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第一話・雪山のペンションで
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またかよ畜生!
俺は内心で悪態をついた。
薄暗い天井裏に張り巡らされた梁を叩きたい気持ちになったが、存在がバレてしまうのでこらえる。何をそんなにと思うかもしれないが、この不幸を考えれば怒りたくもなるというもの。
人生のめぐり合わせみたいなものだから、腕の振り下ろしどころが見当たらないのも困る……。
「う、ぐぐぅ……」
そんな苦悶の声を上げたのは俺ではなく、天井の穴から覗き見れる初老の女性であった。
絶望を携えた表情は、苦しんで死を迎える者の顔。文字通り目下、殺人事件が発生している。
それを除けば至って普通の、雪山にある吹雪に閉ざされたペンションである。
普通の人間なら天井裏なんかで配線用に空けたであろう穴から覗き見なんてしていないし、殺人事件に対してもっとリアクションを取ることはず。しかし、俺は凄腕を自負するスパイだ。この程度で取り乱すほど温い場数は踏んでない。
今は、非常に不本意ではあるが、事が終わるのを待って目的を達成するしかない。
「村田さん、あ、あなた。おと……」
女性が首を絞められながらも、何かを言おうとした。それでも間に合わず、事切れることとなった。
俺と視線が交わったようにも思えたが、流石に気づかれてはいないはず。わかっていても、どうしようもない地点に来ている。
それにしてもまさか、日本に戻ってきて早々に連続して事件に遭遇するとは思わなかった。
目当てのものが見つからない今、この一件を片付けないことにはろくろく探索に着手することはできないだろう。
俺は、記憶の時間を遡って事件解決の糸口を探し始めた。
日を跨いで昼前ぐらいに戻る。
「――で、任務の資料がその……えー」
『かえ……荘よ。コードネーム……』
俺は、雪の壁に覆われた道に佇み電話をしていた。返事をしてくれたのは、所属している諜報機関の協力者だ。
答えについては大体で把握した。足がつかないようプリペイド携帯を買ったは良いが、場所も悪いせいかたまに明瞭でなくなる。
「かえで荘だな。わかった。探してみる」
『健闘を祈る。しかし、先……コンタクトでヘマさえ……ければ、こんなことまでしなくて済んだ……』
「勘弁してくれ。ありゃ、運が悪かったんだ」
辛辣な評価を投げてきたから、俺も弁明するしかなかった。
一度は任務の資料ならびに指示書類の受け渡しに失敗したが、今度こそ大丈夫だ。流石に、2度も3度も事件に巻き込まれることなんてないだろ。
「はぁ……。とりあえず、バスが来た。また連絡するから、そのときは一晩どうだい?」
霊峰を登るバスが来たため電話を終えようとして、一応、エージェントがレディーなのでデートに誘ってみた。
『通信終了後、この連絡網は完全に廃棄されます』
あっさりと一蹴され、本気か冗談かそんな言葉を残して通話が切れた。取り付く島もない断りに、俺はやれやれと首をすくめた。
目の前にバスが止まったので、暖かい車内へとステップを上っていく。
20人乗りくらいのマイクロバス。乗客は頭だけ見えるのを数えて2人か。
「どーも」
閑散とした車内を見渡し、先客に対して社交的な振る舞いを見せておく。車掌の顔は、客の少なさにうんざりしていそうなので、注視したところで気が滅入りそうだから止めた。
一応、周囲に気は配っているから大丈夫だ。世界に荒尾 利男の名を知らぬと言われたスパイだからな。
まぁ、名前だって本物かさえわからない。確かなのは、組織から与えられたコードネーム『ブラックマンバ』で呼んでおけばサマになるってことぐらいか。
「おっ」
そんなことを考えつつ、座席間の通路を進む。奥の乗客にたどり着くよりも前に俺は、中程の位置で窓側の席に座る女性の姿を見定めた。
横顔だけではあるが、ストレートのロングヘアーから覗く美貌に目を奪われた。
透き通るような色白の東北美人で、二重の目元はマタ・ハリさえ彷彿とさせる。憂うように車窓から雪の壁を見つめ、艶を携えた唇からため息を漏らす。
服装こそ野暮ったい厚手のコートやマフラーではあるものの、頬の線から相応のプロポーションだと想像できる。出ていて欲しいところは控えめか。
「……こほっ、こほっ」
俺が見つめていることに気づいて、別嬪さんは何度かの咳の後にマフラーで口元を隠した。
恥ずかしがり屋なのだろうか。
飛沫の――俺は気にしないが――飛散を防ぐ気遣いに愛想笑いを浮かべ、横の座席を指差す。
「ご一緒してよろしいか?」
「風邪気味なので……」
問いに対する答えは簡素で、拒否されているのがわかった。風邪のためかややハスキーな声音もまた、俺の心を引きつけて止まない。
これまで出会ってきたボ○ドガール達にはいないタイプで、新たな番号が追加されることだろう。
俺は焦る気持ちを抑えて、肩をすくめた後に直ぐ後ろの席を確保した。
