底辺冒険者は不死身の不正ランカー取締官でした。S級へのつまずかない昇り方教えます

AAKI

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QUEST1.力ある者達

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 ロイスの体は浮き上がり、隆々とした薄緑の巨体とそれに咥えられたミランダと一緒に、山肌を転げ落ちていった。

「アッ、アァァァァァァアァァァ――ッ」

「キャァァァアァァァァァァァァッ!!」

 二人の悲鳴が落ちていき、森の中に消えた。

 グラディスはその様子を見送り静かに舌打ちをする。

「……チッ」

「……」

 誰にも聞こえていないというより、その場に残ったマーゴットも負傷と出来事の思い返しでその余裕がなかったのだろう。

 時間にして60を数えるかどうかくらい前である。ここより更に山尾の上、まるで滑空するかのように――実質ほとんど飛行などせず近づいてくる影があった。人の数倍はある巨体をうまい具合に横向きで滑らせ、完全に油断していたミランダを捉える。

 グラディスに謝罪するロイスを見ていられなくなったマーゴットが手を貸そうとするも、事はそれよりも早く動いてしまったのである。

「キャァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァッ!!」

「ッ!」

 ミランダの悲鳴が上がるのが早かったかどうか、グラディスも異常に気づいて剣を抜いた。

 ミランダの細腕を鋭い歯の生え並んだ口で咥え、引きずるようにして地面に降り立ったのは薄緑の巨体。トントンッと大きな2本の後ろ足で上手く着地の勢いを抑えることで、餌場の踏み固められた地面に痕跡を残しにくくしている。

 意外な賢さを備えた板状の頭部を持つ化け物は、鋭い目で残る3人を睨めつける。

 ――グルルルルルゥ。

「"バッシュドラゴン"! クッ、マルティさん!」

 ロイスの叫んだ名の通り、盾を思わせる硬質化した頭部の肌を持つ飛行型爬虫類である。その盾による体当たり攻撃がメインでありながらも肉食。

 放っておけば目の当てられない状態になるため、ロイスは腰の短剣を引き抜き駆け出す。

「マーゴット! 罠を拾え!」

 その様子を見ているグラディスも、流石に指示を出した。

「えッ? あッ」

 唐突な命令だったものの、マーゴットはなんとか理性を取り戻して動いた。ミランダの落とした簡易トラップが、今やどれだけ重要かはわからないが。

 しかし、"バッシュドラゴン"の知能かそれとも偶然か、振り回した太い尾がマーゴットを叩いた。

「グアアァァァァァッ!」

 その一撃は突進よりも優しいとは言え、人ほどの生物ならたまらずのたうち回るほどだ。

 それでもなお、光明を求めてカバンへと這って向かう。

「グッ……。ハァ、ハァ……」

 ――グルゥゥアァァァ。

 "バッシュドラゴン"は、ロイスよりも怪しい動きをしているマーゴットに意識を向ける。

「こっちだよ!」

 ロイスとて、諦めることなく巨大な荷物を抱えつつも"バッシュドラゴン"の意識を自分に向けさせようとした。それが功を奏したのか、別の何かが琴線に触れたのかはわからないが、"バッシュドラゴン"はロイスに向けて突進攻撃を開始する。

「くぅ……取った!」

「避けろ、間抜けッ!」

 マーゴットがトラップセットの入ったカバンを拾い上げたあたりで、グラディスが3つの塊が錐揉みしながら眼下へ落ちていくのを目撃するのだった。

「面倒クセェ……」

 グラディスは、木々に覆われて消えた仲間を心配する素振りなどなく呟いた。そして、負傷しているマーゴットの手当さえせずに罠を拾い上げる。

「あ……」

「先に行ってるから早くこいよ」

 それだけ言うと、グラディスは無情にももと来た道を戻って行った。

 非情な男の背中を見送ったマーゴットは、なんとか体を起こして岩肌に背を預ける。

「仕方ない。使うしかないか……」

 マーゴットも何ら手立てがないわけではないと、小さく呟くのだった。

 一方、先行したグラディスは山を下り森へと入っていった。木々をかき分け目測で落下地点へと向かい、なんとかたどり着く。

「あった。あー、"バッシュドラゴン"の死体と、デカカバンだけか?」

 グラディスが周囲を見渡しても、見つかるのは目立つ2つだけで二名の遺体らしきものはなかった。

「生きててくれる方が、いちいち追悼しなくて良いし報告書も書かなくて良いんだが」

 更に奥へと転がっていったか、まだ生きていて避難しているだけか。どちらにせよ、グラディスに調べている時間はなかった。

 ――グルゥゥゥ。

「チッ、まだ生きてやがったか」

 さすがの巨体というべきか、下顎を大きく損傷しつつもその並外れた生命力は尽きていなかった。グラディスはやや驚きながらも、珍しいことではないと諦めたように剣を抜いた。

 とはいえ、手にしているのは刃渡り1メートルほどの直剣である。やや細いめの"バッシュドラゴン"の前足でさえ切り落とせるかどうかだろう。

「予定とは狂ったが、これだけの手負い俺でも倒せるさ」

 獲物の貧弱さに反して、グラディスは余裕そうに呟くと剣の柄を握り直した。その瞬間、グラディスの周囲に風が満ち始めたのだ。
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