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36P・近衛騎士隊長の生還

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 ケリュラが欠け、リナルドが脱出を図った頃、戦いは佳境に迫っていた。
 参謀マキシの策は功を奏し、押し込まれたハイドロメル軍のど真ん中へと入り込んでくる。その勢いを殺すのは宰相の采配とガーロアの一騎当千の武力。
 そこへ元ケリュラ軍とパスク軍が左右から、イータット軍数千を包み込むように戦線を押し上げていく。
「これは……駄目だ! 逃げろ!」
 状況を理解した敵将ポール=テレ=シャムニアは撤退を指示した。

 思わぬ袋小路に入り込んだからには、撤退のために犠牲はつきものだと考える。当然、それはリナルドから奪った投降兵である。
「ポール将軍、こちらへ」
「うむ、仲間同士で潰し合うなら良し。立て直すぞ。ジャンフランソワ卿」
 ハイドロメル軍にハイドロメル兵をぶつけるよう仕向、退路を切り開くべく駆け出した。
 護衛につくのは、ポール軍の参謀ジャンフランソワ=レイモンである。

 完全に包囲される前に脱出できたかに思えた瞬間、立ちふさがる一団がある。
「通しはしないぞ!」
「なッ!」
「何奴……いや、こいつらはオロッソ軍から下った者達だな」
 リナルドの部下達がここで、上官の無事を知りタイミング良く寝返ったのだ。それにジャンフランソワが気づいたところで、もはや遅い。

「バカな! お前達の上官がどうなっても知らんぞ!」
 リナルドが脱走に成功したことなど知る由もなく、ポールが脅しをかけるも通じるはずなどなかった。
「く、そ! こうなったら、押し通る!」
 もはや言葉で切り抜けることはできないとみて、大剣を手にリナルド軍へと突き進んでいった。ジャンフランソワは、将軍が切り抜けるまで追撃を阻止する役として、近づくものを弓矢で撃退する。
 腐っても5000の兵を預かる将であり、もう一方は側近の参謀である。

 並大抵の兵では矢に阻まれるか、一太刀の元に切り伏せられてしまう。
「駄目だ! 強い!」
「俺が行く! 我が名はジャコモ=バッフィ!」
 我こそはと名乗りを上げたのは、罰則にリーチのかかっているジャコモだった。ここで功績を立てれば首がつながる。と危機感を覚えているのはジャコモ本人だけだが。

 剣を片手に、もう片手の盾で矢を弾き、切りかかっていく。
「うおぉぉぉぉぉおぉぉッ!」
 ジャコモは咆えた。
「敗走兵がいきろうと無様なだけだぞ!」
 矢を放つには間に合わず、接近されたことでポールが対応する。騎馬を反転させ、大剣を両手で握りしめ突きつけた。

 細剣ほどの鋭さはなくとも槍に比肩するリーチによる刺突。
「グッ!」
 盾だけでは受け流しきれずに腕を背後に弾かれるも、なんとか体を逸して落馬しかけながらも致命傷は受けずに済んだ。それでも、この状態から間合いを開ければ弓の餌食だ。
「今だ!」
 ジャンフランソワが矢を放ち、風の隙間を滑ってジャコモへと飛来した。

 その瞬間、馬の手綱を引きウィリーすることでさらに上体を仰け反らせ鏃の回避に成功する。
 落馬こそしたが速度は乗っておらず、なんとか無事に立ち上がれる程度のダメージで済んだ。走り去る馬には振り返らず、再び振り返ったポールにも目を向けず、ジャコモは手にしたブロンズソードを投げた。
「何ッ! ぐあぁッ!」
 悲鳴が上がった。投げ捨てたのではなく、鬱陶しいちょっかいをかけてくるジャンフランソワへと向けて投擲したのだ。
 それは見事に敵の喉元に食いつき、馬上から叩き落とし弓を封じることに成功する。

「ハァ、ハァ……。これで一対一だ」
「ジャン。クッ……。しかし、お前も戦えまい! 戦友の敵は取らせてもらうぞ」
 武器を失いながらも戦いに奮起するジャコモを前に、ポールは負けじと復讐心を露わにしてみせた。
「しぃぃねぇぇぇぇーッ!」
 大声を発しながら大剣を振り上げ馬を駆る。

 力技による斬撃は、ジャコモにとって受け流せるようなものではなかった。だが、それそのものが振り下ろされることもなかった。
 なぜなら、馬に乗って駆けつけてくる者がいたからである。
「な、何だ!? あれは!」
 困惑したポールは大剣を振り上げたままジャコモの横を通り過ぎた。
 混乱して当然だ。

 捕まえていると思っていたリナルドが、馬の背に佇んでいるのだから。文字通り、跨ることなどせずに両足の裏を背中にくっつけている。
 腰を深く落とし、細剣を前に突き出すように構えて迎撃の体勢を示す。
「しかと見届けたぞ! ジャコモ卿!」「隊長! ご無事で!」
 今までの戦いぶりを褒め、ジャコモもリナルドの生存を喜んだ。
 当然、面白くないポール。馬の背に立つこともだが、大剣に対して細身のつるぎ一本を差し向けようとすることがおかしい。その行為に苛立ちと嘲笑を込めてポールは叫ぶ。

「ふざけたことをッ!」
「遅い!」
 完全に接近しきるよりも早くリナルドは跳び、腕を引いて刺突の体勢を取った。
 馬同士が接触するかという瞬間に、大剣はとどまることを知らずに振り抜かれる。その上にリナルドは一瞬だけ着地して、再びポールに向けて跳躍した。
 鋭く突き出された一撃は、深く刺さりはしなかったものの敵将の瞳を切り抜いた。
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