上 下
35 / 50

34P・剣対銃

しおりを挟む
「それが、卿の覚悟なのだな?」
 体力こそ万全でないにせよ、そう問うことができるほどには回復した。
 それがどういう意味の言葉なのか、その場の誰もが理解していた。
「えぇ」
 ユリアはオサゲのテールを垂らし、短く肯定した。

「私は生まれてこの方、イータットでしか武器を握ったことがありません。父が迷った道を、貫くのも1つの道でしょう」
 銃口をリナルドに向けて、鉄壁の女は決意を表明した。眼鏡の向こうに宿る光は本物だ。
「……」
 リナルドは、ただただそれを受け止めるしかなかった。単に付き従う相手が違ったというわけではなく、単にどちらも不器用なほどに素直だっただけだ。
 呆れるほどに。

「フッ」
 小さく、鼻で笑う声がした。
 嘲笑というほどのものではなかったにせよ、少なくとも2人の会話に笑いを堪えられなかったのは確かだ。
「ッ!」
 その僅かな息漏れにより、ケリュラは存在を気取られた。

 もはや隠れ潜んでいる意味もなくなり、ユリアに向けて偽焔刀を振り下ろす。振り向き際、咄嗟にケリュラの腕を掴み、さらに手甲で防ぐ。
 助走の勢いを殺されたことで、軽いめの体は横へとそらされる。
 ユリアは、ケリュラの姿が見えずとも大体の位置を把握して発砲。
「やはりもう1人潜んでいましたね……」
 手応えがないため、後退しながらも次の強襲に備える。が、それこそケリュラの狙いだった。

「リナルド、ここは私が抑える。さっさと脱出して、軍を指揮してこい!」
 まさか、守られるべきはずの王妃から告げられた言葉。
 命令ならば従うしかないのだが、交戦している状態であれば話は別だ。怪我だけならば多少の処罰で済むにしても、死のうものなら同じく命を断たなければならないだろう。
「しかし、放っては……!」
 当然食い下がった。

「安心せんか。こんなもん、パスクとやりあうまでの準備運動さなぁ」
「言ってくれますね! 物陰から出てきてから言ってはどうですか?」
 まだリナルドとの話がついていないうちに挑発までして、本気だ。どちらにせよ、ここにいて短剣一本で何ができるわけでもない。
 こうなったのでは脱出しないと、ケリュラの犠牲に報いることもできない。せめてパスクと戦えない程度の負傷が望ましい、などとは考えてはいない。多分

「勝手に負けにしないで欲しいんだが……」
 考えを読まれたか、階段脇から抗議の声が飛んできた。
 さておき、もはや迷っている暇はなくリナルドは鍵を手に格子へと近づいた。銃撃で邪魔されないように、ケリュラが飛び出しユリアに肉薄する。
「クッ!」
 一瞬だけ上階から差し込む明かりに姿が映り、それだけでなんとか狙いを定めるユリア。当然、一発外して接近を許した。

 その間に解錠して、まだふらつく足で階段を駆け上がっていく。ユリアが偽焔刀の一閃目を回避して、間合いをとったのが見えた。
 ここから先は、奔放なる姫ケリュラと女リナルドことユリアの喧嘩である。
「うるさいのがいなくなったし、存分に女同士で愚痴をぶつけ合おう」
「逃しはしませんが、オロッソ卿の苦労には同情します」
 奔放さを理解したのか、敵にさえ気遣われてしまった。

「まだ聞こえてますよ!」
「あぁぁ! 良いからはよ行け!」
 完全には逃げ切っていなかったリナルドが文句を言いに来た。当然、追い払われた。
 怒鳴りながらもケリュラは偽焔刀をユリアに投げつけ、怯んだ隙に低姿勢で駆け込み片手で側転。

「クッ!」
「銃の弱点はわかってんじゃよ!」
 まだ体勢を整えていないところを肉迫し、蹴りからの壁を跳躍して縦割りの斬撃を繰り出した。ドロップキックでよろけたユリアにそれを回避する時間などなく、片腕という代償を支払う。
「がぁぁぁぁぁッ!! 腕がぁ!」
 冷静さなど失った悲鳴を発した。

 吹き上がった血しぶきがケリュラの顔を化粧して、蛮帝の娘に生まれた少女が久しく怪物の顔になった。
 ストロベリーピンクの舌が赤を舐め取る。
「銃など、的を小さくしてしまえばそうそう当たるものではないだろう」
 接近戦ならナイフの方が強いとばかりに、ユリアへと顔を近づけた。
 その見開かれた瞳に映るのは、グラスのヒビに彩られた歪な獣の姿だった。

「ヒッ! た、た……たすけ、てッ! あぶッ」
 恐れおののき、怯え、ユリアは腕の痛みさえ忘れて逃げ出そうとした。行き場のない地下の奥へと、歩み寄ってくる少女に追い立てられて。
 片腕しかないことを思い出せずして、這うように足掻くものだからバランスを崩して血溜まりへ突っ伏す。
 それでも逃れられず、ユリアは運良く取り落としていなかった鉄砲をケリュラに向けた。
 がむしゃらに引き金を引く。

 銃声は響き、訛の円錐とともに狭い牢の外への開放されて跳弾していくも、なぜか狙い通りのルートを通らない。
 ボトッ、ゴロン。
「へ?」
 少し遅れて銃声以外の音が聞こえ、ユリアは何が転がったのかを見やった。
 それは、残っていたはずのもう一本の腕だった。

「なん、で……?」
「なんでって、それはお前らが良くわかっているじゃろうに。私らをなんだと思っていたのやら」
 ユリアの涙まじりの問いに、ケリュラはおかしなことをとはぐらかした。
 イータットの民が常日頃から呼称している通り、そこにいるのは蛮族であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧
BL
「綺麗な息子が欲しい」という実母の無茶な要求で、ランバートは女人禁制、男性結婚可の騎士団に入団する。 そこで出会った騎兵府団長ファウストと、部下より少し深く、けれども恋人ではない微妙な距離感での心地よい関係を築いていく。 友人とも違う、部下としては近い、けれど恋人ほど踏み込めない。そんなもどかしい二人が、沢山の事件を通してゆっくりと信頼と気持ちを育て、やがて恋人になるまでの物語。 メインCP以外にも、個性的で楽しい仲間や上司達の複数CPの物語もあります。活き活きと生きるキャラ達も一緒に楽しんで頂けると嬉しいです。 ー!注意!ー *複数のCPがおります。メインCPだけを追いたい方には不向きな作品かと思います。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

処理中です...