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28P・敗戦
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状況が動き始め、敵の大一団が黒アリの如く向かって来るのが見えた。人が歩くだけで砂埃が立ち上り、地鳴りがすることなどそうそうあるものではない。それほどまでに重装の軍隊なのである。
先頭に大盾を構えた部隊が矢の雨を阻み、逆に鏃が滝の如く登って反撃してくる。砦の防壁がなんとか敵弓兵の攻撃を阻んだところで、騎兵が突撃してくる前に脱出を試みる。銃砲を持ち出してこなかったことは嬉しかった。
「臆するな! 敵一千など阻める!」
誰の言葉だったか。
リナルドは自分の指揮ではないその怒声を追って、弩弓を扱って壁の上に立つロジェの姿を見つける。
それがどういう意味を持つのか。
理解する前に、結果など直ぐに出る。
「撤退だ! 撤退せ……クソッ!」
らしくない悪態まで出るほどだ。
撤退の指示を出したにも関わらず、多くが従わずに防壁に食らいついて敵を阻む。自軍と同数の一団に対して、籠城戦という形は勇気を与えてしまったのだ。
「隊長、従う者だけでも連れてッ」
「バッフィ小隊長……。仕方ない! ついてくる者だけでも撤退しろ!」
小隊を預かるジャコモ=バッフィに誘導され、リナルドは断腸の思いでフィルツェ砦を後にする。王から預かった軍を多く減らすことを良しとは思わなかったが、説得して回る時間の方が惜しかった。
諦めて、馬に跨ると門へと向かって走り出した。
だが、門を防衛していた自軍が敵との交戦により上手く働かなかったことにより、開門が遅れてしまったのである。
「ヒッ! 騎兵が!」
「こちらからでは無理か……!」
既にイータット騎兵の突撃が開始されており、防壁からの援護も多くは望めなかった。
なんとしてでも切り抜けると、リナルドは馬の腹を蹴り勢いよく駆け出す。
しかし、その瞬間に響き渡るのは馬のいななき。
「なッ!?」
馬頭が視界を遮ると視点がいきなり高くなり、悲鳴と同時に浮遊感が襲った。
敵の弓兵によるものか、それとも誤射か。矢が馬の脚に矢が刺さったのだ。
リナルドは宙に投げ出されるも、なんとか体勢を整え直して地面に着地することができた。だが、それは逃げるための足を完全に失ったということである。
ここから素足で走って逃走できるような超人はいないだろう。いや、1~2名を除けばいないだろう。
「敵将、リナルド=オロッソだな?」
周囲から切っ先を突きつけられ黙るしかない中、イータット軍の千兵隊長と思しき男に問われた。
「そうだったらどうした? さっさと首を跳ねるなりすれば良い」
どう答えたところで解決する問題ではない。人質になるぐらいならばとリナルドは潔く死を選んだ。
自決を望みたかったが、そこまで優しくはないだろう。
「ならば大人しくついてきてもらおう」
中年の千兵隊長の思わぬ言葉にリナルドは眉をひそめるも、考えることは大体わかって武器に手をかけようとする。あわよくば味方に引き入れたいということだろう。
「……」
「なに、悪いようにはしない」
「虜囚になれというのか? そんな恥じを晒すぐらいならば死を選ぶ!」
反撃を許さないというように周囲の兵士が目を光らせたため、賜った細剣を抜いて一気に畳み掛けるチャンスはなかった。
それでも、パスクに対する人質になるならば一人と刺し違えるつもりだった。
「他の兵のことを考えれば、そうも言えないのではないかね?」
尚も中年の兵隊長は説得しようと愛想笑いを浮かべた。
1000の敵軍を簡単に飲み込める相手が、わざわざ情報を聞き出すためにリナルドを生かす意味がわからない。反逆まで考慮すれば余計に邪魔な存在のはず。
リナルドの予想以上に何かを画策しているようだ。
「お前を見込んでいる者がいるんだ」
「フンッ、聞く耳などない。イータット国王だろう? あのお方が私を褒めてガッ……」
男の不敵な笑み。リナルドが丁重な断りを言いかけた瞬間、後頭部を襲う衝撃があった。
いくら近衛騎士隊長とはいえ、頭部への攻撃に耐えられるほど強くはない。意識など特にそうだ。
薄れゆく思考の中で、元の国家元首が自分達に行ったことを思い出す。
最初は、パスクを身勝手にヴァイマンの国へと派兵したことだ。蛮族などと決めつけた上で、ただ新たな火種を振りまいただけである。
「陛下、これ以上の戦は国を孤立させるだけです……。国民も、この先の戦乱に怯えております」
多く周辺国を飲み込んて成り立ったイータット国の考えには、リナルドやマキシも苦言を呈する。
このままでは大切な友が無意味な戦火を広げに行ってしまう。
「ブブブッ! 暴君と蔑むならば言わせておけ!」
唾を吐き散らして、イータット国王は答えた。一言一言でみっともないお腹が揺れる。
まるで自国が周辺国を呑み込むのに併せて、力と欲望で肥大したような脂肪だ。
「ブブッ! 力無き者どもが何をほざこうが、この朕へは届かん!」
高笑いが耳障りに響き、国民への侮辱など聞くに耐えなかった。
「ブブブブッ! お前達一兵どもなど、朕の財と変わらん。その財如きが所有者に意見するなどおこがましいわ!」
