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45P・フィルツェ攻防戦の終わり
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ボディーではダメージが通らないと判断したパスクは、大きなお腹では見えない足元を狙いに行く。
腰を落として弧を描くように足を刈り、バランスを崩したアレーサンドロへ容赦のない太腿に対する膝蹴り。蹴り足を相手の肉でできた大根のような脚部へ引っ掛けて、素早く立ち上がる動きは見事だった。
そして、アレーサンドロがついに地面に手をついた。
「ブブブッ! クソッ! 朕を土に着けたこと後悔させてやるぞ!」
無様な姿を晒したことを今更のように悪態をついた。今までみっともないとも思っていなかったのか。
これまでかと思ったところで、アレーサンドロはさらに卑怯な手を用いる。土を握りしめ、それを投げつけたのである。
「クッ! やってくれるじゃねーか!」
追撃の拳を叩き込もうとしたところで目潰しされ、パスクは急いで距離を取った。
このチャンスを逃さず、アレーサンドロは立ち上がって肉迫する。
図体の割にはやはり早い。
「ブブッ! ブブッ!」
両腕を縦に構え防御姿勢を取るパスクへ、掌打の連続による反撃。
筋肉には自信があるというのに、その一撃、一撃は少しずつ守りを削いでいく。迸る衝撃は轟音となって、観戦者の声さえもかき消すかのようだ。
なおも、目が見えない状態でガードし続けているパスクも流石だが、やはり強烈な張り手にブロックは崩されていく。
十数度の打撃が打ち込まれ、ついに腕の壁が弾き飛ばされた。
「ブブブッ! うらぁッ!」
「クッ! 好き勝手にやってくれやがって!」
それでも、なんとか最後の一撃に間に合った。
渾身の掌底攻撃を間一髪のところで、紙一重で回避してもう一度盤面をひっくり返した。
アレーサンドロの腕を横へと受け流した後、よろけた体躯の裏へと回り込む。そこから太い首に両腕を巻きつけチョークすることで、目がほとんど見えずとも戦える。
「ブッ! ブッ! 離せブゥゥ……」
これはアレーサンドロでは、太く短い腕が後ろに回りきらず攻撃もできない。完全に首絞めが決まった。
それでも抵抗とばかりにその巨体でパスクを押す。戦車と見紛うような土煙を上げながら、草原をバック走行する。
体重で押しつぶしてしまうつもりだ。
が、パスクとて簡単にこのチャンスを逃すわけもなく。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
地面をえぐりながらもなんとか踏みとどまって、脂肪が震えるほどに咆えた。
「ぐ、ぐぅぅぞぉぉ……」
抵抗虚しく力が抜けていくようで、アレーサンドロはそれ以上押し出すこともできず膠着状態に入った。
そして取れる最後の手段は。
「ブッ! た、頼む。こう……さんする」
命乞いだ。
「せめて、朕だけでも……。命だけは……」
無様さえ通り過ぎた、ゴミにも劣る申し出だ。他の兵士達の命を担保に自身の命を保証するよう頼んでくるなど、王のやることではない。
いや、元からこの男は王でさえなかったのかもしれない。
「そうか」「チッ」「マジかよ……」「やる価値もねぇ……」
パスクを含め、その場の誰もが下劣なものを見るような顔をした。
そして戦王どころか蛮族達でさえ、アレーサンドロ=メゾ=イータットという男を殺すことを止めた。
「ゲホッ! ブフッ! 兵は好きにして良い! このまま無事に逃がしてくれるよな?」
首を開放され、息絶え絶えに自分の保身しか口にしない。
もはや、そのようなクソほども役に立たない人間を殺すことも無かった。
「ちょっと待ちな」
「ブッ?」
逃げようとするアレーサンドロをパスクは呼び止めた。
殺さないとは言ったが、殴らないとは言っていない。
故に、その穢れきった顔面に全力の拳を叩き込んだ。それは人ひとりぐらいならばやりかねない一発である。
それから数時間後、パスクを含むハイドロメル軍は戦争を終わらせてフィルツェ砦へと戻った。
既に明け方に差し掛かったころである。
「……はぁ」
イータット兵や諸将の処罰など、多くの業務を簡単に処理し終えた。細かい部分はまた首都へ戻ってからだが、処刑されずに捕縛された数千の兵は人質として対価が支払われ開放されることだろう。
リナルドは城壁の上で、勝利をもたらした王国の風に黄昏れている。
多くの敵兵が散った戦場とは思えないほど心地よい。筆が乗って徹夜してしまった日のような感覚ではあるが、きっと勝利の余韻に浸っているのだろう。
そんな折、眼下から声がかかる。
「おーい」
それは、馬に跨ったパスクのものだ。
「ドルナ。いや、リナルド。じゃなくて、オロッソ隊長殿、少し湯浴みに付き合え」
何やらまごまごと言葉を選んでいたが、どうやら以前に見つけた温泉へ行きたいらしい。その護衛をしろとの命令であった。
汗もかいているし、ここ数日は戦場暮らしで大変な状態だ。何がとは言わないが。
「了解しました。お供させていただきます」
勝手に砦を抜け出すとまたマキシに小言を食らうものの、今回ばかりは快く追従することにしたリナルド。
馬を用意して、口うるさい怒鳴り声が聞こえてくる前に城門を出る。
