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QUEST11.黒き奴隷の少女
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「まぁ、どうするかは君の自由だ」
少女の言葉を遮るようにして、ロイスは振り返るとジドニアーへの旅程を再開しようとした。どうあれ、少女の行く末に関わるのは仕事の含まれていなかった。
少女は、ただ一人残され、呆然と呟く。
「一人で、生きていけるほど、強くない」
ロイスにそんな声は聞こえていなかったものの、ここに残されても野垂れ死ぬ前に"巨獣"の餌食だろう。いや、そちらの方がマシとさえロイスは考えていた。
逃亡奴隷の運命など、上手くいかなければ隠れ潜んでいる間に飢え死ぬか、新たに奴隷として捕まるか。後者の場合、逃亡したという前例がある分、苛烈な管理や使役が行われることだろう。
「……」
「……」
立ち去ろうと馬車の回収に勤しむロイスを、カバンから突き出た腕が制止させていた。カバンを担ぎ上げられた状態で服を引っ張られても影響はないのだが、セーラが止める気持ちもわからなくはなかった。
セーラの褐色が入った肌を見て気づく者も多いが、日に焼けているわけではなくちゃんとした理由がある。
セーラは、アリス人の父親とボパーリア人の母親の間に生まれたハーフだ。そのため、ロイスはカバンに入れて担いでいくという面倒な出掛け方をしているわけである。
出生などという重たい話を差し置いても、セーラとしては御者の少女を放っておくのが忍びなかったのだろう。
「はぁ~。セーラは……まったく」
ロイスは呆れて頭を掻くが、否定の言葉は出てこなかった。
ロイスの仕事に奴隷の保護は含まれていないが、彼は意外と怠惰なのである。
「ご飯は、料理とかできる?」
そう少女に問うロイス。
「えっと、はい、一通りの家事や雑務は」
少女は、何を聞かれたのかまだわからない様子で答えた。
「わからないかな。僕らが君を雇うよ」
ボパーリア人だが流暢なアリス語を話すので問題と思っていたが、ロイスは端的な言葉を選び改めて少女に伝えた。もし使用人を雇う必要性があるとすれば、ロイスとセーラに出来ない食事管理のためくらいであった。
少女は身を起こし、フードが脱げていることも気にせずロイスに駆け寄る。自分でカットしているのか、ウルフヘアーの赤髪が激しく揺れる。
「エミューと申します、ご主人様。以後、よろしくおねがいします」
喜びを抑えて礼儀正しく振る舞うエミュー。しかし、そこには新たな主人に媚びようという態度が透けて見えた
ジョンの奴隷に関する扱いを見ていれば、エミューがロイスに気に入れられようとするのもわかる。悪いというわけではないが、ロイスはそのように見られている状況に不満があった。
「僕は基本的に、君を自由にさせておくよ。妹もボパーリアの巫女の血が流れてるから。それから、ロイスとセーラだよ」
「……あぁ」
ロイスの言葉を聞いて、エミューは考えを改めたようだ。
「よろしくおねがいします。ロイスさん、セーラさん」
「じゃあ、馬車をお願い」
「はい」
ジョン相手に生きてこられた程度には順応性が高いようで、ロイスもよろしいとばかりにうなずいて行動を開始した。エミューもロイスのお願いを聞いて、自分にできることを始めた。
セーラはというと、受付嬢を起こすとカバンから出られないためそのまま引っ込んでいる。ただ、エミューを救ってくれた兄に対して感謝を示しているのか、革の向こう側から頬ずりしている。
「はいはい。もう動かないで」
甘えるセーラを制止して、漸く受付嬢を起こすのに取りかかれた。
「大丈夫ですか?」
「ゴガァ~」
受付嬢は寝ていた。
「……おーい」
こちらは少しだけは大変な思いをしたというのに、無傷な上にただ寝ているというのだ。意識を失った後、対してダメージを受けることなく精神が逃避に走ったのだろう。
これぐらい図太くないと、ジョンの下で働けなかったのかもしれない。
「はぁ~。お、き、ろッ」
「あ、痛ッたぁ~! 鼻がぁ~! もげて、なぁいぃ~ッ?」
埒が明かないとみるや、ロイスは受付嬢の鼻っ面にデコピンを食らわせた。S級冒険者でもあるロイスが普通レベルの攻撃を与えた場合、本当に鼻が削がれかねない。は言い過ぎとしても、鼻骨が砕けるだろう。
こうして、なんとか受付嬢を無傷で救い出し、エミューも馬車を立て直したことで出発の準備が整う。
「酷いですマー……あ、あれ? 貴方がいるってことは、私は化け物の腹の中……?」
「いえ、生きてますって。なんとか追い払いましたので、とりあえずジドニアーに向かいましょう」
詳しい説明は端折りつつも、まだ寝ぼけている受付嬢を出発へと促した。抑えている鼻の悶えるほどの痛みは現実だ。
当然、ジョンの無事を確認すべく周囲を見渡す受付嬢。
「えっと、ギルド長は?」
「あまり見ない方が良いです。残念ながら……」
「あぁ……」
こればかりは誤魔化しようもなく、人為的な傷を見せないためにも遺体を背に隠した。受付嬢も、すぐにロイスの言いたいことを常識的な範囲で察して目を伏せた。
護衛の依頼を失敗したという経歴は残るものの、それが響くのは現役冒険者であるロイスくらいだろう。が、受付嬢が気にするのはそこではなく、囮を使った挙げ句に目的が叶わなかったことである。
