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31P・王にして友の苦悩
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フィルツェ砦陥落の報がもたらされたのは、リナルド出陣から一週間ほど後のことであった。当然、第一陣の隊長が敵の捕虜となった件は斥候からも伝えられた。その後どうなったのかは不明である。
なんとか探ろうとしているものの、それがわかるのは数日後のことだろう。
「……ふぅ~~」
パスクはジャコモや斥候からの急な連絡を受けて、深くため息をついて王座に身を預けた。
覚悟していたこととは言え、生死不明ともなると余計に不安が募る。
「陛下、この度の失態は如何様な形でも償わせていただきます」
ジャコモは、リナルドを助けられず生き残りの兵と逃げてきたことを後悔しているようだ。
歳は近衛騎士隊長よりも上で老獪だが、実力で敵わないことを知っている。少ない戦力を欠いてしまった責任を感じ、首を差し出す覚悟で戻ってきたのだ。
パスクもマキシも、その程度のことを読めない人間ではない。
1000人近くの兵を一度に失った今、さらに人員を減らすわけにもいかない。
「バッフィ卿、気に病む必要はない。いや、厳しい状況ではあるが、何を思ったか敵も動いていないだろ」
「そうだぞ。こればかりは、裏切りを見抜けなかったオロッソ隊長の失態だ」
ハスクは、この件でジャコモに責任がないことを伝え不問とした。マキシも同じく、リナルドの甘さを指摘した。
ジャコモはこの程度で納得しないぐらいには義理堅いが、王と宰相に許されて食い下がるほど聞かん坊でもない。
「お言葉、痛み入ります……。次の戦にて、この失敗を取り戻してみせます」
そう答えるしかなく、引き下がって次に備えるのだった。
ジャコモが一礼して謁見の間を去ると、またパスクは深いため息をついた。今度はマキシがたしなめるように視線を送るも、静かにヒゲの中へ目を伏せるのは同じ気持ちだからだ。
しかし表には出さず、己のすべきことへとひた走る。
「敵の戦力は着々と集まっておりますが、まだ決定的ではございません。オロッソ隊長が下り、相手の軍備が盤石になる前に叩くのが正解かと」
例え旧知の人物を犠牲にしようとも、勝ちの目を拾わなければならない。それ故にマキシは提案した。
銃砲の準備は万端とは言えないまでも、敵が集結する前に撃破してしまうつもりだ。
「任せる。俺はいつでも出られるからな」
パスクの覚悟を決めた答え。
「御意に」
マキシも応じ、退出する。
「あいつが敵に下るとは思えないが、それだけに生きているかどうか……」
パスクは、ため息こそ吐かなかったものの思案を巡らせた様子。リナルドの無事を祈るばかりである。
王の軍勢は出陣こそ考えていなかった割に、準備は早い段階で整った。
参謀は、口でこそ予定していなかったが予想して待機を命じていたらしい。たった一日かそこらの間に、ハイドロメル軍の招集が終わった。
当然、その中にはヴァイマン人達もおり、将ガーロアが今か今かと待ち望んでいる。
「こちらは出揃ったぜぇ。王様よ!」
早く合図を送れと、都市外縁の向こうから声を上げた。
「親父よ。どちらが多く敵の首を取れるか勝負といこう」
負けじと腕を鳴らすのは、ハイドロメル軍五百を指揮するケリュラだ。
「ガハハハハッ! まだ毛録はしとらんぜ。負けた時は覚悟しておけ、娘よ!」
轟々と棘付きの鉄球――モーニングスターを振り回して、ガーロアは己の武を誇ってみせた。
これで2000に上るかという人数。パスクとマキシが2000ほどの軍団を操り、フィルツェへと進攻をかける。
「しかし、マキシよ。三方に分けても大丈夫なのか?」
最終確認とばかりに、パスクは参謀に問うた。
防衛戦とは違い、戦線を広く伸ばすことは好ましいことではなかった。空っぽの首都に滑り込まれないようにしたいというのもわかるのだ。定石から言えば悪手ではないかとも思う。
「作戦はお話した通りでございます。彼の国に所属していたからこそわかる、弱点というものがあるのですよ」
しかし、あえてマキシはそれを選んだという。パスクも作戦を聞いて、なるほど、と思うこともあった。
なれば、すべきことは簡単。
「後は、俺達が全力を出し尽くすしかないというわけか」
もはや覚悟を決めなければならなかった。いや、既に決まっていたことだからこそ、マキシもここに総力を結集したのだろう。
パスクは城壁の先に躍り出て、立ち並ぶ色とりどりの兵士達を一望する。
「ただいまから出陣する! 俺の兵達よ! 汝らに戦神“マルグリン”の加護のあらんことを!」
そして号令を掛けた。
「ウオォォォォォオォォォォッ!!」「始まりダァァァァァァァッッ!」「ハハァッ! 続けェェェェェェェェェェェ!!!」
兵達の奮起の声が上がった。砂埃を巻き上げて騎馬も歩兵も流れるように転回し、生き物達が雪崩のように動き出した。
不利な状況にも関わらず、信じる何かを求めた者達の叫びだった。それは、誰かは国のための、誰かは家族のためで、誰かは功労のために。
