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第一話・雪山のペンションで

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「推理としては面白いけど、ゴホッ……。それでは、まだ私が犯人だという、証明にはなってないゴホッ、ゴホッ!」

 村田が抗ってくる。そうくることはわかっていたし、男であることを隠していたからといって殺人犯だとは言い切れない。

 証拠をズパッと出してやれば良いのかもしれないが、それが今ひとつ決定的でないのが問題なのである。だから、ここまでの推理が下積みとして必要となる。

「辛そうですし、本筋に入る前に薬を飲んだらどうだ?」

 俺はまず村田にそう勧めた。

「えぇ……コホッ。あ、れ……?」

 答えて直ぐにポケットから薬を取り出そうとするも、無いことに気づいた。村田がポケットをひっくり返しても出てこない。

「そんなッ? どこかに、落としハッ……!」

 それほど時間を掛けることなく思い至った。どこかに落としたのだ。

 村田自身の部屋や共用の場所なら問題はないだろうが、最も可能性のある場所を推察すれば彼本人が良くわかっている。

「えっと、部屋に……ゴホッ」

「忘れてきました? じゃあ、私も部屋に探しものがあるので一緒に取りにいきましょう」

 沖も、どこで落としたのかわかっている様子で言った。探偵役がいうのは部屋は部屋でも、池田さんの部屋である。

「池田の部屋か……」

「そんな……」「村田先生……」「村田さん」「なんで?」

 それにより村田も、自ら証拠を探しに行くことになると理解して諸手を上げた。皆も推理に納得した。

 降参してくれたなら嬉しいが、村田は最後の抵抗とばかりに立ち上がると同時に椅子を持ち上げる。

「ちくしょぉぉぉぉぉぉー!」

「キャァッ!」「ひッ!」「うわ!」「あ、あぶな!」

 大声で悪態をつくと、沖へ向けて投げつけようと振りかぶった。周囲の皆が驚いて退いた中で、2人だけが別々の行動を取る。

 まず沖は、恐怖とはまた違った表情でその場に立ち止まっていた。回避か防御か、どちらかの選択を悩むゲームプレイヤーか何かだ。

 萎縮しているわけではないことはその一瞬でもわかったが、やはり反応としてはおかしい。

 俺は、椅子を投げつけさせるわけにはいかず、手元のティーカップを取って中身を村田にふりかける。

「クッ!」

 ほとんど冷めてしまってダメージにはならなかったものの、怯ませるには十分。すぐさま机に飛び乗り、滑り卓上を散らかしながら肉薄する。

「ゴフッ!?」

 腹に俺の蹴りを受けて、村田の細い体は容易く後ろに転がった。

「俺の前でレディーを傷つけるような真似を、にど……するんじゃねぇ」

 危うく暴露しかけるも、押し込んで決め台詞を吐いた。

 完全に諦めた村田は、倒れたまま泣きべそをかきはじめた。最初は何を言っているかわからない言葉の羅列のため、落ち着くまで沖の方を対処することにする。

「大丈夫だったか?」

「えぇ、珠のような肌には傷一つありません」

 問いに答える様子は余裕が有り余っているように見えた。

「悲鳴一つ上げないなんて、とんだ図太い神経だな」

「いやですねぇ。硝子のハートが傷ついているか見てみます?」

「お前の心臓が取り出し可能とは思わなかった」

 俺が呆れると、沖は胸の前でパカパカと何かを開くような仕草をしてからかうように言った。どこぞの合衆国エージェントばりに軽口を返した。

 しかし、傷つけられそうなときに冷静な思考ができるあたり、相当の訓練を積んでいるのか真に鈍感かだ。

「お、おい、こいつはどうするのさ? 何か言ってるし」

 俺達が駄弁っていると、宗方君が村田のことを伝えてきた。

 意識を完全にはずしていたつもりはないためわかっていたが、倒れ込んだまま涙声で何かしらを呟いている。

「あの女が、悪いんだ……。あの女が、富を……」

 その言葉の意味を本当に理解できるのは、沖と俺ぐらいのものだろう。まぁ、大抵は財産を奪われた的な意味で捉えるだろう。

 正しくは妹の村田 富が、池田先生の務める学校で自殺の道に走った事件のことである。

「池田先生が悪いわけではないのでは?」

 沖がフォローを入れるも、取材をした彼女が実情を知らないわけがない。まぁ、池田さんは助けなかったというだけの話だが。

「あいつが! ゴホッ、学校の名誉を優先して、ハァハァ、買春のグループを匿った……」

 村田は恨み言を、動機をポツポツと口にしだした。

 確かに保身に走って妹さんを切り捨てたのは許しがたいが、本当に恨むべきは買春を主導した奴らだろう。疑われただけの富さんをトカゲの尻尾切したのは酷いと思うけどよ。

「なんとも違和感のある話だったからニュースを調べたことがあるけど、恨む相手が違うってもんだ」

「確か、イジメの主犯格という体裁でしたか。あの話って、そういう裏があったんですね」

 5年前というと沖も学生をしていたかどうかだろうし、事件の詳細を知る機会はなかったのだろう。ただ、詳しい俺にジャーナリスト魂が燃え上がってしまったようだ。

 まぁ、沖とは今回で今度こそ別々の道をゆくことになる。はずだが、まだ俺のことを探っているかどうか判断できない。
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