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QUEST15.密林の猫

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「……」

「セーラ?」

 旧都と呼ばれるその遺跡群を、セーラが立ち止まり見つめたためロイスは声をかけた。

 旧都はボパーリア人の信仰の中心地である。出生こそ曰くがあり記憶のない、それでも巫女の娘であるセーラには何か感じ取れるものがあるのだろう。

「んん、やっぱり抜け殻」

 いや、逆に感じ取れなかったからこそ立ち止まったようだ。

 このような孤島を首都として扱ったのは、大霊峰こと天上の石スカーリックにこそ神が住まうとされていたからである。そこに下々の者が住むなど恐れ多いとしていたが、アリス人からすれば見解は違った。

 いや、アリス人の見解の方が正しいかもしれない。

 これは大昔の物語だ。神が己らのギフトで背徳の限りを尽くした人々に怒り、暴虐を振るい始めたがため英雄が封じたとされている。

「まぁ、確かに、神様とやらが何事もなければ守ってくれただろうしね」

 ロイスは答えた。もしかしたら愛想を尽かしているかも、などと付け加えつつ。

 そんな様子を、ミランダは良くわからないといった様子で眺める。が、直ぐに嫉妬したりする時間もなくなる。

「!?」

 ――シュルルルルルルルルッ!

 ミランダが見上げれば、甲高い鳴き声を響かせて通り過ぎていく長い影。クチバシを持ったトボケ顔の、空飛ぶ蛇とも言うべき様相は確かに"ゲールペント"だった。

「まてぇいッ!」

 続けてやってきたのは、風もないのにロングヘアーをなびかせる女性だった。フワフワと踊るように無秩序な動きの橙色の髪には似合わず、怒鳴る声は空気を絹を裂くようだった。

「あッ」「あッ」「ん」

「はへ?」

 4人は、飛び去る"ゲールペント"のことを忘れて顔を見合わせた。それも数秒ともたず、まずチェシーが標的を逃すまいと動く。

「ちょこまかとしやがって!」

 チェシーは、比較的に好戦的ではない"ゲールペント"を捉えるのに難儀している様子だった。

 しかし、チェシーの都合などロイスからしてみれば二の次である。

「待った」

「なんッ。邪魔するチッ!」

 まず話から持ちかけようとロイスは制止しようとするが、その時間を"ゲールペント"が許してくれなかった。チェシーの追跡に辟易したのだろうか、その動きを止めるために戻ってきた。

 ――シュロロロロロロロロッ!

 ――ガフッ!

 大きなクチバシが開いて、そこから白く濁った液体が発射された。

 ――ガフッ!

 ――ガフッ!

 連続して数発がロイス達のいる地点へと投下され、皆は回避を試みた。

 吐き出された液体はやや刺激臭を伴っているが毒ではなく、粘性を持ったものである。毒のような餌の捕獲手段を持たない"ゲールペント"は、このトリモチとも言える粘液を用いて動きを止めた後で相手を丸呑みにする。

「げぇッ! こいつ……!」

 回避しきれなかったチェシーにその粘液が飛び跳ね、髪が汚れことに怒りをあらわにした。

 それでも、飛び去っていく"ゲールペント"を追いかけたかったのを踏みとどまったのはロイス達を邪魔者と判断したからである。

「さいならッ」

 武器は腰に巻いた鞭と思われるが、"ギフト"の性能を落とされた今では3人を相手するのは無理だった。チェシーの判断は的確だと言えた。

「あッ、待って!」

 ロイスは止めようと声をかけるも、既に走り去ってしまったチェシー。

 まだ『冒険者不正取締官』としての名乗りも罪状も宣言していない今、まだ任務の執行には至らない。ただ、ロイスはそれを追わなかった。

「セーラ、そっちはお願い」

「ん」

 代わりにセーラへと指示を出した。セーラもそれを引受けた。

 単純に追いかけても良いのだが、森での活動に一日の長を持つチェシーが罠を用意していないとも限らない。

「ミランダ、こっちはクエストの方を終わらせよう」

 さらには人数の有利を利用して、獲物の横取りを目論んだのだ。当然、それでが目撃ではなかったが。

「うん!」

 ミランダとしてはそうした画策など考慮の内ではない。ただ嬉しげに返事を返して、ロイスの後に続くのだった。

 中心方向へと向かうロイス達と、北へと向かうセーラ。二手に分かれてから10分も"ゲールペント"と追いかけっこをしたか。

 まだ海の見えない森林の中、巣と思しき遺跡群の壁に囲まれた地点で漸く立ち止まることができた。

「巣かしらね?」

「あぁ、うまい具合に砦を作ってるみたいだ」

 ミランダが岩陰から覗き込んで状況判断に努め、ロイスは先立って攻略方法を模索した。

 大きめの木を中心に遺跡群が存在しているため、一気に畳み掛けるということが難しい。突入口が限られていることで、こちらの動きが読まれ易いという点もある。

 ロイス一人であれば一気に畳み掛けることもできたが、ミランダの実力アップにはつながらないので止めておいた。

 そしておもむろにミランダを見ていう。

「木登り――」

「え?」

 当然ミランダは不思議な単語に混乱しかけた。

 何のことはない。子供のお遊びについて言及しているだけである。

「――しようか」

「う、うん……」

 そんな遊びの誘いに、わけもわからない内にうなずいてしまったミランダ。
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