スパイだけが謎解きを知っている

AAKI

文字の大きさ
上 下
14 / 29
第二話・考えうる限り最低の初遭遇

2-1

しおりを挟む
 とある都市にある駅のホーム。夕方の混み合い始めた時間、俺は黒いジャケットの前を閉じて寒さに耐えながら電車の到着を待つ。

『まもなく電車が参ります。白線の内側に立ってお待ち下さい』

 備え付けのスピーカから久しく聞く日本流のアナウンスが流れ、少し遠目に列車が見え始めたのを視線に映した。

 外国を仕事で転々としていたが、最近になってというより昨日帰国した。それなのに、早速次の仕事とは忙しくて参ってしまう。

 俺が何をやってるのかって?

 凄腕のスパイだ。

 ホームに滑り込んできた電車へと颯爽と乗り込み、顔を動かさずに周囲へ気を配る。対面の扉を基準にほとんど見渡せないが、後の範囲は問題ない。腕時計に仕込まれた小型カメラはリアルタイムで周囲の状況を撮影し、サングラス型モニターへと随時送信してくれている。

 老若男女問わず、サラリーマンも学生も、子連れも同じく人混みに揉まれる。

「うぉッ!」

 しかし、襲いかかってくる人の雪崩には対応できなかった。

 やろうと思えば避けられるだろうが、ここで目立って仕事に支障が出ても困る。

 すし詰めというほどでもないものの、それなりの人口密度に包まれて俺は必要な内容を思い出す。始まりは、プリペイド携帯に入ってきた電子メールだ。

『ミスター・ブラックマンバへ。次の司令を与える。A県N市K駅より17:13発の普通列車3号車に乗り、N駅のホームにて待て。資料と司令指示書が手渡される』

 そんな内容だけ。どんな協力者エージェントが来るのかみたいなことも書かれておらず、ただ受け身だ。

 まぁ、だからこそこうして警戒してるんだがな。俺達スパイは、世界の全てを疑っても疑い足りない生き物だ。

 ただ、

『なおこの文書は直ちに破棄されます』

 なんて文面を最後に書き記すような奴が、俺を裏切るとも思えないけどな。とりあえず、ちゃんと消しておいた。

 回りくどい合流方法を取るのも、俺のことを信じたいがゆえなんだろうしな。多分、今もなおこの列車内で見張っているはず。

「さて、どちらさんだろうね」

 過去数々のスパイ道具を生み出してきたパリ=テオドールも真っ青な小型カメラを、周囲に向けて満員電車からエージェントらしき人物を探し出そうとした。

 すると、何かが背中にぶつかってくるのがわかる。

「むぎょっ、ぎょ~……」

 人混みに押し込まれて、俺の背後で不可解な鳴き声を上げた未確認生物UMA

 フェミニストとして幾多もの女性とお付き合いした俺にとって、カメラから見える僅かな茶混じりのボブカットや体の細さから、メスのUMAだということがわかる。

 謎の女性が小柄とは言え、中肉中背の平均的な日本人体格の肩甲骨部分に顔を器用な埋め方ができるあたり、これが俗に言うところのセハラワカランという生き物か。

 あぁ、いや、大小で対応を変えるほど未熟なフェミズム魂はしていないから安心してくれ。

「大丈夫か?」

「は、はい……すみません……」

 俺が心配してやると、そいつはモゴモゴと喋って答えた。必死に息をしようとするもので、余計に背中がくすぐったい。

 そういう積極的なのは嫌いじゃない。

 まさか、このが協力者ってわけでもあるまい。こんな接触の仕方をしてくるとも思えないし、この程度の状況を打開できない奴ではな。

 この時は安心して対応することができた。

「気にするな。胸に抱きとめてやれないことが残念なぐらいさ」

 ついつい、国外で培った気障なセリフが飛び出てしまった。いやーこまったなー。助けてやりたいのは山々だが、こちらも空けられる隙間がないんだよなー。

 ちょっと意地悪だが、背中にくっついて人の圧と戦っている女性のことを楽しんだ。さっきのセリフも合わせて引いてしまったか?

 それからしばし抵抗した後、なんとか抜け出して顔を出す。上へ。

 待てッ。いったいどういう風に挟まれてるんだ!? つり革を使って浮いてるのか?

 いや、カメラでは彼女の手が頭上に出ている様子はない。

「ふぅ。少し浮いてるのが辛いですが、これで息ができます」

 女性はそういった。手も使わずに背中をせり上がることができるとは、やっぱりUMAって可能性があるな……。

 しっかしまぁ、この機会にお近づきといこうか。

「俺は坂西。坂西 寛郎ひろおだ」

 さり気なく自己紹介して、自分比で人好きのする笑みを浮かべて見せた。

 最初、女性はキョトンとした表情をするも直ぐに笑顔を作る。

「沖 真清と言います。ネット上でフリーのジャーナリストをしています」

「え……」

 そして、名乗りを聞いて俺は固まることとなった。

「?」

「あ、いや、笑顔が素敵な女性だなって」

「いやですね~。褒めても何もでませんよ?」

 出るとは思ってないよ! 俺は早くここから出たいよ!

 ジャーナリストとか、表向きに活動するスパイと変わらないじゃん……。

 なんとか誤魔化すことには成功したものの、お近づきになるのを止めたくなった。

「そいつは残念。連絡先を聞くのはやめ」「待ってください」

 フェードアウトしようとして、沖が俺の言葉を制止した。

「あぁ」

 なぜなのかは、腕時計の小型カメラもしっかり捉えていたので直ぐに理解できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

やさしい首

常に移動する点P
ミステリー
長谷川修平の妻、裕子が行方不明となって二日後、遺体が発見された。首だけが近くの雑木林に放置されていた。その後、同じ場所に若い二人の男の首が遺棄される。そして、再び雑木林に首が。四人目の首、それは長谷川修平だった。 長谷川の友人、楠夫妻は事件の参考人として警察に任意で取り調べをうけたことで、地元住民から犯人扱いされる。定食屋「くすのき」も閉店せざるを得なくなった。 長谷川夫妻の死、若い男二人の死、四つの首が遺棄された雑木林。 楠夫妻の長男、真一は五年後自分の子供にもふりかかる汚名を ぬぐうため、当時の所轄刑事相模とともに真犯人を探す。 ※この作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どんでん返し

井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

処理中です...