平原を駆ける2人は、いつぞやのように何が可笑しいのかわからないながらに笑いあった。
そして、湯気の立ち上る件の岩場へとたどり着く。客は2人以外に誰もいない。
腰を落として弧を描くように足を刈り、バランスを崩したアレーサンドロへ容赦のない太腿に対する膝蹴り。蹴り足を相手の肉でできた大根のような脚部へ引っ掛けて、素早く立ち上がる動きは見事だった。
そして、アレーサンドロがついに地面に手をついた。
「ブブブッ! クソッ! 朕を土に着けたこと後悔させてやるぞ!」
無様な姿を晒したことを今更のように悪態をついた。今までみっともないとも思っていなかったのか。
これまでかと思ったところで、アレーサンドロはさらに卑怯な手を用いる。土を握りしめ、それを投げつけたのである。
「クッ! やってくれるじゃねーか!」
追撃の拳を叩き込もうとしたところで目潰しされ、パスクは急いで距離を取った。
このチャンスを逃さず、アレーサンドロは立ち上がって肉迫する。
図体の割にはやはり早い。
「ブブッ! ブブッ!」
両腕を縦に構え防御姿勢を取るパスクへ、掌打の連続による反撃。
筋肉には自信があるというのに、その一撃、一撃は少しずつ守りを削いでいく。迸る衝撃は轟音となって、観戦者の声さえもかき消すかのようだ。
なおも、目が見えない状態でガードし続けているパスクも流石だが、やはり強烈な張り手にブロックは崩されていく。
十数度の打撃が打ち込まれ、ついに腕の壁が弾き飛ばされた。
「ブブブッ! うらぁッ!」
「クッ! 好き勝手にやってくれやがって!」
それでも、なんとか最後の一撃に間に合った。
渾身の掌底攻撃を間一髪のところで、紙一重で回避してもう一度盤面をひっくり返した。
アレーサンドロの腕を横へと受け流した後、よろけた体躯の裏へと回り込む。そこから太い首に両腕を巻きつけチョークすることで、目がほとんど見えずとも戦える。
「ブッ! ブッ! 離せブゥゥ……」
これはアレーサンドロでは、太く短い腕が後ろに回りきらず攻撃もできない。完全に首絞めが決まった。
それでも抵抗とばかりにその巨体でパスクを押す。戦車と見紛うような土煙を上げながら、草原をバック走行する。
体重で押しつぶしてしまうつもりだ。
が、パスクとて簡単にこのチャンスを逃すわけもなく。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
地面をえぐりながらもなんとか踏みとどまって、脂肪が震えるほどに咆えた。
「ぐ、ぐぅぅぞぉぉ……」
抵抗虚しく力が抜けていくようで、アレーサンドロはそれ以上押し出すこともできず膠着状態に入った。
そして取れる最後の手段は。
「ブッ! た、頼む。こう……さんする」
命乞いだ。
「せめて、朕だけでも……。命だけは……」
無様さえ通り過ぎた、ゴミにも劣る申し出だ。他の兵士達の命を担保に自身の命を保証するよう頼んでくるなど、王のやることではない。
いや、元からこの男は王でさえなかったのかもしれない。
「そうか」「チッ」「マジかよ……」「やる価値もねぇ……」
パスクを含め、その場の誰もが下劣なものを見るような顔をした。
そして戦王どころか蛮族達でさえ、アレーサンドロ=メゾ=イータットという男を殺すことを止めた。
「ゲホッ! ブフッ! 兵は好きにして良い! このまま無事に逃がしてくれるよな?」
首を開放され、息絶え絶えに自分の保身しか口にしない。
もはや、そのようなクソほども役に立たない人間を殺すことも無かった。
「ちょっと待ちな」
「ブッ?」
逃げようとするアレーサンドロをパスクは呼び止めた。
殺さないとは言ったが、殴らないとは言っていない。
故に、その穢れきった顔面に全力の拳を叩き込んだ。それは人ひとりぐらいならばやりかねない一発である。
それから数時間後、パスクを含むハイドロメル軍は戦争を終わらせてフィルツェ砦へと戻った。
既に明け方に差し掛かったころである。
「……はぁ」
イータット兵や諸将の処罰など、多くの業務を簡単に処理し終えた。細かい部分はまた首都へ戻ってからだが、処刑されずに捕縛された数千の兵は人質として対価が支払われ開放されることだろう。
リナルドは城壁の上で、勝利をもたらした王国の風に黄昏れている。
多くの敵兵が散った戦場とは思えないほど心地よい。筆が乗って徹夜してしまった日のような感覚ではあるが、きっと勝利の余韻に浸っているのだろう。
そんな折、眼下から声がかかる。
「おーい」
それは、馬に跨ったパスクのものだ。
「ドルナ。いや、リナルド。じゃなくて、オロッソ隊長殿、少し湯浴みに付き合え」
何やらまごまごと言葉を選んでいたが、どうやら以前に見つけた温泉へ行きたいらしい。その護衛をしろとの命令であった。
汗もかいているし、ここ数日は戦場暮らしで大変な状態だ。何がとは言わないが。
「了解しました。お供させていただきます」
勝手に砦を抜け出すとまたマキシに小言を食らうものの、今回ばかりは快く追従することにしたリナルド。
馬を用意して、口うるさい怒鳴り声が聞こえてくる前に城門を出る。
平原を駆ける2人は、いつぞやのように何が可笑しいのかわからないながらに笑いあった。
そして、湯気の立ち上る件の岩場へとたどり着く。客は2人以外に誰もいない。
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