少女の言葉を遮るようにして、ロイスは振り返るとジドニアーへの旅程を再開しようとした。どうあれ、少女の行く末に関わるのは仕事の含まれていなかった。
少女は、ただ一人残され、呆然と呟く。
「一人で、生きていけるほど、強くない」
ロイスにそんな声は聞こえていなかったものの、ここに残されても野垂れ死ぬ前に"巨獣"の餌食だろう。いや、そちらの方がマシとさえロイスは考えていた。
逃亡奴隷の運命など、上手くいかなければ隠れ潜んでいる間に飢え死ぬか、新たに奴隷として捕まるか。後者の場合、逃亡したという前例がある分、苛烈な管理や使役が行われることだろう。
「……」
「……」
立ち去ろうと馬車の回収に勤しむロイスを、カバンから突き出た腕が制止させていた。カバンを担ぎ上げられた状態で服を引っ張られても影響はないのだが、セーラが止める気持ちもわからなくはなかった。
セーラの褐色が入った肌を見て気づく者も多いが、日に焼けているわけではなくちゃんとした理由がある。
セーラは、アリス人の父親とボパーリア人の母親の間に生まれたハーフだ。そのため、ロイスはカバンに入れて担いでいくという面倒な出掛け方をしているわけである。
出生などという重たい話を差し置いても、セーラとしては御者の少女を放っておくのが忍びなかったのだろう。
「はぁ~。セーラは……まったく」
ロイスは呆れて頭を掻くが、否定の言葉は出てこなかった。
ロイスの仕事に奴隷の保護は含まれていないが、彼は意外と怠惰なのである。
「ご飯は、料理とかできる?」
そう少女に問うロイス。
「えっと、はい、一通りの家事や雑務は」
少女は、何を聞かれたのかまだわからない様子で答えた。
「わからないかな。僕らが君を雇うよ」
ボパーリア人だが流暢なアリス語を話すので問題と思っていたが、ロイスは端的な言葉を選び改めて少女に伝えた。もし使用人を雇う必要性があるとすれば、ロイスとセーラに出来ない食事管理のためくらいであった。
少女は身を起こし、フードが脱げていることも気にせずロイスに駆け寄る。自分でカットしているのか、ウルフヘアーの赤髪が激しく揺れる。
「エミューと申します、ご主人様。以後、よろしくおねがいします」
喜びを抑えて礼儀正しく振る舞うエミュー。しかし、そこには新たな主人に媚びようという態度が透けて見えた
ジョンの奴隷に関する扱いを見ていれば、エミューがロイスに気に入れられようとするのもわかる。悪いというわけではないが、ロイスはそのように見られている状況に不満があった。
「僕は基本的に、君を自由にさせておくよ。妹もボパーリアの巫女の血が流れてるから。それから、ロイスとセーラだよ」
「……あぁ」
ロイスの言葉を聞いて、エミューは考えを改めたようだ。
「よろしくおねがいします。ロイスさん、セーラさん」
「じゃあ、馬車をお願い」
「はい」
ジョン相手に生きてこられた程度には順応性が高いようで、ロイスもよろしいとばかりにうなずいて行動を開始した。エミューもロイスのお願いを聞いて、自分にできることを始めた。
セーラはというと、受付嬢を起こすとカバンから出られないためそのまま引っ込んでいる。ただ、エミューを救ってくれた兄に対して感謝を示しているのか、革の向こう側から頬ずりしている。
「はいはい。もう動かないで」
甘えるセーラを制止して、漸く受付嬢を起こすのに取りかかれた。
「大丈夫ですか?」
「ゴガァ~」
受付嬢は寝ていた。
「……おーい」
こちらは少しだけは大変な思いをしたというのに、無傷な上にただ寝ているというのだ。意識を失った後、対してダメージを受けることなく精神が逃避に走ったのだろう。
これぐらい図太くないと、ジョンの下で働けなかったのかもしれない。
「はぁ~。お、き、ろッ」
「あ、痛ッたぁ~! 鼻がぁ~! もげて、なぁいぃ~ッ?」
埒が明かないとみるや、ロイスは受付嬢の鼻っ面にデコピンを食らわせた。S級冒険者でもあるロイスが普通レベルの攻撃を与えた場合、本当に鼻が削がれかねない。は言い過ぎとしても、鼻骨が砕けるだろう。
こうして、なんとか受付嬢を無傷で救い出し、エミューも馬車を立て直したことで出発の準備が整う。
「酷いですマー……あ、あれ? 貴方がいるってことは、私は化け物の腹の中……?」
「いえ、生きてますって。なんとか追い払いましたので、とりあえずジドニアーに向かいましょう」
詳しい説明は端折りつつも、まだ寝ぼけている受付嬢を出発へと促した。抑えている鼻の悶えるほどの痛みは現実だ。
当然、ジョンの無事を確認すべく周囲を見渡す受付嬢。
「えっと、ギルド長は?」
「あまり見ない方が良いです。残念ながら……」
「あぁ……」
こればかりは誤魔化しようもなく、人為的な傷を見せないためにも遺体を背に隠した。受付嬢も、すぐにロイスの言いたいことを常識的な範囲で察して目を伏せた。
護衛の依頼を失敗したという経歴は残るものの、それが響くのは現役冒険者であるロイスくらいだろう。が、受付嬢が気にするのはそこではなく、囮を使った挙げ句に目的が叶わなかったことである。
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