近衛騎士隊長の同人誌『陛下、不敬をお許しください!』

AAKI

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32P・参謀の鉄火場

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 3日ほどが経ち、ヴァイマン軍を含むハイドロメル軍はフィルツェ砦の見える位置へとやってきた。
 この間も動きを見せなかったのは、こちらを首都から引きずり出すためだったのか。
「全く動かないな。まさか、もう首都の方へ回り込まれているとかないよな?」
「仮にそうだとして、結果は同じですとも。こう言ってはなんですが、奪われたら奪い返せば良いと言うこと」
 パスクの問いに答えるマキシ。出し抜かれ背後を取られているとすれば、それは軍師として未熟を意味した。滲む不安を押し殺して強がってみせた。

「そうか」
 パスクはそれを察して、陣から遠くの砦をみやった。
「敵は我々を完膚無きまでに叩き潰すつもりです。背後を取れるだけの道があるのなら、既に城壁を出た我々の後ろにいるはず」
 この距離まで詰めて挟撃がないとすれば、大群で圧殺するつもりなのだ。
 ならば正面を切り崩せば敵の主力を潰せるというわけである。

 そしてその策と言えば何だ。
「ではチザルーナ将軍、手はず通りに頼むぞ。くれぐれも」「あぁ、わかってらぁよ。追走してくる敵を全滅させたりしねぇって」
 臨時で将軍となったガーロアに指示を守るように念押しするも、途中で遮られてしまった。
 マキシが少し不満げな顔をするも、説教の時間さえ惜しくて諦めた。
 それ以上の指示がないとみるや、ガーロアとその部隊は闇夜に紛れながら馬を走らせる。陶器の入れ物を腰や背中に携えて。

 月明かりも控えめな今、砂埃を巻き上げれば蛮族達の姿を見つけることは困難だ。
 遠巻きに姿が発見されないのであれば、多少の音を聞き取られたところで問題ない。その時には既に、防壁の下までたどり着いているからだ。
「あ、あれはッ、地鳴りじゃない! 敵襲わっぷ!」
 見張りのイータット兵が声を上げるが、途中で何かが掛けられた。続けて陶器の砕ける音もした。

 何事かと自分に掛けられたものを判断すれば、その滑りと匂いから正体がわかる。
「これは、油か?」
「構わん! 撃て!」
 次々に油入りのビンを投げ込まれるため、敵兵も慌てて反撃に移る。しかし、銃を使うのは誤りだ。
 マズルフラッシュが油の気体に吸い込まれ、一瞬にして壁を赤く染めた。熱で残りの油が気化して、それがまた炎と合わさることで地獄のループを生み出す。

「おいおい、どうやって玉を出してんのかぐらい教えとけよ。まさか、こんな間抜けまで考えてたのか?」
 火計の指示ではあったものの、明かりも用意せず何ができただろう。ここまで来て漸く、マキシが敵の自滅を予想していたのだと気づいたようだ。
 いや、ガーロアはわからないまでもイータット国王のことを思えば、参謀曰く容易に想像できたらしい。
 砦は消火に手を焼き、出てこられる軍団は1000かそこらである。

「ほどほどに叩き潰しつつ退くぞ!」
 ガーロアは同胞達に指示を出し、敵軍を引きつける作戦に出た。
 さらに怒りと混乱で冷静な判断を失った相手は、ヴァイマン達の挑発的なヒット・アンド・アウェイにより深追いを繰り返す。
「娘よ! 来たぞぉぉぉぉッ!」
 さらにここでガーロアの合図を聞いて、伏兵のケリュラ軍が敵の側面を突く。

 わざと大きな声と音で知らせたのは、それこそわざと敵に存在を気づかせ動きを止めるためだ。
「伏兵か!」「クソッ! はめられた!」「だが、来ることがわかっている伏兵など!」
 そのように考えたのであれば、既にマキシの掌で転がされている。
 もう少し冷静だったなら、敵指揮官が気づけていたはずだ。横っ腹への攻撃の中に、指揮するためにいるべき少女の姿ないことに。

 いや、生憎とガーロアさえもそれに気づかなかった。なぜなら、この離脱はマキシの作戦に無かったからである。
 ただケリュラにしてみれば、戦争のような形で雑魚と戦ったところで面白くはない。ならばどうしたかと言えば、別の所で見られることだろう。
「ハハッ! このまま倒してしまったほうが良いんじゃないか?」
 誰にというわけでもなくガーロアが言った。ケリュラが側に来ていると思ったのだろうか。

 しかし、鎮火を終えた砦の敵兵達がここで飛び出してくる。それを見越してガーロアやケリュラ軍とともに退く。
「駄目だ! おめぇら、撤退だ!」
 現状の敵軍を散らしたところで、次の増援を抑えるには至らなかっただろう。混乱から立ち直ったイータット軍が、後続の協力を得て盛り返してきた。
 その勢いを借りてガーロア達が下がっていったところを、追撃してくる重装の兵隊達。そこをさらにハイドロメル軍歩兵1000が留める。4000と2000のぶつかり合いだ。

 剣戟と血、銃撃と火薬、これまでは土埃に隠されていた臭いが立ち上る。本当の戦場がそこにある。
「ダァラッシャァァアァァァッ!」
 振り抜かれたモーニングスターの一撃で、2~3人の重歩兵が転がっていった。軽い者だと吹き飛んだ。
 しかし、いくら数人の兵士が1対5人前後の敵を倒したところで、倍の数を押し止めるには至らなかった。ジリジリと中央のマキシ軍が押され、突破される勢いまで前線がたわんだ。
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