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42P・嵐を切り裂いて
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しかし、ここからが本当の正念場である。
なにせパスク達は、これから暴風雨の吹き荒れる中へと入っていかなければならないのだ。
天の理も地の利も人の和も、何もかも持たないイータット国王は、力ずくでそれらを握っている。愚王そのものではなく、その前に積み上がったものが最大の壁であった。
「さて、行くぞ。体勢を整えるまで待ってやる気もないし、それに急がないとマキシの策が無駄になる」
それを砕くため、パスクは動ける兵士だけを集めて再び敵陣に向かって走り始めた。
確かに障害は大きいが、マキシはどうにかできると豪語した。リナルド達は、それを信じて突き進むしかない。
「一刻かの間に、敵陣へ到達して欲しいとのことでしたが。一体、この状況で何が起こるのでしょうか」
追いついてきたジャコモが問いかけるも、その答え自体はパスクさえも知らなかった。
しかし、ただただ我らが参謀を信じるのみである。時間を指定した以上、それに従えば必ず道は開けると。
「皆の者、恐れるな! 我らには二神の加護さえついている!」
「そうだ! 暴虐なる颶風の神などただの寄せ集めを誤魔化すためのもの!」
数の差など恐れることはないと、パスクとリナルドはやや速度の遅い兵を鼓舞した。
敵は侵略してきた国の寄せ集め。優秀な将軍がいようとも、兵隊が不満を抱いていたり背後が安心でないのならば、どこかで崩れるというものである。
戦争は質より量と言えども、それは安全が確保された大軍であればの話だ。それが今、こうして2人の将軍が撤退したことでバランスが崩れた。
「アレーサンドロ陛下! 敵は攻勢に乗っております!」
「陣を退いて体勢を立て直すべきかと!」
暴風の中へと駆け戻り、轟音に負けないようシャフィクやヤクーバが提言していることだろう。いくら加護によって呼び起こされた嵐の砦に引きこもろうとも、決して安全ではないからだ。
「ブブブッ! うるさい! この敗走兵どもが!」
アレーサンドロは相変わらず唾を吐き散らし、さらには盃でも投げつけて怒鳴っていることだろう。
しかし、どれほど怒鳴り散らされようがシャフィク達もここで引くわけにはいかなかった。
このような人間でも、大将首を取られたならば戦争では負ける。いくら将達が盛り返そうとしても、逃亡兵が出る上に反逆者にまで気を向けなければならない。
そもそも、そこまで敵に入り込まれた時点で決着など付いたも当然。
「そうおっしゃらず、どうか陣をお引きください……」
ヤクーバは深々と頭を下げて請うが、心中にあるのはアレーサンドロの無事ではなかった。行き場所を失ったり、愚王に命を預けてきた者達への罪悪感だ。
このままここで崩御するのがイータット王国のためなのかもしれないが、誰が後を継ぐかと考えれば未来は明るくない。
確か、王に子息はおらず叔父にあたる人物がいる。先代の王に並ぶ良君ならば良いものの、件の次期候補に不安は残る。
「ブブッ! 朕には“サイクロトル”の加護がある! 逆賊の雑兵ごときに越えられるわけが」
アレーサンドロは周囲が不安視していることなど気づかず、自信満々に敵を侮ってみせた。しかし、途中で言葉を切って灰の天蓋を仰いだ。
空に変化があったことには気づかないまでも、それでも何か違和感を覚えたのだろう。
「ブブブッ!?」
そうしている間にも、その音は徐々に自分の方へと近づいてくるのだ。
馬の蹄が地面を叩く音。剣と剣が打ち鳴らされ、金属音の大合唱が響き渡る。
少しずつ明瞭になっていく兵の怒号と悲鳴で、漸く敵兵が突入してきたことを悟ったのだ。
「な、なぜ、この風を……! 風が!」
今更もう遅い。
嵐が徐々に弱まっていくのを見て、慌てたところで既にパスク達は有象無象のイータット兵を切り裂いて到達していた。
「ブっ! ひぃぃぃぃいぃぃッ!」
垂れ下がった腹の脂肪を引きずりながら、豚のように四つん這いで逃げ出そうとする。いや、豚に失礼だ。
「ブブッ! 朕を! 朕を守れぇッ!」
上手いこと体が動かないため、シャフィクやヤクーバに命令した。
アレーサンドロより先に気づいていた2人ではあったが、国王の前で武器を携えているわけにもいかず、咄嗟のことで対応などできるわけもなかった。
それでも国王を守るべく徒手空拳で、切りかかってきたハイドロメル兵から剣を奪い取り構える。
「それが、そんなものがお前達の希望か!」
パスクが問う。張本人のある1人を除いて、誰もがその意味を直ぐ理解した。それでも多くが答えに詰まった。
「希望などなどない! なくても良いのだ!」
ヤクーバは絶望と怒りを吐き出して、パスクの願いに答えた。
本当ならばイータットの民の期待に応えるべきところなのだろうが、もはや次に希望から叩き落されるだけの体力が残っていない。
