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第一話・雪山のペンションで
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「キャァァァァァァァッ――!」
部屋を出たところでちょうど、天風さんの悲鳴が上がった。廊下からでも、池田さんの部屋に入ろうとしている姿が見えた。
当然、俺は急ぎ足で駆け寄ると何も知りませんって顔で声を掛ける。さり気なく、腰を抜かしているのを助け起こそうとする紳士っぷりを見せておく。
「天風さん? 一体、何が?」
「あ、あ、あ……」
あれと指さそうとしながらも、声にならずおかしな声を繰り返すだけだ。それでも視線の向かう先は一方しかなく、誰もが池田さんの死体を見ることになる。
俺だけでなく、悲鳴で部屋から出てきた西尾さんと宗方君もだ。さらには1階から駆けつけてきたオーナーと沖。最後は、風邪で寝ていたという体の村田である。
「荒尾さん? 天風さん? どうし、た、よ……?」
「さっきの悲鳴は? ヒッ!」
まず、西尾が大きめの腹を抱えてやってくるとハングドレディを見て言葉を失う。続いて宗方君は、女性並に神経が細いのかヘナヘナと膝を折ってしまった。
「……」
「酷い……うッ」
彼らの反応で大体の覚悟が出来たオーナーに至っては、言葉こそ発さなかったが口元を抑えて辛そうにした。
村田は怯える振りをしつつ上手い具合に俺達の視界から外れた。見事な演技だよ全く。
しかし、最も気になるのは沖の反応だ。
「これは大変ですね」
「随分の落ち着いた様子じゃないか」
やぶ蛇になりそうだったが、ついつい聞いてしまった。
「あー、これは荒尾さん、何をされてたんです?」
まともな答えは返ってこなかったし、やはりこちらの方がヤバい立場になった。
「質問に答えてく」「荒尾さんだって――」
俺は押し切ろうとするも、沖に途中で遮られてしまった。
何事かと言葉を待てば、出てくるのは的確に俺を追い落としにくる言葉。
「――平然としているじゃないですか」
「グッ……いや、仕事柄こういうのには慣れてるだけで……」
「では、私も仕事柄慣れているんですよ」
なんとかやり込めようと言い訳したところで、逆に満面の笑みでやり返されるではないか。
凄腕諜報員を黙らせるとは……俺のいない合間に日本人は新人類へ進化したとでも言うのか!?
「とりあえず、どうする?」
「えーと……」
「まず、降ろして、あげないかね? これでは可哀想だ」
指揮を取ったのは言い合っている俺達ではなくオーナーだった。まぁ、最年長で一番落ち着きがありそうな人に従うのがベターだと皆判断したようだ。
戸惑う西尾さんは良いとして、まずは天風さんの言うように吊るしたままというのは忍びない。
「手伝うよ」
いくら細身のおばさまとは言え、オーナーだけでは辛そうなので俺が手を貸した。もちろん、現場に踏み入る前には写真などでの保存は忘れない。
姿を晒したままなのもと、床に遺体を降ろした後はシーツを掛けておく。
さて、ここからは案の定というか、推定通りに事が進む。
「この天気じゃ、まず、自殺か内部の犯行だよね……」
誰か――今回は宗方君だ――が、常識的な見地から状況を判断する。
「私は、何か、物音を聞いたから訪ねたわ……」
そこで、なぜ第一目撃者となったのかを天風さんが説明してくれた。
「人一人を梁に通して釣り上げるのは女性では無理だね」
「……」「……」「……」
さらにオーナーが指摘を加えて、正しいけど場を混乱させてしまう。ザワザワというオノマトペが聞こえてきそうなぐらい、皆の視線が男性陣を舐めていった。
降ろした人間だから言える感想だから否定できないし、今はこの綱渡りが必要なのである。
「ど、どうするんだよ!? この中に殺人犯がいるかもしれないなんて!」
当然、神経の細い西尾みたいなタイプは狼狽して不安を煽り立てる。それを否定する声もあるが、可能性を考えることは大事である。
「自殺という線は……?」
「皆で一箇所に集まって、見張り合うのが一番でしょ? 村田さん」
「天風さん……。なら、部屋から荷物を取ってくる。沖、ちょっとここで皆を見張っててくれ」
下手なフラグを立てずに提案してくれるのは嬉しい限りだが、これがあるから俺の仕事がやりづらくなるのだ。まぁ、この様子だと村田がボロを出すのを期待するのは無理か。
沖に中立を任せて、俺は部屋へと向かった。女性かつ、犯行時にオーナーといたであろう彼女が適任だと、誰もが認めるところだろう。安心して、各自が部屋から必要な荷物を持って集合することになる。
「わかりました」
「……悪いな。また頼むぜ」
答えを背中で聞きつつ部屋に入ると、俺は行動を開始した。
まず沖の荷物からネタ帳を取り出し、先程と同じように鍵開けセットでさっさと開けてしまう。一度やった作業なので、30秒もあれば事足りる。
次に、普段から使っているペンで事件につながるヒントを書き記していく。
最初の盗み見で、文字や文章のクセは完全に盗んでいるので簡単、簡単。
「おまたせ。これ、沖の分」
「おー、どうも、どうも」
「では下に行こうか」
荷物を丸々手渡し、全員が揃ったところでオーナーに従って共有スペースへと降りた。昼間のように椅子に座り、各々不安を抱えつつも時間が過ぎるのを待つ。
少しして、警察への連絡を終わらせたオーナーが戻ってくる。
「天気が落ち着かないと同しようもないようだね」
