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22P・奔走する者達
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リナルドにしてみれば、確かに屈辱を味わったものの逆に忠義を示せた。自分は決して盗蜜者になびかなかったと。
「お互い様だ。この件を罰するつもりはない」
「……クソッ!」
リナルドは冷静に対応したつもりだっただろうが、反してロジェは悔しげに悪態をついた。
冷ややかな反応が余計に反感を買ってしまったらしい。
ロジェはそのまま全力疾走で裏路地から立ち去った。
「……ふぅ~ッ」
すまない。
部下の気持ちに応えてやれなかったことを内心で謝罪して、建物が割いた青空を仰ぎつつ深くため息をつくのだった。
「さて、戻るか」
本屋の皆を待たせているためいつまでも黄昏れているわけにもいかず、気持ちを切り替えて歩き出した。
それからの流れはいつも通りで、卑劣な行為があったことなどなかったように振る舞い時間を過ごした。時間がかかったのは店が混んでいたと言い訳していたら、誰も怪しむことはない。
どちらかと言えば、一度スッキリしたからか執筆がスムーズにいった。それこそ情事のシーンでなければ頭が冴えているぐらいにだ。
こうして、その日の集会は終わりを告げるのだった。休暇もそれ以上は何事もなく過ぎて数日が経った。
懸念していたロジェの噂の流布なども聞かない。あの噂好きのケリュラさえ何も言ってこず、侍女や兵達の反応もいつも通り。
その流言飛語も、里帰りのため南方へと旅立つ日がやってきた。
「それでは行ってくる」
パスク他、主要な一同に簡単な挨拶をするケリュラ。
「あぁ、気をつけてな」
陛下直々に見送りの言葉を掛けるのだから、なんだかんだで信用されているのだろう。
「皆の者、くれぐれも王妃を自由気ままにさせてはならんぞ?」
同行する近衛兵や侍女達に念を押すのはマキシだ。致し方ない上にパスクが許可した以上は無理に引き止めることもできず、暗に反抗の兆しを見抜けと言う。
ただ、少し前にもケリュラが言った通り、自分より弱い兵が数人付いた程度でどうにかなるものでもない。
「用兵は素人ではないのだぞ? なぁに、上手く使ってやるさ」
それが果たして奔放のため出し抜いてやるという宣言なのかはわからなかった。
ただ、リナルドにも疑問はあった。なぜわざわざ、近衛兵の指揮権までケリュラ自身に取り付けたのかということだ。
自分より弱い者を用いて戦をするよりも、パスクのように前線へ飛び出していくことを好むはずである。故に。
「軍団を運用するならガーロアの軍勢を使えば良いのでは?」
「何を言う」
それは即座に否定された。
「いずれは陛下と共にハイドロメルを治めるのだぞ? 国軍の性質も知らずに動かせるわけなかろう」
なかなかに大きく出ているが、ごもっともなのでリナルドもそれ以上は何も言えなかった。
「……まぁ、確かに」
うめき声に近い小声で納得した。
しかし、そこに物申すのが人の気も知らないマキシである。
「ならば、早々にご世継ぎを産んでいただきたいものですな」
「おふッ……。いや、そうなるとパスクとも刃を交えられなくなりしのぉ?」
図星を突かれてギクリと肩を震えさせるケリュラ。中老には聞こえない声で言い訳を述べて、慌てて馬を南へと反転させた。
「さぁ、出発じゃ!」
「あッ! お待ちくだされ、ケリュラ王妃!」
急ぎ話を切り上げて馬を走らせたケリュラを、マキシがいつもの説教を振り回して追いかける。余談だが、それがやや年寄りの冷や水になったのであった。
同好の集まりで得たピエールやモニカからの情報を、ベッドの上で協議する羽目になったのである。
時間と場所は移り、マキシ宰相の自室兼執務室。
「――以上です。どう、思われます?」
得た情報を、噂と聞き込みという建前でリナルドが説明を終えたところだ。
マキシは、ベッドの上でうつ伏せになってそれを静かに聞いていた。腰にはタオルで薬草を包んだ湿布が巻きつけられていて痛々しい。
「なるほど。そういうことか」
そして、得心いったとばかりにつぶやいた。
職人の流出も、工作によるものだとわかって少し気が楽になった様子だ。背中の痛みは引きはしないが。
それでも、まだ根本の原因が解決したわけではない。
「対策は難しくはない。オロッソ隊長は引き続き工作員のあぶり出しに尽力してくれ」
マキシにそう任されてしまった。ただ、それは憲兵隊の仕事である。
「職人にはある程度の優待を与えて、引き止めることにしよう」
「優遇政策ですか。効果はあると思いますが、国民からの反感はでないでしょうか?」
