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QUEST16.鳥蛇は狡猾に

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 しかし、単なる木登りと言っても"ゲールペント"のいる木よりも高いモノへだ。並の冒険者であれば得手不得手こそあっても大抵が可能である。

 それでも見ての通り、ミランダの片腕は無骨な棒でしかない。

「これで、この高さを?」

 ミランダは自分の仮の腕をロイスに見せながら、改めて可能だと考えるかを問うた。二の腕との接続は十分だが、棒の表面に摩擦が少なく幹をホールドするのは難しかった。

「僕が支えるよ。ゆっくりで良いからね」

 ロイスは答え、ミランダの手と手をつないで登り始めた。

 二人の両腕が太い木を包み、腕に片足にもう片足にと順番に動かして空へと向かう。

 ――ヒュルルルルルルルルルルル?

 流石に"ゲールペント"も気づきはしたものの、少し離れたところで木登りをする二人の考えを読みあぐねたようだ。

 同じ高所から攻撃してくる敵もいたことだろう。そのため、枝葉が攻撃の射線を塞ぐような位置取りをしている。

 ロイスとてそれはわかっていて、樹上へとなんとかたどり着いた後も何もせずとどまった。

「ハァ、ハァ……。で、どうするの?」

「まぁ、まずはここまで。後は少し待てば良いよ」

 ミランダはなんとか呼吸を整えつつロイスに聞くが、彼は涼しい顔のままで答えた。ミランダもこれにはさらなる戸惑いを浮かべるしかなかった。

 だからといって何ができるわけでもなく、二人と一匹は膠着状態でただただ見つめ合う。

 事が動いたのはそれから2分もしたかどうかというころ。ザッザッと草木をかき分けてくる音がするではないか。

「あれは?」

「シィ~」

 見えた人の姿にミランダが反応しかけ、ロイスはそれを黙らせた。

 次に二人と一匹が見下ろすことになったのはチェシーである。

「ハァ、ハァ……やっと撒いたか……」

 周囲を確認しつつ向かってくるチェシーは、毒づいて汗を拭った。

 セーラから逃げ切って安堵しているようだが、それは大間違えだ。

「あ? ここが巣かぁ。ラッキーだね」

 見上げたところで"ゲールペント"と目が合い、チェシーは自らの立場も理解せず喜んだ。

 逃げ切ったのではなく、セーラに誘い込まれた。チェシーはそのような事実にも気づかず、"ゲールペント"だけに視線を向けながら近くの遺跡の壁へと飛び乗る。

 が、こちらは"ゲールペント"のトラップだ。髪の毛をネバネバの液で固められている今、チェシーが射角をとるために瓦礫の割れ目を利用することがわかっていたのである。

「あれ? アレ? あっれぇ~ッ???」

 気いたときには既に遅く、"ゲールペント"の用意した粘液プールに浸かって身動きできなくなっていた。

 ――クーケッケッケッケッ!

 見事に罠にかかったチェシーを見下ろし――見下し――て、"ゲールペント"はクチバシを広げて笑った。

「あ……こんちくしょー! お前、堂々と戦え!」

 チェシーは漸くそこで意図を理解し、このこのと抵抗をして見せるが無意味に終わる。もはや手詰まりだ。

 何もできなくなった獲物に当然ながら"ゲールペント"は飛びかかる。ただ、ここで一つだけ判断ミスがあった。

 "ゲールペント"は、ロイス達がいる樹上からこちらへ大した攻撃ができないものと高をくくっていたのである。攻撃の予兆すら見せていないのだから、そう断ずるのも無理からぬ事だが。

 ――シュロロロロロロロッロ?

 丸い目が人影を捉えた瞬間、完全に判断を誤ったことがわかった。

 ほんの1秒ほど前にロイスは、ミランダを抱くようにして宙へ飛び出していたのである。

「ちょっ! ひゃわあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ミランダは抗議の声を上げるも、すぐに悲鳴へと変わり自由落下を始めた。目標は地面ではなく、獲物チェシーへ狙いを定めた"ゲールペント"だ。

 ――シュッロッロロロロロロロロォォォォォォォォォッ!!

 一対の翼では長い体を急旋回させることはできず、回避方向を先読みしていたロイスの文字通りなドロップキックを受けた。二人分の質量を乗せた蹴りを受けて、"ゲールペント"は飛行を続けられず地面へと叩き落される。

 細身とは言え長身。蹴り飛ばされてロイス達よりも先に地上へと到着した"ゲールペント"は、ドォーンと大地を叩き細長いクレーターを作った。

 ――シュゥゥゥゥゥゥゥロッ!

 痛みに呻きのたうつも、流石は"巨獣"のタフネスであった。

 ――シャァァァァァアァァァァァァッ!!

 ロイス達の着地よりも早く上体を起こした"ゲールペント"は、強敵に対して本気の威嚇をして見せた。

「まぁ、この程度で倒せるとは思ってなかったけどね」

「うへぇ……」

 ロイスは怖じ気た様子もなく戦闘体勢に入った。ミランダはなんとも言えない表情をするも、わざわざ討伐の依頼を受けるほどなので見た目に怯えたわけでもないはずだ。

 しかして、開いた大口から飛び出る二枚舌の動きを見れば大抵の人間は気色悪さを覚えるもの。さらには、口腔から発される生臭さとも濃縮した錆とも言えない臭気を受ければ、怯むのも無理からぬことだろう。

「くる!」

 ――シュロッ! ロロロッ!

 ロイスが言った通り、少しと待たず"ゲールペント"は突進を繰り出してきた。
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