ロングスカートという出で立ちで荷物は少ないようなので、スキー客といった感じではない。少し世間話程度はしてみるか。
俺は内心で悪態をついた。
薄暗い天井裏に張り巡らされた梁を叩きたい気持ちになったが、存在がバレてしまうのでこらえる。何をそんなにと思うかもしれないが、この不幸を考えれば怒りたくもなるというもの。
人生のめぐり合わせみたいなものだから、腕の振り下ろしどころが見当たらないのも困る……。
「う、ぐぐぅ……」
そんな苦悶の声を上げたのは俺ではなく、天井の穴から覗き見れる初老の女性であった。
絶望を携えた表情は、苦しんで死を迎える者の顔。文字通り目下、殺人事件が発生している。
それを除けば至って普通の、雪山にある吹雪に閉ざされたペンションである。
普通の人間なら天井裏なんかで配線用に空けたであろう穴から覗き見なんてしていないし、殺人事件に対してもっとリアクションを取ることはず。しかし、俺は凄腕を自負するスパイだ。この程度で取り乱すほど温い場数は踏んでない。
今は、非常に不本意ではあるが、事が終わるのを待って目的を達成するしかない。
「村田さん、あ、あなた。おと……」
女性が首を絞められながらも、何かを言おうとした。それでも間に合わず、事切れることとなった。
俺と視線が交わったようにも思えたが、流石に気づかれてはいないはず。わかっていても、どうしようもない地点に来ている。
それにしてもまさか、日本に戻ってきて早々に連続して事件に遭遇するとは思わなかった。
目当てのものが見つからない今、この一件を片付けないことにはろくろく探索に着手することはできないだろう。
俺は、記憶の時間を遡って事件解決の糸口を探し始めた。
日を跨いで昼前ぐらいに戻る。
「――で、任務の資料がその……えー」
『かえ……荘よ。コードネーム……』
俺は、雪の壁に覆われた道に佇み電話をしていた。返事をしてくれたのは、所属している諜報機関の協力者だ。
答えについては大体で把握した。足がつかないようプリペイド携帯を買ったは良いが、場所も悪いせいかたまに明瞭でなくなる。
「かえで荘だな。わかった。探してみる」
『健闘を祈る。しかし、先……コンタクトでヘマさえ……ければ、こんなことまでしなくて済んだ……』
「勘弁してくれ。ありゃ、運が悪かったんだ」
辛辣な評価を投げてきたから、俺も弁明するしかなかった。
一度は任務の資料ならびに指示書類の受け渡しに失敗したが、今度こそ大丈夫だ。流石に、2度も3度も事件に巻き込まれることなんてないだろ。
「はぁ……。とりあえず、バスが来た。また連絡するから、そのときは一晩どうだい?」
霊峰を登るバスが来たため電話を終えようとして、一応、エージェントがレディーなのでデートに誘ってみた。
『通信終了後、この連絡網は完全に廃棄されます』
あっさりと一蹴され、本気か冗談かそんな言葉を残して通話が切れた。取り付く島もない断りに、俺はやれやれと首をすくめた。
目の前にバスが止まったので、暖かい車内へとステップを上っていく。
20人乗りくらいのマイクロバス。乗客は頭だけ見えるのを数えて2人か。
「どーも」
閑散とした車内を見渡し、先客に対して社交的な振る舞いを見せておく。車掌の顔は、客の少なさにうんざりしていそうなので、注視したところで気が滅入りそうだから止めた。
一応、周囲に気は配っているから大丈夫だ。世界に荒尾 利男の名を知らぬと言われたスパイだからな。
まぁ、名前だって本物かさえわからない。確かなのは、組織から与えられたコードネーム『ブラックマンバ』で呼んでおけばサマになるってことぐらいか。
「おっ」
そんなことを考えつつ、座席間の通路を進む。奥の乗客にたどり着くよりも前に俺は、中程の位置で窓側の席に座る女性の姿を見定めた。
横顔だけではあるが、ストレートのロングヘアーから覗く美貌に目を奪われた。
透き通るような色白の東北美人で、二重の目元はマタ・ハリさえ彷彿とさせる。憂うように車窓から雪の壁を見つめ、艶を携えた唇からため息を漏らす。
服装こそ野暮ったい厚手のコートやマフラーではあるものの、頬の線から相応のプロポーションだと想像できる。出ていて欲しいところは控えめか。
「……こほっ、こほっ」
俺が見つめていることに気づいて、別嬪さんは何度かの咳の後にマフラーで口元を隠した。
恥ずかしがり屋なのだろうか。
飛沫の――俺は気にしないが――飛散を防ぐ気遣いに愛想笑いを浮かべ、横の座席を指差す。
「ご一緒してよろしいか?」
「風邪気味なので……」
問いに対する答えは簡素で、拒否されているのがわかった。風邪のためかややハスキーな声音もまた、俺の心を引きつけて止まない。
これまで出会ってきたボ○ドガール達にはいないタイプで、新たな番号が追加されることだろう。
俺は焦る気持ちを抑えて、肩をすくめた後に直ぐ後ろの席を確保した。
ロングスカートという出で立ちで荷物は少ないようなので、スキー客といった感じではない。少し世間話程度はしてみるか。
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