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QUEST6.戦闘開始

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 そうした経緯はさておき、今回は運が悪かったのか"巨獣"の監視に引っかかってしまったらしい。

「どうやら、すでに囲まれているようです」

 石柱を転げ落ちてくる小石に、ロイスが真っ先に気づいた。不穏な気配自体は以前から感じ取っていたが。

「!?」

 ジョンが馬車から顔を出して周囲を確認した。

「あ、あれッ」

 受付嬢がそう言って見上げた崖の頂上から現れたのは、耳が大きく長い白毛の毛深い生物だ。もっと小ぶりで鋭い牙が生え並んでいなかったのなら、愛玩動物としての道もあったことだろう。

「"ホワイラー"か……。脅かしやがって」

 毛むくじゃらの胴長な生物を見つけて、ジョンは安堵したように言った。

 "ホワイラー"は人ほどの大きさをした逆関節を持った直立型の"巨獣"で、集団による素早い襲撃を得意としている。"バッシュドラゴン"のようなフィジカルはないものの、その数メートルに及ぶ跳躍力は並の冒険者には厄介である。

「そのまま通り抜けろ。刺激せず縄張りから抜ければ、そうそう襲ってくる奴らじゃない」

 ジョンは御者に指示を出し、彼女も静かに馬車を進ませた。

 しかし、それはまだ"ホワイラー"というものを完全に理解していない冒険者の判断である。ロイスはこのまま通り抜けることの危険性を考え行動に移す。

「セーラ、起きてるでしょ」

「……」

 ロイスが呼びかけると、セーラはカバンからモゾモゾと出てきた。

 やや緊張している状態へと落ち着いた馬車周囲に気づかれないよう、音と気配を消しつつ行動する。セーラに一つの指示を出すと、ロイスはジョンと受付嬢の意識を引きつける。

「もう少しゆっくり走らせられません? 蹄の音に"ホワイラー"達が反応を示しているような気がします」

「これ以上遅くしたら、いざというときに速度が足りなくなります……。逃げ切れるかどうか……」

 御者へと提案するも、そのあたりはちゃんと把握しているらしく反論された。馬車の速度は必要な要素ではなく、視線が外へと向いたすきにセーラが動く。

 ロイスが伸ばした足にさらにセーラの足が絡み、馬車の中へと手が届くほどまでに延長される。セーラはジョン達が顔を出している方とは反対の窓から上半身を滑り込ませた。

 荷物の中に受付嬢の武器である小型の砲筒ほうづつがあり、それを勝手に弄るのである。

 ――ターンッ!

 引き金を操ると同時に火薬の爆破音が響き渡り、押し出された円錐形の金属片はあらぬ方へと飛んでいった。別に攻撃することが目的ではないので良い。

「ッ!?」

「ナッ!」

 近くで発生した音にジョンと受付嬢は驚いた。

 セーラは、わずかなジョン達の硬直時間を利用して馬車から抜け出し荷台へと戻ってくる。セーラがさっさとカバンをかぶり姿を隠すと、さらにロイスが言葉を続ける。

「な、何だ!?」

「砲筒が勝手に! 古いせいッ?」

「暴発ッ? 刺激した以上は、無視できませんよ!」

 騒ぐジョンと受付嬢を差し置いて、ロイスのなんとわざとらしいセリフを吐いたことだろうか。

 ――アギャァ!

 ――アギャァッ!

 "ホワイラー"達は銃声にやや驚きながらも威嚇程度と考えたか、身を隠すことなくこちらを見下ろしてきている。この程度で交戦状態になるのであれば、最初から"ホワイラー"は策など弄さないだろう。

 そう、ロイスは道の先にある足元の悪くなっている地点を見て、敵が待ち伏せをしていることに気づいたのだ。

「先に行きます!」

「おん?」

 ロイスはセーラをカバンに突っ込むと、自ら"ホワイラー"の陽動部隊を抑えるべく馬車から飛び降りた。移動する馬車から身を投げ出すなど、可能な限り速度を落としていたとしても普通ではない。ゴロゴロとカバンを抱えながらも転がり、無傷で地面へと胴体着地したのだった。

 ジョン達が声をかける暇もなく、ロイスはカバンを背負い短剣を引き抜くと駆けていく。

「なッ、あ、おい! クソッ! 俺達も行くぞ! 馬車止めろ!」

「えぇッ! えぇ!」「はいぃ!」

 ジョンの指示に従って、戸惑っていた受付嬢も1メートルほどの砲筒を取り、御者も慌てて馬車を止めた。不正を働いていようとも、一応はギルドの長として戦斧を握りしめ駆けていくのだった。

 だいたい同時くらいに、攻勢に出たロイス達を確認して"ホワイラー"達も動き出す。本来ならこちらの逃走と足を削ってから挟撃するつもりだったのだろうが、追い立てれば良いと判断してくれたようだ。

 ――アギャギャァッ!

 まず、一匹目の"ホワイラー"が様子見とばかりにロイスへと飛びかかってきた。

 ロイスはそれを全身で受け止めてしまった。この程度であればB級冒険者でも回避できただろうが、元々ロイスにとっては避けるほどのものではなかったのだ。

「うわっ! ひ、ひぃッ!」

 ――アギャァァァァァァァァァァッ!

 表向きは、もみ合った際にうまい具合に短剣が突き刺さって倒せたという演出のつもりだった。こうして、"ホワイラー"の絶命の叫びとともに他の"ホワイラー"も動き出した。
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