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35P・さらばロジェ
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リナルドの向かう先は、ロジェの使っているであろう部屋だ。1人用ではないにせよ、どこかを兵舎として使っているはずである。
少しばかり支えを必要とするが、なんとか走ってフィルツェ砦内を捜索することができた。
「ふぅ……。多分、この辺りのはずだが」
地下を出て、倒れた敵兵を飛び越えながら砦内を走る。城壁の火災騒動を横目に、砦の長や兵の居住区である居館部へと向かった。
ロジェが厚遇されているかはわからなかったまでも、中央の近くにあるとは予想していた。
裏切り者を、そう易易と信用するものはいないからである。悪くても見張りを兼ねた塔だろう。
「ここ、だろうか?」
2階建てになった居館へと足を踏み入れ、いくつかになる扉を開いて呟いた。
部屋の鍵をハイドロメル兵が確保していたことが功を奏したか、施錠されているドアの方が少なかった。
そして、どうやら正解を引くことができたようである。
「大事な剣は、ちゃんと預かってくれていたか」
二段ベッドに置かれた装飾の細剣を見つけて、リナルドは安堵の息をついた。
部屋の詰め込み具合から言って士官ということはありあえない。下士官というにも難しいが、どちらにせよ武器が無事だったなら嬉しい限りである。
答え合わせは直ぐに訪れて、扉が開かれると待望の人物が現れる。
「ロジェ卿……。職務中に持ち場を離れるのは良くないな」
「リナルド……。貴方の指図は受けないよ」
振り向けば、どこかバツの悪そうな顔をしているロジェがいた。
呼び掛け合う言葉の節々に、両者の思いが詰まっているような気さえした。
それを言葉にして出してしまうのはどうかとも思うが、たぶん、黙っていては伝わらなかっただろう。ゆえにリナルドは口を開く。
「戻ってくる気はないのか?」
「……バカな。一体、どの面を下げて戻れるっていうんですか」
その問いに、ロジェは自嘲の笑みを浮かべて顔を逸らした。
確かに、裏切りという大罪の上で多くのものを支払った。得るものなどほとんどなかったというのに、捨てたものはそれ以上である。
例えリナルドが牢でのことを許したとしても、多くの仲間達は許さないだろう。首から下のない面を引っさげて戻ることになるかもしれない。
「そうか。そうだな」
リナルドは、納得したくなさそうに納得した。
説得することは難しいとわかり、時間を優先してこの場を切り抜けることを考える。
まずは、目の前の障害を超える。
「ッ!」
リナルドが細剣を構えて護拳に手を通したのを見て、ロジェも咄嗟に腰の銃を抜いた。
刃と鞘が離れる。発射音。
剣戟と銃弾が交差する。
数歩の踏み込みでは届かず、されど鉛玉も細剣に切り裂かれて木戸を貫くだけだった。直ぐに銃声や破壊音を聞きつけて敵がやってくるだろう。
「シッ!」
裂帛の気合いと同時に軸足をひねり、腰へと、そして腕を振り抜いた。
しかし、そこは二段組の寝台がいくつも並ぶ部屋。梯子に剣が引っかかり、ロジェへと届かなかった。
「もらっ――」
勝ちを確信して、銃口をリナルドの眼前へと向けた。
しかし、刃は届かなかったが、確かに到達していた。
もしあの時、路地裏で先に短剣がロジェに届いていたのならばこんなことにはならなかったかもしれない。例え怪我程度に収まったとしても、この形で狂うことはなかったはずである。
「もう悔やむことさえ遅い。ただ、これだけは伝えておきたかった」
「リナルド……」
倒れかかってくるロジェの体を支えながら、リナルドは最期の言葉を伝えようとした。その前に遺言があるらしかった。
ロジェは呟くようにリナルドの名前を呼んだ後、掠れたような声で何かを伝える。
「――隊長」
言い終えた最後を飾ったのは、2人の思い出だった。愛国ではない憧れ、親愛ではない情熱。
「嫌いではなかった。決して。どんなことがあっても、家族のようだと思っていた」
リナルドも、既に事切れた弟分に想いを伝え血に濡れたてで目元を拭った。こんなところで立ち止まれないからだ。
思っていたよりも重い体を横たわらせて、側の掛け布団で姿を隠す。
「砦を無事奪還できたなら埋葬は後でしてやる。それまで待っていてくれ」
それだけ言い残すと、パスクを助けるべく砦奪還に向かった。ロジェが残してくれた言葉が正しければ、悠長なことはしていられない。
いずれにせよ、まずはこの戦いを収めなければ落ち着いて弔いもできない。
そして、必要なのはイータットに無理やり降らされた兵達を取り戻すことだ。余計な作業だが、ケリュラの無事を確認するのも忘れてはいけない。
リナルドが敵に取り込まれず、こうして何事もない姿を見せれば脅された兵達は戻ってくるだろう。
「逃亡者か! ぐあッ!」「逃がすものか! ギャッ!」「ゴフッ!」「アワワワッ! 命だけはお助けを~ッ!」
「はぁ……はぁ。いた!」
案の定、居館の外へ出て向かってくる敵兵を退けつつ防壁へと登れば、出陣していく軍団の中に見覚えのある顔がちらほらとあった。
