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33P・姫は奔放に
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捕縛されてから3日か4日ぐらい経過しただろうか。未だ牢に閉じ込められたリナルドは、やや朦朧とした意識の中で日にちを数えていた。
ここ数日のことは意識の外にあったが、ロジェが訪れたという記憶もない。
日に一度、大して美味しくもないペースト状の食べ物とコップ一杯の水を貰えるだけ。
「……」
一言を口に出すことさえもできないほどに疲弊していた。
拷問にかけたところで音を上げないことなど予想の上での仕打ちだろう。ギリギリまで精神的に責め立て、肉体をも苛んでいく。
受けている側は単純な痛みよりも思考ができなくなり、相手側は労力を掛けずに済む。ついでに食料の消費も抑えられる。
鞭や棘や熱で甚振ることを至高とするような者がいない限りは。
「体を傷つけられなかったのは嬉しい限りだ」
まるでリナルドの考えを代弁するように、誰かが牢の外から喋った。
幻聴かと思ったが、階段の方から差し込む明かりに影が映し出されている。幻も同時に見ているというわけだ。
ついに限界か……。
悔しい話だが、それでもパスクを裏切るよりは良いとリナルドは自身を納得させる。人質にされて仲間の足を引っ張ることもなかったのだから、託して死ねる。
「近衛隊長よ。泣くぐらいならばもう少し足掻け」
反響する呆れた声は、聞き覚えのあるケリュラの物だ。
「……」
最後の最後で、幻聴に聞くのが姫のものとは浮かばれない。きっと諦めたくないという気持ちがそう囁くのだろうが、これでも随分と抗ったのだ。
口に入れたくもないものを、飲みたくないものを、こうして生きながらえるために受け入れた。
敵に施される屈辱を飲み下した。
もはや、生きてパスクに会うことの方が不敬であるかのように思えた。
それなのに、見覚えのある短剣と鍵が格子の隙間から滑り込んでくる。
「お前がいなくなって、腑抜けた陛下なんぞと刃を交える気はないぞ。軽い食べ物も奪ってきた。さっさと出んかい」
カチャカチャポイポイと食べ物やらが続けて放り込まれた。もはや、幻覚や幻聴などではなかった。
今後ともパスクに真剣で挑まないで欲しいものである。
「はぁ……」
リナルドはため息を吐きつつ這って、短剣に体を寄せてなんとか掴んだ。
「何だ?」
「いいえ。体力温存のために黙ります」
奇妙な反応にケリュラが訝しげに尋ねるが、黙秘を宣言した。
普通ならば諦めている時期だというのに、まさか侵入してくるとは思わなかった。無事に脱出できたとしても、2人してマキシに雷をもらうことだろう。
しかし、そう簡単には脱出もさせてはくれない。
「クソッ! 何者ですか!?」
侵入が露見したようで、捕虜の犯行かと思って敵兵がやってきたようだ。誰何の声が届くよりも早く、それに感づいていたケリュラはその場から姿を消していた。
文字通り、地下の闇に紛れたのである。
松明を用意する暇も無かった様子で駆けつけてきたのは、珍しく女性の兵士だった。
「おい! 何をしたのですッ?」
問われたところで、答えられることなどない。だからといって、牢に入れられた食料や自由になった虜囚についての言い訳も思いつかなかった。
ならば開き直るのが正解だろう。
「脱走の準備だが、何か?」
「何か? ではありませんッ! このユリア=カヴァレーロの目が黒いうちは、勝手なことはさせませんよ!」
挑発的なことを言えば、わざわざ名乗りを上げてくれた。素直な性格なのはわかったため、さらに挑発を続ける。
「済まないが、ちょっと食事中なんだ。カヴァレーロ……卿?」
空腹では戦えないとばかりに、自由になった手で食事を摂った。
「~ッ!」
リナルドの言葉に、ユリアは声にならない怒りを発した。明かりがなくても激高しているのがわかるほどだ。
3年前にカヴァレーロの名前は聞いたことがあるものの、どのような人物なのか顔が見えないため今ひとつ記憶に薄い。
若い女性ならば、それこそ珍しさで覚えているはずである。
「挨拶に来てくれなかったが、面識は一切なかったか?」
体力を回復する時間を稼ぐつもりで、世間話などしてみた。
「覚えておいででないのも仕方ないでしょう。私はケーン=カヴァレーロ子爵の後継としてイータット軍に所属しましたので」
わざわざ答えてくれるあたり、本当に律儀な性格をしているようだ。
そして漸く、父親の名前を聞いて思い出せた。
「西の鉄壁と呼ばれた防衛子爵の。道理で記憶にあるはずだ」
中央と西の辺境で、深く関わることのなかった人物の息女ということもあり、覚えていないのも仕方ない。
「多く語らったかとはないが、拝謁の機会には少しばかり会ったな。質実剛健な良い父上であった」
「そう言ってもらえて嬉しい限りですが、流石に逃走を許すわけにはいかないので」
しみじみと思い出すと、イータット王国にはもったいない人物だった。
そんな世間話もここまでだと、ユリアが懐から片手持ちの鉄砲を取り出した。どこか苦々しい表情をするところを見れば、ケーンは戦死や天珠を真っ当したわけではないのがわかる。