更には、おのがために戦う兵士達をただの道具にしか思わない言動。特に、パスクと共するリナルド達には特に当たりが強かった。
離反の流れは既に出来上がっていたのである。
先頭に大盾を構えた部隊が矢の雨を阻み、逆に鏃が滝の如く登って反撃してくる。砦の防壁がなんとか敵弓兵の攻撃を阻んだところで、騎兵が突撃してくる前に脱出を試みる。銃砲を持ち出してこなかったことは嬉しかった。
「臆するな! 敵一千など阻める!」
誰の言葉だったか。
リナルドは自分の指揮ではないその怒声を追って、弩弓を扱って壁の上に立つロジェの姿を見つける。
それがどういう意味を持つのか。
理解する前に、結果など直ぐに出る。
「撤退だ! 撤退せ……クソッ!」
らしくない悪態まで出るほどだ。
撤退の指示を出したにも関わらず、多くが従わずに防壁に食らいついて敵を阻む。自軍と同数の一団に対して、籠城戦という形は勇気を与えてしまったのだ。
「隊長、従う者だけでも連れてッ」
「バッフィ小隊長……。仕方ない! ついてくる者だけでも撤退しろ!」
小隊を預かるジャコモ=バッフィに誘導され、リナルドは断腸の思いでフィルツェ砦を後にする。王から預かった軍を多く減らすことを良しとは思わなかったが、説得して回る時間の方が惜しかった。
諦めて、馬に跨ると門へと向かって走り出した。
だが、門を防衛していた自軍が敵との交戦により上手く働かなかったことにより、開門が遅れてしまったのである。
「ヒッ! 騎兵が!」
「こちらからでは無理か……!」
既にイータット騎兵の突撃が開始されており、防壁からの援護も多くは望めなかった。
なんとしてでも切り抜けると、リナルドは馬の腹を蹴り勢いよく駆け出す。
しかし、その瞬間に響き渡るのは馬のいななき。
「なッ!?」
馬頭が視界を遮ると視点がいきなり高くなり、悲鳴と同時に浮遊感が襲った。
敵の弓兵によるものか、それとも誤射か。矢が馬の脚に矢が刺さったのだ。
リナルドは宙に投げ出されるも、なんとか体勢を整え直して地面に着地することができた。だが、それは逃げるための足を完全に失ったということである。
ここから素足で走って逃走できるような超人はいないだろう。いや、1~2名を除けばいないだろう。
「敵将、リナルド=オロッソだな?」
周囲から切っ先を突きつけられ黙るしかない中、イータット軍の千兵隊長と思しき男に問われた。
「そうだったらどうした? さっさと首を跳ねるなりすれば良い」
どう答えたところで解決する問題ではない。人質になるぐらいならばとリナルドは潔く死を選んだ。
自決を望みたかったが、そこまで優しくはないだろう。
「ならば大人しくついてきてもらおう」
中年の千兵隊長の思わぬ言葉にリナルドは眉をひそめるも、考えることは大体わかって武器に手をかけようとする。あわよくば味方に引き入れたいということだろう。
「……」
「なに、悪いようにはしない」
「虜囚になれというのか? そんな恥じを晒すぐらいならば死を選ぶ!」
反撃を許さないというように周囲の兵士が目を光らせたため、賜った細剣を抜いて一気に畳み掛けるチャンスはなかった。
それでも、パスクに対する人質になるならば一人と刺し違えるつもりだった。
「他の兵のことを考えれば、そうも言えないのではないかね?」
尚も中年の兵隊長は説得しようと愛想笑いを浮かべた。
1000の敵軍を簡単に飲み込める相手が、わざわざ情報を聞き出すためにリナルドを生かす意味がわからない。反逆まで考慮すれば余計に邪魔な存在のはず。
リナルドの予想以上に何かを画策しているようだ。
「お前を見込んでいる者がいるんだ」
「フンッ、聞く耳などない。イータット国王だろう? あのお方が私を褒めてガッ……」
男の不敵な笑み。リナルドが丁重な断りを言いかけた瞬間、後頭部を襲う衝撃があった。
いくら近衛騎士隊長とはいえ、頭部への攻撃に耐えられるほど強くはない。意識など特にそうだ。
薄れゆく思考の中で、元の国家元首が自分達に行ったことを思い出す。
最初は、パスクを身勝手にヴァイマンの国へと派兵したことだ。蛮族などと決めつけた上で、ただ新たな火種を振りまいただけである。
「陛下、これ以上の戦は国を孤立させるだけです……。国民も、この先の戦乱に怯えております」
多く周辺国を飲み込んて成り立ったイータット国の考えには、リナルドやマキシも苦言を呈する。
このままでは大切な友が無意味な戦火を広げに行ってしまう。
「ブブブッ! 暴君と蔑むならば言わせておけ!」
唾を吐き散らして、イータット国王は答えた。一言一言でみっともないお腹が揺れる。
まるで自国が周辺国を呑み込むのに併せて、力と欲望で肥大したような脂肪だ。
「ブブッ! 力無き者どもが何をほざこうが、この朕へは届かん!」
高笑いが耳障りに響き、国民への侮辱など聞くに耐えなかった。
「ブブブブッ! お前達一兵どもなど、朕の財と変わらん。その財如きが所有者に意見するなどおこがましいわ!」
更には、おのがために戦う兵士達をただの道具にしか思わない言動。特に、パスクと共するリナルド達には特に当たりが強かった。
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