ついでとばかりに北を見れば、ロジェの遺言が正しかったことがわかる。
「嵐が来るな……」
少しばかり支えを必要とするが、なんとか走ってフィルツェ砦内を捜索することができた。
「ふぅ……。多分、この辺りのはずだが」
地下を出て、倒れた敵兵を飛び越えながら砦内を走る。城壁の火災騒動を横目に、砦の長や兵の居住区である居館部へと向かった。
ロジェが厚遇されているかはわからなかったまでも、中央の近くにあるとは予想していた。
裏切り者を、そう易易と信用するものはいないからである。悪くても見張りを兼ねた塔だろう。
「ここ、だろうか?」
2階建てになった居館へと足を踏み入れ、いくつかになる扉を開いて呟いた。
部屋の鍵をハイドロメル兵が確保していたことが功を奏したか、施錠されているドアの方が少なかった。
そして、どうやら正解を引くことができたようである。
「大事な剣は、ちゃんと預かってくれていたか」
二段ベッドに置かれた装飾の細剣を見つけて、リナルドは安堵の息をついた。
部屋の詰め込み具合から言って士官ということはありあえない。下士官というにも難しいが、どちらにせよ武器が無事だったなら嬉しい限りである。
答え合わせは直ぐに訪れて、扉が開かれると待望の人物が現れる。
「ロジェ卿……。職務中に持ち場を離れるのは良くないな」
「リナルド……。貴方の指図は受けないよ」
振り向けば、どこかバツの悪そうな顔をしているロジェがいた。
呼び掛け合う言葉の節々に、両者の思いが詰まっているような気さえした。
それを言葉にして出してしまうのはどうかとも思うが、たぶん、黙っていては伝わらなかっただろう。ゆえにリナルドは口を開く。
「戻ってくる気はないのか?」
「……バカな。一体、どの面を下げて戻れるっていうんですか」
その問いに、ロジェは自嘲の笑みを浮かべて顔を逸らした。
確かに、裏切りという大罪の上で多くのものを支払った。得るものなどほとんどなかったというのに、捨てたものはそれ以上である。
例えリナルドが牢でのことを許したとしても、多くの仲間達は許さないだろう。首から下のない面を引っさげて戻ることになるかもしれない。
「そうか。そうだな」
リナルドは、納得したくなさそうに納得した。
説得することは難しいとわかり、時間を優先してこの場を切り抜けることを考える。
まずは、目の前の障害を超える。
「ッ!」
リナルドが細剣を構えて護拳に手を通したのを見て、ロジェも咄嗟に腰の銃を抜いた。
刃と鞘が離れる。発射音。
剣戟と銃弾が交差する。
数歩の踏み込みでは届かず、されど鉛玉も細剣に切り裂かれて木戸を貫くだけだった。直ぐに銃声や破壊音を聞きつけて敵がやってくるだろう。
「シッ!」
裂帛の気合いと同時に軸足をひねり、腰へと、そして腕を振り抜いた。
しかし、そこは二段組の寝台がいくつも並ぶ部屋。梯子に剣が引っかかり、ロジェへと届かなかった。
「もらっ――」
勝ちを確信して、銃口をリナルドの眼前へと向けた。
しかし、刃は届かなかったが、確かに到達していた。
もしあの時、路地裏で先に短剣がロジェに届いていたのならばこんなことにはならなかったかもしれない。例え怪我程度に収まったとしても、この形で狂うことはなかったはずである。
「もう悔やむことさえ遅い。ただ、これだけは伝えておきたかった」
「リナルド……」
倒れかかってくるロジェの体を支えながら、リナルドは最期の言葉を伝えようとした。その前に遺言があるらしかった。
ロジェは呟くようにリナルドの名前を呼んだ後、掠れたような声で何かを伝える。
「――隊長」
言い終えた最後を飾ったのは、2人の思い出だった。愛国ではない憧れ、親愛ではない情熱。
「嫌いではなかった。決して。どんなことがあっても、家族のようだと思っていた」
リナルドも、既に事切れた弟分に想いを伝え血に濡れたてで目元を拭った。こんなところで立ち止まれないからだ。
思っていたよりも重い体を横たわらせて、側の掛け布団で姿を隠す。
「砦を無事奪還できたなら埋葬は後でしてやる。それまで待っていてくれ」
それだけ言い残すと、パスクを助けるべく砦奪還に向かった。ロジェが残してくれた言葉が正しければ、悠長なことはしていられない。
いずれにせよ、まずはこの戦いを収めなければ落ち着いて弔いもできない。
そして、必要なのはイータットに無理やり降らされた兵達を取り戻すことだ。余計な作業だが、ケリュラの無事を確認するのも忘れてはいけない。
リナルドが敵に取り込まれず、こうして何事もない姿を見せれば脅された兵達は戻ってくるだろう。
「逃亡者か! ぐあッ!」「逃がすものか! ギャッ!」「ゴフッ!」「アワワワッ! 命だけはお助けを~ッ!」
「はぁ……はぁ。いた!」
案の定、居館の外へ出て向かってくる敵兵を退けつつ防壁へと登れば、出陣していく軍団の中に見覚えのある顔がちらほらとあった。
ついでとばかりに北を見れば、ロジェの遺言が正しかったことがわかる。
「嵐が来るな……」
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