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43P・王VS王

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 しかし、どんなに絶望から滑り落ちたくなくとも、このままでは残酷な国まで転げていってしまう。既に手遅れなどとは言わず、誰かが歯止めをかけねばならない。
「お前達が逃げ続けるのなら、俺達でどうにかしてやるよ」
 ヤクーバがためらうのを見て、パスクは少しばかり呆れた様子でいった。
 戦王を前にしてなまじ動くことのできない将兵達は、その意味を理解してさらなる戸惑いを覚えるのだ。

「ブブブッ! 何をしておる! 早くこの不届き者どもを討て!」
 既に周囲に味方などおらず、敵と観戦者に偏ったことなど気づいていない様子で、無様に吠えて命令するのだった。
 誰も動かない中、リナルドはイータット兵を押しのけるようにパスク達の間に入る。
「パスク陛下」
 短く名前を呼んで、どのように決着をつけるのかを問う。たったそれだけで伝わる2人とは真逆に、アレーサンドロはわめき続けた。

 流石にそろそろ鬱陶しくなってくる頃。
「ブブブッ! 何をしておるか! 早く」
「馬を引いてこい」
 アレーサンドロの言葉を遮って、パスクが適当な兵士に命令した。もはや敵も味方もなく出した指示に、まずはハイドロメル兵が馬を連れてきた。
 パスクの乗る騎馬と遜色のない戦馬である。

「剣を与えてやれ。それとも槍か? 好きな武器を選べ」
「ブッ? 何を言って……なぜ持ってくる!?」
 続いて発される言葉に従うイータット兵を見て、アレーサンドロはなんとも奇妙な顔で戸惑いを浮かべた。
 ここまで自分の置かれた状況を省みれないともなれば、救いようがない。それでも、パスクは最後の最期まで手を差し伸べようとしている。

「ブブブブッ! まさか、朕に決闘をさせるつもりか!?」
 漸く己のすべきことに気づいたアレーサンドロは、信じられないとばかりに周囲へ視線を向けた。
 蹂躙する者として、一騎打ちなどという行為を肯定したくはないだろう。しかし、旧くからイータット人には脈々とこの手段が受け継がれてきた。
 その理由は明白だ。
 すなわち、悪政を討ち破るため。

「誇りあるイータットの男なら、堂々と名乗りを上げて立ち向かってこい」
「ブブブッ! ブブブッ! 朕がそのような俗なことをするわけないだろ!」
「別にやりたくないってぇならやらなくて良いさ。ただ、周りがそれを許すかな?」
「ッ……!」
 僅かな可能性を拒否するも、食い下がるパスクの言葉に漸く現実を認識したアレーサンドロ。

 敵に囲まれ、頼りにしていた嵐の中にも侵入され、大将首には既に刃が突きつけられている。もはや決闘ぐらいしか命をつなぎとめる術はない。
「馬も武器もある。サシの勝負なら、貴殿にも僅かばかりの逃亡の可能性があるだろう」
「ぐぅ……」
 パスクは挑発した。これぐらいしなければ、この男は馬に跨ると同時に逃げ出すことだろう。
 やっとのことでアレーサンドロは馬に跨るのを見届けると、パスクも距離を空けるべく動き出す。

 しかしここで、イータット国王ともあろう者が卑劣にも背中に向かって突撃したのである。普通ならばそれだけで致命傷は免れないだろう。
 いくら、脂肪の重みで馬の動きが重騎兵並であってもだ。
「お見通しだ。よっ!」
 それでもその不意打ちを横に仰け反るように回避して、まるで鞍の上で踊るかのように体をひねった。
 まさか躱されるとは思っていなかっただろう。その上で、だらしなく膨らんだ腹に蹴りを入れられのも予想外だったはず。

「ゴフッ! ぶ、ぶぶ……ぶっ」
 それでもなお、なんとか馬上に残り意識を保てる辺りは素晴らしい脂の鎧だ。
「ブブブッ! 朕を、朕を足蹴にするとは……良い度胸だ」
 これには愚鈍ながらも直ぐに怒りを向けてくる。だが、豚が咆えたところで恐ろしくはない。
 ならばと、パスクの攻撃も止むことはない。

 腕の力だけで跳び上がり、ムーンサルトキックからの槍による連続突き。
 猛攻はアレーサンドロの脂肪を揺らし、いっぱいいっぱいに膨らんだ革鎧は少しずつ削れていく。剣で捌くも、“マルグリン”の加護を得たパスクの突きは鋼をも砕く。
「なんだ! 実は存外やれるじゃなねーか!」
 遊んで攻撃しているように見える側が、まだ持ちこたえていることを褒める程度には、アレーサンドロも決して技術は未熟ではないということだ。

「ブブブッ! 朕を嘲るなど不届きな!」
 挑発に容易く乗るも、防戦から転じることができる。怒りのままに剣を振り回してきた。
 落下し続けていたパスクは剣戟を弾くと同時に、槍の石突を地面に刺して鉄棒の如く大車輪。遠心力を使って、重力に逆らいながら自身の騎馬の上へと戻る。
 この奇妙なほどの異常な一騎打ちに、その場の誰もが息を飲んで見守ることしかできなかった。

「このッ、猿がぁッ!」
 ぴょんぴょんと飛び回るパスクを侮辱するも、その程度の雑言など既にマキシから受けているものだ。
 野山を駆け回って訓練している姿は、野生児も真っ青の身軽さで先代ハイドロメル当主や参謀を困らせた。匹敵するのはケリュラぐらいのものだろう。
「脳みそに脂肪でもこびりついてるんじゃないかね? まったく響かない語彙力だぜ!」
 さらに嘲笑を加え、パスクは大人をからかう子供のように敵陣の中を駆け抜けていった。
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