潔癖ゆえに、国王を裏切ることもできず暴政を見逃すことも叶わず、といったところだろうか。
悲しい話だ。
ここ数日のことは意識の外にあったが、ロジェが訪れたという記憶もない。
日に一度、大して美味しくもないペースト状の食べ物とコップ一杯の水を貰えるだけ。
「……」
一言を口に出すことさえもできないほどに疲弊していた。
拷問にかけたところで音を上げないことなど予想の上での仕打ちだろう。ギリギリまで精神的に責め立て、肉体をも苛んでいく。
受けている側は単純な痛みよりも思考ができなくなり、相手側は労力を掛けずに済む。ついでに食料の消費も抑えられる。
鞭や棘や熱で甚振ることを至高とするような者がいない限りは。
「体を傷つけられなかったのは嬉しい限りだ」
まるでリナルドの考えを代弁するように、誰かが牢の外から喋った。
幻聴かと思ったが、階段の方から差し込む明かりに影が映し出されている。幻も同時に見ているというわけだ。
ついに限界か……。
悔しい話だが、それでもパスクを裏切るよりは良いとリナルドは自身を納得させる。人質にされて仲間の足を引っ張ることもなかったのだから、託して死ねる。
「近衛隊長よ。泣くぐらいならばもう少し足掻け」
反響する呆れた声は、聞き覚えのあるケリュラの物だ。
「……」
最後の最後で、幻聴に聞くのが姫のものとは浮かばれない。きっと諦めたくないという気持ちがそう囁くのだろうが、これでも随分と抗ったのだ。
口に入れたくもないものを、飲みたくないものを、こうして生きながらえるために受け入れた。
敵に施される屈辱を飲み下した。
もはや、生きてパスクに会うことの方が不敬であるかのように思えた。
それなのに、見覚えのある短剣と鍵が格子の隙間から滑り込んでくる。
「お前がいなくなって、腑抜けた陛下なんぞと刃を交える気はないぞ。軽い食べ物も奪ってきた。さっさと出んかい」
カチャカチャポイポイと食べ物やらが続けて放り込まれた。もはや、幻覚や幻聴などではなかった。
今後ともパスクに真剣で挑まないで欲しいものである。
「はぁ……」
リナルドはため息を吐きつつ這って、短剣に体を寄せてなんとか掴んだ。
「何だ?」
「いいえ。体力温存のために黙ります」
奇妙な反応にケリュラが訝しげに尋ねるが、黙秘を宣言した。
普通ならば諦めている時期だというのに、まさか侵入してくるとは思わなかった。無事に脱出できたとしても、2人してマキシに雷をもらうことだろう。
しかし、そう簡単には脱出もさせてはくれない。
「クソッ! 何者ですか!?」
侵入が露見したようで、捕虜の犯行かと思って敵兵がやってきたようだ。誰何の声が届くよりも早く、それに感づいていたケリュラはその場から姿を消していた。
文字通り、地下の闇に紛れたのである。
松明を用意する暇も無かった様子で駆けつけてきたのは、珍しく女性の兵士だった。
「おい! 何をしたのですッ?」
問われたところで、答えられることなどない。だからといって、牢に入れられた食料や自由になった虜囚についての言い訳も思いつかなかった。
ならば開き直るのが正解だろう。
「脱走の準備だが、何か?」
「何か? ではありませんッ! このユリア=カヴァレーロの目が黒いうちは、勝手なことはさせませんよ!」
挑発的なことを言えば、わざわざ名乗りを上げてくれた。素直な性格なのはわかったため、さらに挑発を続ける。
「済まないが、ちょっと食事中なんだ。カヴァレーロ……卿?」
空腹では戦えないとばかりに、自由になった手で食事を摂った。
「~ッ!」
リナルドの言葉に、ユリアは声にならない怒りを発した。明かりがなくても激高しているのがわかるほどだ。
3年前にカヴァレーロの名前は聞いたことがあるものの、どのような人物なのか顔が見えないため今ひとつ記憶に薄い。
若い女性ならば、それこそ珍しさで覚えているはずである。
「挨拶に来てくれなかったが、面識は一切なかったか?」
体力を回復する時間を稼ぐつもりで、世間話などしてみた。
「覚えておいででないのも仕方ないでしょう。私はケーン=カヴァレーロ子爵の後継としてイータット軍に所属しましたので」
わざわざ答えてくれるあたり、本当に律儀な性格をしているようだ。
そして漸く、父親の名前を聞いて思い出せた。
「西の鉄壁と呼ばれた防衛子爵の。道理で記憶にあるはずだ」
中央と西の辺境で、深く関わることのなかった人物の息女ということもあり、覚えていないのも仕方ない。
「多く語らったかとはないが、拝謁の機会には少しばかり会ったな。質実剛健な良い父上であった」
「そう言ってもらえて嬉しい限りですが、流石に逃走を許すわけにはいかないので」
しみじみと思い出すと、イータット王国にはもったいない人物だった。
そんな世間話もここまでだと、ユリアが懐から片手持ちの鉄砲を取り出した。どこか苦々しい表情をするところを見れば、ケーンは戦死や天珠を真っ当したわけではないのがわかる。
潔癖ゆえに、国王を裏切ることもできず暴政を見逃すことも叶わず、といったところだろうか。
悲しい話だ。
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