ハイドロメルに吹き込む春の冷風が嵐の壁を切り裂いた時点で、パスク達は生まれ故郷の希望さえ打ち砕いていたのである。
なにせパスク達は、これから暴風雨の吹き荒れる中へと入っていかなければならないのだ。
天の理も地の利も人の和も、何もかも持たないイータット国王は、力ずくでそれらを握っている。愚王そのものではなく、その前に積み上がったものが最大の壁であった。
「さて、行くぞ。体勢を整えるまで待ってやる気もないし、それに急がないとマキシの策が無駄になる」
それを砕くため、パスクは動ける兵士だけを集めて再び敵陣に向かって走り始めた。
確かに障害は大きいが、マキシはどうにかできると豪語した。リナルド達は、それを信じて突き進むしかない。
「一刻かの間に、敵陣へ到達して欲しいとのことでしたが。一体、この状況で何が起こるのでしょうか」
追いついてきたジャコモが問いかけるも、その答え自体はパスクさえも知らなかった。
しかし、ただただ我らが参謀を信じるのみである。時間を指定した以上、それに従えば必ず道は開けると。
「皆の者、恐れるな! 我らには二神の加護さえついている!」
「そうだ! 暴虐なる颶風の神などただの寄せ集めを誤魔化すためのもの!」
数の差など恐れることはないと、パスクとリナルドはやや速度の遅い兵を鼓舞した。
敵は侵略してきた国の寄せ集め。優秀な将軍がいようとも、兵隊が不満を抱いていたり背後が安心でないのならば、どこかで崩れるというものである。
戦争は質より量と言えども、それは安全が確保された大軍であればの話だ。それが今、こうして2人の将軍が撤退したことでバランスが崩れた。
「アレーサンドロ陛下! 敵は攻勢に乗っております!」
「陣を退いて体勢を立て直すべきかと!」
暴風の中へと駆け戻り、轟音に負けないようシャフィクやヤクーバが提言していることだろう。いくら加護によって呼び起こされた嵐の砦に引きこもろうとも、決して安全ではないからだ。
「ブブブッ! うるさい! この敗走兵どもが!」
アレーサンドロは相変わらず唾を吐き散らし、さらには盃でも投げつけて怒鳴っていることだろう。
しかし、どれほど怒鳴り散らされようがシャフィク達もここで引くわけにはいかなかった。
このような人間でも、大将首を取られたならば戦争では負ける。いくら将達が盛り返そうとしても、逃亡兵が出る上に反逆者にまで気を向けなければならない。
そもそも、そこまで敵に入り込まれた時点で決着など付いたも当然。
「そうおっしゃらず、どうか陣をお引きください……」
ヤクーバは深々と頭を下げて請うが、心中にあるのはアレーサンドロの無事ではなかった。行き場所を失ったり、愚王に命を預けてきた者達への罪悪感だ。
このままここで崩御するのがイータット王国のためなのかもしれないが、誰が後を継ぐかと考えれば未来は明るくない。
確か、王に子息はおらず叔父にあたる人物がいる。先代の王に並ぶ良君ならば良いものの、件の次期候補に不安は残る。
「ブブッ! 朕には“サイクロトル”の加護がある! 逆賊の雑兵ごときに越えられるわけが」
アレーサンドロは周囲が不安視していることなど気づかず、自信満々に敵を侮ってみせた。しかし、途中で言葉を切って灰の天蓋を仰いだ。
空に変化があったことには気づかないまでも、それでも何か違和感を覚えたのだろう。
「ブブブッ!?」
そうしている間にも、その音は徐々に自分の方へと近づいてくるのだ。
馬の蹄が地面を叩く音。剣と剣が打ち鳴らされ、金属音の大合唱が響き渡る。
少しずつ明瞭になっていく兵の怒号と悲鳴で、漸く敵兵が突入してきたことを悟ったのだ。
「な、なぜ、この風を……! 風が!」
今更もう遅い。
嵐が徐々に弱まっていくのを見て、慌てたところで既にパスク達は有象無象のイータット兵を切り裂いて到達していた。
「ブっ! ひぃぃぃぃいぃぃッ!」
垂れ下がった腹の脂肪を引きずりながら、豚のように四つん這いで逃げ出そうとする。いや、豚に失礼だ。
「ブブッ! 朕を! 朕を守れぇッ!」
上手いこと体が動かないため、シャフィクやヤクーバに命令した。
アレーサンドロより先に気づいていた2人ではあったが、国王の前で武器を携えているわけにもいかず、咄嗟のことで対応などできるわけもなかった。
それでも国王を守るべく徒手空拳で、切りかかってきたハイドロメル兵から剣を奪い取り構える。
「それが、そんなものがお前達の希望か!」
パスクが問う。張本人のある1人を除いて、誰もがその意味を直ぐ理解した。それでも多くが答えに詰まった。
「希望などなどない! なくても良いのだ!」
ヤクーバは絶望と怒りを吐き出して、パスクの願いに答えた。
本当ならばイータットの民の期待に応えるべきところなのだろうが、もはや次に希望から叩き落されるだけの体力が残っていない。
ハイドロメルに吹き込む春の冷風が嵐の壁を切り裂いた時点で、パスク達は生まれ故郷の希望さえ打ち砕いていたのである。
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