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第二話・考えうる限り最低の初遭遇
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とある都市にある駅のホーム。夕方の混み合い始めた時間、俺は黒いジャケットの前を閉じて寒さに耐えながら電車の到着を待つ。
『まもなく電車が参ります。白線の内側に立ってお待ち下さい』
備え付けのスピーカから久しく聞く日本流のアナウンスが流れ、少し遠目に列車が見え始めたのを視線に映した。
外国を仕事で転々としていたが、最近になってというより昨日帰国した。それなのに、早速次の仕事とは忙しくて参ってしまう。
俺が何をやってるのかって?
凄腕のスパイだ。
ホームに滑り込んできた電車へと颯爽と乗り込み、顔を動かさずに周囲へ気を配る。対面の扉を基準にほとんど見渡せないが、後の範囲は問題ない。腕時計に仕込まれた小型カメラはリアルタイムで周囲の状況を撮影し、サングラス型モニターへと随時送信してくれている。
老若男女問わず、サラリーマンも学生も、子連れも同じく人混みに揉まれる。
「うぉッ!」
しかし、襲いかかってくる人の雪崩には対応できなかった。
やろうと思えば避けられるだろうが、ここで目立って仕事に支障が出ても困る。
すし詰めというほどでもないものの、それなりの人口密度に包まれて俺は必要な内容を思い出す。始まりは、プリペイド携帯に入ってきた電子メールだ。
『ミスター・ブラックマンバへ。次の司令を与える。A県N市K駅より17:13発の普通列車3号車に乗り、N駅のホームにて待て。資料と司令指示書が手渡される』
そんな内容だけ。どんな協力者が来るのかみたいなことも書かれておらず、ただ受け身だ。
まぁ、だからこそこうして警戒してるんだがな。俺達スパイは、世界の全てを疑っても疑い足りない生き物だ。
ただ、
『なおこの文書は直ちに破棄されます』
なんて文面を最後に書き記すような奴が、俺を裏切るとも思えないけどな。とりあえず、ちゃんと消しておいた。
回りくどい合流方法を取るのも、俺のことを信じたいがゆえなんだろうしな。多分、今もなおこの列車内で見張っているはず。
「さて、どちらさんだろうね」
過去数々のスパイ道具を生み出してきたパリ=テオドールも真っ青な小型カメラを、周囲に向けて満員電車からエージェントらしき人物を探し出そうとした。
すると、何かが背中にぶつかってくるのがわかる。
「むぎょっ、ぎょ~……」
人混みに押し込まれて、俺の背後で不可解な鳴き声を上げた未確認生物。
フェミニストとして幾多もの女性とお付き合いした俺にとって、カメラから見える僅かな茶混じりのボブカットや体の細さから、メスのUMAだということがわかる。
謎の女性が小柄とは言え、中肉中背の平均的な日本人体格の肩甲骨部分に顔を器用な埋め方ができるあたり、これが俗に言うところのセハラワカランという生き物か。
あぁ、いや、大小で対応を変えるほど未熟なフェミズム魂はしていないから安心してくれ。
「大丈夫か?」
「は、はい……すみません……」
俺が心配してやると、そいつはモゴモゴと喋って答えた。必死に息をしようとするもので、余計に背中がくすぐったい。
そういう積極的なのは嫌いじゃない。
まさか、この娘が協力者ってわけでもあるまい。こんな接触の仕方をしてくるとも思えないし、この程度の状況を打開できない奴ではな。
この時は安心して対応することができた。
「気にするな。胸に抱きとめてやれないことが残念なぐらいさ」
ついつい、国外で培った気障なセリフが飛び出てしまった。いやーこまったなー。助けてやりたいのは山々だが、こちらも空けられる隙間がないんだよなー。
ちょっと意地悪だが、背中にくっついて人の圧と戦っている女性のことを楽しんだ。さっきのセリフも合わせて引いてしまったか?
それからしばし抵抗した後、なんとか抜け出して顔を出す。上へ。
待てッ。いったいどういう風に挟まれてるんだ!? つり革を使って浮いてるのか?
いや、カメラでは彼女の手が頭上に出ている様子はない。
「ふぅ。少し浮いてるのが辛いですが、これで息ができます」
女性はそういった。手も使わずに背中をせり上がることができるとは、やっぱりUMAって可能性があるな……。
しっかしまぁ、この機会にお近づきといこうか。
「俺は坂西。坂西 寛郎だ」
さり気なく自己紹介して、自分比で人好きのする笑みを浮かべて見せた。
最初、女性はキョトンとした表情をするも直ぐに笑顔を作る。
「沖 真清と言います。ネット上でフリーのジャーナリストをしています」
「え……」
そして、名乗りを聞いて俺は固まることとなった。
「?」
「あ、いや、笑顔が素敵な女性だなって」
「いやですね~。褒めても何もでませんよ?」
出るとは思ってないよ! 俺は早くここから出たいよ!
