上 下
40 / 50

39P・計略の行方は

しおりを挟む
 何よりも、愛する国王陛下のためならば二度と敗北しないと密かに誓っている。
「今度こそは、私にこんなことをさせないよう頑張って貰いたいもんだな」
「その件につきましては言葉もありません……」
 元々こうなったのはリナルドが拿捕されたせいなので、そこを突っ込まれると痛い。目を逸して、「反省してまーす」と言わんばかりの態度を示した。
 正座の刑に処されたケリュラは頬を膨らませた。

 しかし、このような時間も長くは続かなかない。
「奴らめ、数千の我が国の兵を取り込んだからと既に宴会を始めております!」
「これはチャンス! 一気に畳み掛けよ!」
 嵐の音でほとんど接近の足音が聞こえなかったが、ここで漸く敵将達の声が響いた。まるでパスクらを嘲笑うような声音だ。

 完全にハイドロメル軍が無策で宴会をしていると思って、突撃をしてくるつもりのようである。
 しかし、ここで待ったをかける空城の計を知らない別の大将。
「いいや、このような油断を見せるはずがない。何らかの策略があってのことでしょう」
「いやいや、空城の計見破ったり! 攻めるならば今! この時しかないだろう!」
 最初の将がさらに案を重ねた。

 こうも割れては将軍達は動くことができず、睨み合ってしまう。一方が功を焦って先にでれば妬みを買い、かといってハッタリとみてチャンスを逃せばもう片方が恨まれる。
 仲間同士で不和を生み出せたのは副次的な幸運だった。
「王に判断を仰ごう」
「……それも然り。逃げられぬよう取り囲め!」
 迷った両名はイータット王に采配を願うことにして、兵で砦を包囲させてトンボ返りしていった。

「そろそろ陛下の側に戻った方が良いぞ。どちらに転ぼうとも、兵を率いるのは同じだろう」
「そのようですね」
「武運を祈る」
「……フッ。お前らしい我が侭だ」
 ケリュラに勧められるままその場をさろうとするも、殊勝なセリフに引き止められてしまうリナルド。その内心を察し、笑いを返した。

 怯えているのか。違う。
 この戦闘狂が怯えるわけもなく、ただ己が暴れるためにパスクの安全を確保しておけということだろう。
「勝手に突っ込んでいくのも困りものなんですが」
 ついつい昔の感覚になっていた言葉遣いを元に戻し、ケリュラに聞こえていたかはさだかではない独り言を呟きながら持ち場へと戻った。
 そしてそこには、信じるに値するパスクの姿があった。

 酒の入った赤ら顔の男が、一体どれほどの希望となり得るのか。それを知るのは旧知の友だけである。
「陛下、そろそろ」
「おうッ。泣いても笑っても、ここが正念場だな」
 リナルドが声をかければ、酒席の椅子に立て掛けてあった槍を取って立ち上がる。こんな状況でも、パスクは楽しんでいるように見えた。
 戦いをというよりも、互いの国の趨勢すうせいが決まるという場面に興奮しているのだろう。

「マキシの合図を待て。それまではしばし、宴会を楽しめ」
 パスクの声でもうじき戦いが始まろうとしているのがわかり、戦々恐々に包まれていた兵達も少し安心した。
 これからさらなる乱戦があるのだから良くはないのだが、それでも、武器も持っていないところを突撃されてはたまらない。弓や銃でも同様。
 後少しで身を守れるともなれば、程よく神経を研ぎ澄ますことができる。その時を、参謀の企みが幕を開けるタイミングを、今か今かと待ち続ける。

「馬を回してきます」
 攻めに転じるまで時間があると考えて、リナルドは馬を居館の中に引き入れようとした。
 馬止めのある小屋は窓の外、さらに階下であるためである。準備していることが外の敵兵に見えてしまうが、もうそろそろのことなので大丈夫だと考えた。
「いや、その必要はねぇよ」
 僅かな可能性さえ消したいのか、パスクはリナルドを止めた。

「しかし……わかりました……」
 食い下がろうとするも、無理に通すこともないと引いた。しかし、わざわざ国王陛下を馬屋まで歩かせるのは気が引けた。
 陛下も王妃も自覚が足りないとマキシは言うが、確かに細かな立ち振舞いに不安が残る。
「敵が退いて行きますぞ! 今です!」
 そうこうしている間に、塔の上で見張っていた兵士からの合図があった。それを見たマキシがパスク達に伝える。

 城壁の上に待機しているケリュラ達には、敵将達の会話がなんとか聞こえているだろうか。
「退け! アレーサンドロ陛下が退避を指示された!」
「最低限の包囲は続けるのだ!」
 多分、そのような感じだ。
 その分、ケリュラ達の方が動き始めるのが早いぐらいである。

「来たか!」
「パスクッ!?」
 国王陛下が先陣を切った。階段を降りて駆け出ていくのかとリナルドは思ったが、次の瞬間には彼を驚かせるような行動をとる。敬称をつけることさえ忘れるほどだ。
 なんとパスクは、窓から体を乗り出すとコンマ一秒も待たずに飛び降りたのである。

 馬止め柵の柱に体を打ち付けなかったから良いものを。
「な、なんて無茶を……」
「おい! お前も急げ!」
 リナルドの心配もどこ吹く風。パスクは馬を走らせていってしまったので、それを慌てて追いかける。
 しかし、わざわざ階段を降りていてはその間に遠く離れてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧
BL
「綺麗な息子が欲しい」という実母の無茶な要求で、ランバートは女人禁制、男性結婚可の騎士団に入団する。 そこで出会った騎兵府団長ファウストと、部下より少し深く、けれども恋人ではない微妙な距離感での心地よい関係を築いていく。 友人とも違う、部下としては近い、けれど恋人ほど踏み込めない。そんなもどかしい二人が、沢山の事件を通してゆっくりと信頼と気持ちを育て、やがて恋人になるまでの物語。 メインCP以外にも、個性的で楽しい仲間や上司達の複数CPの物語もあります。活き活きと生きるキャラ達も一緒に楽しんで頂けると嬉しいです。 ー!注意!ー *複数のCPがおります。メインCPだけを追いたい方には不向きな作品かと思います。

処理中です...