眼鏡の向こうで目を伏せつつ、責任を感じている様子で言った。予想していた通りで、即座に事情聴取で動けなくなるよりかはマシという状況。
部屋を出たところでちょうど、天風さんの悲鳴が上がった。廊下からでも、池田さんの部屋に入ろうとしている姿が見えた。
当然、俺は急ぎ足で駆け寄ると何も知りませんって顔で声を掛ける。さり気なく、腰を抜かしているのを助け起こそうとする紳士っぷりを見せておく。
「天風さん? 一体、何が?」
「あ、あ、あ……」
あれと指さそうとしながらも、声にならずおかしな声を繰り返すだけだ。それでも視線の向かう先は一方しかなく、誰もが池田さんの死体を見ることになる。
俺だけでなく、悲鳴で部屋から出てきた西尾さんと宗方君もだ。さらには1階から駆けつけてきたオーナーと沖。最後は、風邪で寝ていたという体の村田である。
「荒尾さん? 天風さん? どうし、た、よ……?」
「さっきの悲鳴は? ヒッ!」
まず、西尾が大きめの腹を抱えてやってくるとハングドレディを見て言葉を失う。続いて宗方君は、女性並に神経が細いのかヘナヘナと膝を折ってしまった。
「……」
「酷い……うッ」
彼らの反応で大体の覚悟が出来たオーナーに至っては、言葉こそ発さなかったが口元を抑えて辛そうにした。
村田は怯える振りをしつつ上手い具合に俺達の視界から外れた。見事な演技だよ全く。
しかし、最も気になるのは沖の反応だ。
「これは大変ですね」
「随分の落ち着いた様子じゃないか」
やぶ蛇になりそうだったが、ついつい聞いてしまった。
「あー、これは荒尾さん、何をされてたんです?」
まともな答えは返ってこなかったし、やはりこちらの方がヤバい立場になった。
「質問に答えてく」「荒尾さんだって――」
俺は押し切ろうとするも、沖に途中で遮られてしまった。
何事かと言葉を待てば、出てくるのは的確に俺を追い落としにくる言葉。
「――平然としているじゃないですか」
「グッ……いや、仕事柄こういうのには慣れてるだけで……」
「では、私も仕事柄慣れているんですよ」
なんとかやり込めようと言い訳したところで、逆に満面の笑みでやり返されるではないか。
凄腕諜報員を黙らせるとは……俺のいない合間に日本人は新人類へ進化したとでも言うのか!?
「とりあえず、どうする?」
「えーと……」
「まず、降ろして、あげないかね? これでは可哀想だ」
指揮を取ったのは言い合っている俺達ではなくオーナーだった。まぁ、最年長で一番落ち着きがありそうな人に従うのがベターだと皆判断したようだ。
戸惑う西尾さんは良いとして、まずは天風さんの言うように吊るしたままというのは忍びない。
「手伝うよ」
いくら細身のおばさまとは言え、オーナーだけでは辛そうなので俺が手を貸した。もちろん、現場に踏み入る前には写真などでの保存は忘れない。
姿を晒したままなのもと、床に遺体を降ろした後はシーツを掛けておく。
さて、ここからは案の定というか、推定通りに事が進む。
「この天気じゃ、まず、自殺か内部の犯行だよね……」
誰か――今回は宗方君だ――が、常識的な見地から状況を判断する。
「私は、何か、物音を聞いたから訪ねたわ……」
そこで、なぜ第一目撃者となったのかを天風さんが説明してくれた。
「人一人を梁に通して釣り上げるのは女性では無理だね」
「……」「……」「……」
さらにオーナーが指摘を加えて、正しいけど場を混乱させてしまう。ザワザワというオノマトペが聞こえてきそうなぐらい、皆の視線が男性陣を舐めていった。
降ろした人間だから言える感想だから否定できないし、今はこの綱渡りが必要なのである。
「ど、どうするんだよ!? この中に殺人犯がいるかもしれないなんて!」
当然、神経の細い西尾みたいなタイプは狼狽して不安を煽り立てる。それを否定する声もあるが、可能性を考えることは大事である。
「自殺という線は……?」
「皆で一箇所に集まって、見張り合うのが一番でしょ? 村田さん」
「天風さん……。なら、部屋から荷物を取ってくる。沖、ちょっとここで皆を見張っててくれ」
下手なフラグを立てずに提案してくれるのは嬉しい限りだが、これがあるから俺の仕事がやりづらくなるのだ。まぁ、この様子だと村田がボロを出すのを期待するのは無理か。
沖に中立を任せて、俺は部屋へと向かった。女性かつ、犯行時にオーナーといたであろう彼女が適任だと、誰もが認めるところだろう。安心して、各自が部屋から必要な荷物を持って集合することになる。
「わかりました」
「……悪いな。また頼むぜ」
答えを背中で聞きつつ部屋に入ると、俺は行動を開始した。
まず沖の荷物からネタ帳を取り出し、先程と同じように鍵開けセットでさっさと開けてしまう。一度やった作業なので、30秒もあれば事足りる。
次に、普段から使っているペンで事件につながるヒントを書き記していく。
最初の盗み見で、文字や文章のクセは完全に盗んでいるので簡単、簡単。
「おまたせ。これ、沖の分」
「おー、どうも、どうも」
「では下に行こうか」
荷物を丸々手渡し、全員が揃ったところでオーナーに従って共有スペースへと降りた。昼間のように椅子に座り、各々不安を抱えつつも時間が過ぎるのを待つ。
少しして、警察への連絡を終わらせたオーナーが戻ってくる。
「天気が落ち着かないと同しようもないようだね」
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