近衛騎士隊長の同人誌『陛下、不敬をお許しください!』

AAKI

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25P・開戦の一手

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 南方へ早馬が走り、各役所への通達を出したのが翌朝のこと。北方の砦からイータット軍の進軍を確認したのがその翌日のことだった。
「報告します! 北北西よりおよそ一個大隊の進行を確認!」
 駆け込んできたスカウトが玉座の間に響き渡るよう言った。
 護衛に近衛兵2人からは騒然とした空気が流れるも、残る3人は自然の理とばかりに静かに息をつく。

「来ましたね。出兵の準備は出来ています」
「そうだな。およそ4日程度の道のりか」
「姫が帰ってくるのは明日、明後日と言ったところだな。間に合うか? マキシ」
 リナルドが冷静に状況を受け止め、前線に出る兵の招集と兵站の準備へと向かった。参謀が首都防衛に回らなければならない程度の人員の少なさがネックだろう。
 マキシはイータットの動きを予測しつつ、なんとか復活を果たしたと言った様子だ。
 最後にパスクが、鉄砲の製造について懸念を示した。

「周辺から集められるだけの職人は借り出しました。多くは無理でしょうが、こちらの先行部隊がどれだけ押し留めてくれるか」
 素直に難儀していることを伝え、兵達の働きに期待する。策こそ与えてあるが、少数といくつかの砦だけでは1~2日引き伸ばすのがやっとだ。
 パスクはそれを叱りつけることもなくうなずく。
「そちらの動きは任せた。何か必要な策があれば言ってくれ」
 王の役割は首都の防衛と己の生存である。やれることは少なく、ただマキシの采配を頼りにするだけだ。

 そんなもどかしさに対して、参謀が掛けられる言葉がないのは心苦しいだろう。
「……どうか、生き残りください」
「俺にそれを指示するのは酷というものだ。ほんと、ケリュラに押し付けたいんだが……あれも無理だな」
 慎重に否定され、叶わない自己推薦を口にして笑うのだった。

「最悪、首都を最終防衛線にする!」
「ハッ! 混乱を避けるため、市民の首都からの避難を密かに行っております」
 既にパスクの考えを読み、マキシは行動に移っていた。目的地は南方で、ガーロアのヴァイマン人軍によって西を守護する予定である。最悪、首都防衛を東に伸ばさなければならないが、敵もそのような余裕はないと踏んでいた。
 2人の視線が交わり、以心伝心でそれらの考えは伝わる。

 しかし、それはリナルドとケリュラを前線に押し出すのと同義。
 ケリュラはワンマンプレイを望んで突っ込むだろうが、リナルドを失うのは痛い。
「後はオロッソ隊長達の働きに期待するしかないでしょうな」
「姫はどうせ止めても聞かないだろうし……」
 当然、大切な友のことを思えばそれ以上を口に出すのははばかられた。妹のように見ているケリュラにだって、本当ならば前線に出て欲しくはなかった。

 マキシはそれを指摘することもなく、一礼するとパスクに背を向けて部屋を出た。
 残された王は、ただ寂しげに白く何もない天井を見上げる。
「せめて、もう一度ぐらい酒を酌み交わすか」
 独り言を呟いた。
 しっかりと“マルグリン”の祝福の元で送り出してやらなければ、それこそ無念というものだろう。

 その会議を最後に、慌ただしくもどこか緩慢に動いていく。
 まずは大きな開戦もなく北方の砦を1つ開放し、イータット軍に拠点を与えつつも兵の損害なく終わった。
「思った以上に動かないな」
 マキシと地図上の戦線を眺めていたパスクが小さく漏らした。

 こうも動かずに砦にこもるのは、単純に拠点づくりだけが目的だからだろうか。
「もしかしたら、国内の工作兵があぶり出されていることに気づいていないのやもしれません。少なくとも、まだ潜伏している可能性を信じているのでしょうな」
 マキシが答えた。進軍も、リナルドの働きにより国内の片付けが進んだことによるものだろうと推測していたが、敵は全体を把握しきれていないようだ。
 良くても、工作兵の残党を回収する目的だろう。

「あちらさんが落ち着くまでは動かないと? 流石に、進軍までしてきて悠長じゃぁねぇか?」
「それだけの戦力差があると……。大きく時間を稼げるか、上手く偵察できると良いのですが」
 もし集合をかけているとするなら、相手がハイドロメル国を甘く見ていないという証左である。いや、マキシにしてみればそれこそ油断していてくれていた方が良かった。
 リナルドも着々と準備を進めており、市民の避難と銃の用意は及第点に至るだろう。

「かぁ~~。ふぅ。少し、鉄砲の状況も見てくるか。ケリュラのヤツも、一日引きこもって痺れを切らしているころのはず」
 会議にも飽きてきたパスクは、戦術をマキシに任せて王座の間を出ていった。
 宰相も視察ともなれば引き止めることもできず、兵隊長と作戦を練り合わせることの集中するようだ。

 近衛兵を2人ほど引き連れ、王城を出たパスクは昼間でありながら人気のなくなった城下を歩く。いつもであれば、派手なマントを排した身なりの良い服装で歩いていれば一目を集めるというのに、ほとんどが王を一瞥するだけに留める。
 人が避難したというのもあるが、不穏を察して家にこもってしまっているのも大きいのだろう。
 開いている店と言えば、マキシが手配した鍛冶屋に連なる数件と本屋ぐらいのものだった。
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