにも、無いですね」
沖が、被害者女性と一緒にスマフォの中を確認し終わって呟いた。
そう、幸いにもわざわざ首を突っ込んでくれた顔見知りがいる。
「この真っ黒な写真は?」
被害女性の方は、眼鏡の男のものを見ながら問いかける。
「別に? 多分、ポケットの中でカメラ機能が誤作動したんでしょ。あぁ、それだよ」
眼鏡野郎は飄々と答えた。先の撮影音は、その誤作動が原因なのだと言い出す始末だ。
確かに、写真がない以上は近いタイミングで撮影された黒塗りの画面こそが勘違いの原因だとするのが自然だろう。
「そんなことないってば! 撮られてたのは、ちょっと前から気づいてたんだから!」
「私も、スカートの下にスマフォが差し込まれているのは見えました」
しかし、自分は間違っていないのだと被害女性は主張する。沖も、自分の見たものが事実だと信じていた。
気づかれたところからの素早い犯行隠滅は、スパイの俺も舌を巻くというもの。単なる行きずりの犯行じゃないね。
「これ、貴女じゃないです?」
色々と状況からわかってくることを整理していると、今度は沖が別の写真をみつけてきた。
「私?」
それを見て、被害女性が首を傾げた。どうやら、彼女が写ったものが岩市のスマフォから見つかったようだ。
「これは……」
沖が画像をジッと眺め、なぜそんなものがあるのかを考えた。
被害女性が写っている以外に何か気づいたことでもあるのだろうか。
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