そして誰かは、大切な者のため。愛する友のためだからこそ、武器を取る。
彼らにとって報復となるか救助となるかはわからないまでも立ち向かった。
なんとか探ろうとしているものの、それがわかるのは数日後のことだろう。
「……ふぅ~~」
パスクはジャコモや斥候からの急な連絡を受けて、深くため息をついて王座に身を預けた。
覚悟していたこととは言え、生死不明ともなると余計に不安が募る。
「陛下、この度の失態は如何様な形でも償わせていただきます」
ジャコモは、リナルドを助けられず生き残りの兵と逃げてきたことを後悔しているようだ。
歳は近衛騎士隊長よりも上で老獪だが、実力で敵わないことを知っている。少ない戦力を欠いてしまった責任を感じ、首を差し出す覚悟で戻ってきたのだ。
パスクもマキシも、その程度のことを読めない人間ではない。
1000人近くの兵を一度に失った今、さらに人員を減らすわけにもいかない。
「バッフィ卿、気に病む必要はない。いや、厳しい状況ではあるが、何を思ったか敵も動いていないだろ」
「そうだぞ。こればかりは、裏切りを見抜けなかったオロッソ隊長の失態だ」
ハスクは、この件でジャコモに責任がないことを伝え不問とした。マキシも同じく、リナルドの甘さを指摘した。
ジャコモはこの程度で納得しないぐらいには義理堅いが、王と宰相に許されて食い下がるほど聞かん坊でもない。
「お言葉、痛み入ります……。次の戦にて、この失敗を取り戻してみせます」
そう答えるしかなく、引き下がって次に備えるのだった。
ジャコモが一礼して謁見の間を去ると、またパスクは深いため息をついた。今度はマキシがたしなめるように視線を送るも、静かにヒゲの中へ目を伏せるのは同じ気持ちだからだ。
しかし表には出さず、己のすべきことへとひた走る。
「敵の戦力は着々と集まっておりますが、まだ決定的ではございません。オロッソ隊長が下り、相手の軍備が盤石になる前に叩くのが正解かと」
例え旧知の人物を犠牲にしようとも、勝ちの目を拾わなければならない。それ故にマキシは提案した。
銃砲の準備は万端とは言えないまでも、敵が集結する前に撃破してしまうつもりだ。
「任せる。俺はいつでも出られるからな」
パスクの覚悟を決めた答え。
「御意に」
マキシも応じ、退出する。
「あいつが敵に下るとは思えないが、それだけに生きているかどうか……」
パスクは、ため息こそ吐かなかったものの思案を巡らせた様子。リナルドの無事を祈るばかりである。
王の軍勢は出陣こそ考えていなかった割に、準備は早い段階で整った。
参謀は、口でこそ予定していなかったが予想して待機を命じていたらしい。たった一日かそこらの間に、ハイドロメル軍の招集が終わった。
当然、その中にはヴァイマン人達もおり、将ガーロアが今か今かと待ち望んでいる。
「こちらは出揃ったぜぇ。王様よ!」
早く合図を送れと、都市外縁の向こうから声を上げた。
「親父よ。どちらが多く敵の首を取れるか勝負といこう」
負けじと腕を鳴らすのは、ハイドロメル軍五百を指揮するケリュラだ。
「ガハハハハッ! まだ毛録はしとらんぜ。負けた時は覚悟しておけ、娘よ!」
轟々と棘付きの鉄球――モーニングスターを振り回して、ガーロアは己の武を誇ってみせた。
これで2000に上るかという人数。パスクとマキシが2000ほどの軍団を操り、フィルツェへと進攻をかける。
「しかし、マキシよ。三方に分けても大丈夫なのか?」
最終確認とばかりに、パスクは参謀に問うた。
防衛戦とは違い、戦線を広く伸ばすことは好ましいことではなかった。空っぽの首都に滑り込まれないようにしたいというのもわかるのだ。定石から言えば悪手ではないかとも思う。
「作戦はお話した通りでございます。彼の国に所属していたからこそわかる、弱点というものがあるのですよ」
しかし、あえてマキシはそれを選んだという。パスクも作戦を聞いて、なるほど、と思うこともあった。
なれば、すべきことは簡単。
「後は、俺達が全力を出し尽くすしかないというわけか」
もはや覚悟を決めなければならなかった。いや、既に決まっていたことだからこそ、マキシもここに総力を結集したのだろう。
パスクは城壁の先に躍り出て、立ち並ぶ色とりどりの兵士達を一望する。
「ただいまから出陣する! 俺の兵達よ! 汝らに戦神“マルグリン”の加護のあらんことを!」
そして号令を掛けた。
「ウオォォォォォオォォォォッ!!」「始まりダァァァァァァァッッ!」「ハハァッ! 続けェェェェェェェェェェェ!!!」
兵達の奮起の声が上がった。砂埃を巻き上げて騎馬も歩兵も流れるように転回し、生き物達が雪崩のように動き出した。
不利な状況にも関わらず、信じる何かを求めた者達の叫びだった。それは、誰かは国のための、誰かは家族のためで、誰かは功労のために。
そして誰かは、大切な者のため。愛する友のためだからこそ、武器を取る。
彼らにとって報復となるか救助となるかはわからないまでも立ち向かった。
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