ジャーナリストとか、表向きに活動するスパイと変わらないじゃん……。
なんとか誤魔化すことには成功したものの、お近づきになるのを止めたくなった。
「そいつは残念。連絡先を聞くのはやめ」「待ってください」
フェードアウトしようとして、沖が俺の言葉を制止した。
「あぁ」
なぜなのかは、腕時計の小型カメラもしっかり捉えていたので直ぐに理解できた。
『まもなく電車が参ります。白線の内側に立ってお待ち下さい』
備え付けのスピーカから久しく聞く日本流のアナウンスが流れ、少し遠目に列車が見え始めたのを視線に映した。
外国を仕事で転々としていたが、最近になってというより昨日帰国した。それなのに、早速次の仕事とは忙しくて参ってしまう。
俺が何をやってるのかって?
凄腕のスパイだ。
ホームに滑り込んできた電車へと颯爽と乗り込み、顔を動かさずに周囲へ気を配る。対面の扉を基準にほとんど見渡せないが、後の範囲は問題ない。腕時計に仕込まれた小型カメラはリアルタイムで周囲の状況を撮影し、サングラス型モニターへと随時送信してくれている。
老若男女問わず、サラリーマンも学生も、子連れも同じく人混みに揉まれる。
「うぉッ!」
しかし、襲いかかってくる人の雪崩には対応できなかった。
やろうと思えば避けられるだろうが、ここで目立って仕事に支障が出ても困る。
すし詰めというほどでもないものの、それなりの人口密度に包まれて俺は必要な内容を思い出す。始まりは、プリペイド携帯に入ってきた電子メールだ。
『ミスター・ブラックマンバへ。次の司令を与える。A県N市K駅より17:13発の普通列車3号車に乗り、N駅のホームにて待て。資料と司令指示書が手渡される』
そんな内容だけ。どんな協力者が来るのかみたいなことも書かれておらず、ただ受け身だ。
まぁ、だからこそこうして警戒してるんだがな。俺達スパイは、世界の全てを疑っても疑い足りない生き物だ。
ただ、
『なおこの文書は直ちに破棄されます』
なんて文面を最後に書き記すような奴が、俺を裏切るとも思えないけどな。とりあえず、ちゃんと消しておいた。
回りくどい合流方法を取るのも、俺のことを信じたいがゆえなんだろうしな。多分、今もなおこの列車内で見張っているはず。
「さて、どちらさんだろうね」
過去数々のスパイ道具を生み出してきたパリ=テオドールも真っ青な小型カメラを、周囲に向けて満員電車からエージェントらしき人物を探し出そうとした。
すると、何かが背中にぶつかってくるのがわかる。
「むぎょっ、ぎょ~……」
人混みに押し込まれて、俺の背後で不可解な鳴き声を上げた未確認生物。
フェミニストとして幾多もの女性とお付き合いした俺にとって、カメラから見える僅かな茶混じりのボブカットや体の細さから、メスのUMAだということがわかる。
謎の女性が小柄とは言え、中肉中背の平均的な日本人体格の肩甲骨部分に顔を器用な埋め方ができるあたり、これが俗に言うところのセハラワカランという生き物か。
あぁ、いや、大小で対応を変えるほど未熟なフェミズム魂はしていないから安心してくれ。
「大丈夫か?」
「は、はい……すみません……」
俺が心配してやると、そいつはモゴモゴと喋って答えた。必死に息をしようとするもので、余計に背中がくすぐったい。
そういう積極的なのは嫌いじゃない。
まさか、この娘が協力者ってわけでもあるまい。こんな接触の仕方をしてくるとも思えないし、この程度の状況を打開できない奴ではな。
この時は安心して対応することができた。
「気にするな。胸に抱きとめてやれないことが残念なぐらいさ」
ついつい、国外で培った気障なセリフが飛び出てしまった。いやーこまったなー。助けてやりたいのは山々だが、こちらも空けられる隙間がないんだよなー。
ちょっと意地悪だが、背中にくっついて人の圧と戦っている女性のことを楽しんだ。さっきのセリフも合わせて引いてしまったか?
それからしばし抵抗した後、なんとか抜け出して顔を出す。上へ。
待てッ。いったいどういう風に挟まれてるんだ!? つり革を使って浮いてるのか?
いや、カメラでは彼女の手が頭上に出ている様子はない。
「ふぅ。少し浮いてるのが辛いですが、これで息ができます」
女性はそういった。手も使わずに背中をせり上がることができるとは、やっぱりUMAって可能性があるな……。
しっかしまぁ、この機会にお近づきといこうか。
「俺は坂西。坂西 寛郎だ」
さり気なく自己紹介して、自分比で人好きのする笑みを浮かべて見せた。
最初、女性はキョトンとした表情をするも直ぐに笑顔を作る。
「沖 真清と言います。ネット上でフリーのジャーナリストをしています」
「え……」
そして、名乗りを聞いて俺は固まることとなった。
「?」
「あ、いや、笑顔が素敵な女性だなって」
「いやですね~。褒めても何もでませんよ?」
出るとは思ってないよ! 俺は早くここから出たいよ!
ジャーナリストとか、表向きに活動するスパイと変わらないじゃん……。
なんとか誤魔化すことには成功したものの、お近づきになるのを止めたくなった。
「そいつは残念。連絡先を聞くのはやめ」「待ってください」
フェードアウトしようとして、沖が俺の言葉を制止した。
「あぁ」
なぜなのかは、腕時計の小型カメラもしっかり捉えていたので直ぐに理解できた。
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