国外での仕事の方が稼げると誘われて引き抜かれるなら、確かに国税を当てるのは有効な手立てである。当然ながら、大した説明もなく一部の人間だけに支援金などを贈ろうものなら文句がでてもおかしくはない。この指摘が出ることを予想していない参謀ではないはずだ。
「その点は、武器職人以外の職人にも与える。なかなか厳しい支出にはなるだろうが、南から順次とすればもう一方の問題にも着手できる」
10年近くパスクを支えてきたそんなマキシでも、苦肉の策しか思いつかない様子だ。とは言え、ヘッドハントの他にも塩の問題も着手しなければならない以上は一石二鳥の手ではあった。
「こちらが先に枯れるのが先か、相手の画策を潰すのが先か」
マキシの意図を察してリナルドも呆れたように言った。
「お互い様だ。この件を罰するつもりはない」
「……クソッ!」
リナルドは冷静に対応したつもりだっただろうが、反してロジェは悔しげに悪態をついた。
冷ややかな反応が余計に反感を買ってしまったらしい。
ロジェはそのまま全力疾走で裏路地から立ち去った。
「……ふぅ~ッ」
すまない。
部下の気持ちに応えてやれなかったことを内心で謝罪して、建物が割いた青空を仰ぎつつ深くため息をつくのだった。
「さて、戻るか」
本屋の皆を待たせているためいつまでも黄昏れているわけにもいかず、気持ちを切り替えて歩き出した。
それからの流れはいつも通りで、卑劣な行為があったことなどなかったように振る舞い時間を過ごした。時間がかかったのは店が混んでいたと言い訳していたら、誰も怪しむことはない。
どちらかと言えば、一度スッキリしたからか執筆がスムーズにいった。それこそ情事のシーンでなければ頭が冴えているぐらいにだ。
こうして、その日の集会は終わりを告げるのだった。休暇もそれ以上は何事もなく過ぎて数日が経った。
懸念していたロジェの噂の流布なども聞かない。あの噂好きのケリュラさえ何も言ってこず、侍女や兵達の反応もいつも通り。
その流言飛語も、里帰りのため南方へと旅立つ日がやってきた。
「それでは行ってくる」
パスク他、主要な一同に簡単な挨拶をするケリュラ。
「あぁ、気をつけてな」
陛下直々に見送りの言葉を掛けるのだから、なんだかんだで信用されているのだろう。
「皆の者、くれぐれも王妃を自由気ままにさせてはならんぞ?」
同行する近衛兵や侍女達に念を押すのはマキシだ。致し方ない上にパスクが許可した以上は無理に引き止めることもできず、暗に反抗の兆しを見抜けと言う。
ただ、少し前にもケリュラが言った通り、自分より弱い兵が数人付いた程度でどうにかなるものでもない。
「用兵は素人ではないのだぞ? なぁに、上手く使ってやるさ」
それが果たして奔放のため出し抜いてやるという宣言なのかはわからなかった。
ただ、リナルドにも疑問はあった。なぜわざわざ、近衛兵の指揮権までケリュラ自身に取り付けたのかということだ。
自分より弱い者を用いて戦をするよりも、パスクのように前線へ飛び出していくことを好むはずである。故に。
「軍団を運用するならガーロアの軍勢を使えば良いのでは?」
「何を言う」
それは即座に否定された。
「いずれは陛下と共にハイドロメルを治めるのだぞ? 国軍の性質も知らずに動かせるわけなかろう」
なかなかに大きく出ているが、ごもっともなのでリナルドもそれ以上は何も言えなかった。
「……まぁ、確かに」
うめき声に近い小声で納得した。
しかし、そこに物申すのが人の気も知らないマキシである。
「ならば、早々にご世継ぎを産んでいただきたいものですな」
「おふッ……。いや、そうなるとパスクとも刃を交えられなくなりしのぉ?」
図星を突かれてギクリと肩を震えさせるケリュラ。中老には聞こえない声で言い訳を述べて、慌てて馬を南へと反転させた。
「さぁ、出発じゃ!」
「あッ! お待ちくだされ、ケリュラ王妃!」
急ぎ話を切り上げて馬を走らせたケリュラを、マキシがいつもの説教を振り回して追いかける。余談だが、それがやや年寄りの冷や水になったのであった。
同好の集まりで得たピエールやモニカからの情報を、ベッドの上で協議する羽目になったのである。
時間と場所は移り、マキシ宰相の自室兼執務室。
「――以上です。どう、思われます?」
得た情報を、噂と聞き込みという建前でリナルドが説明を終えたところだ。
マキシは、ベッドの上でうつ伏せになってそれを静かに聞いていた。腰にはタオルで薬草を包んだ湿布が巻きつけられていて痛々しい。
「なるほど。そういうことか」
そして、得心いったとばかりにつぶやいた。
職人の流出も、工作によるものだとわかって少し気が楽になった様子だ。背中の痛みは引きはしないが。
それでも、まだ根本の原因が解決したわけではない。
「対策は難しくはない。オロッソ隊長は引き続き工作員のあぶり出しに尽力してくれ」
マキシにそう任されてしまった。ただ、それは憲兵隊の仕事である。
「職人にはある程度の優待を与えて、引き止めることにしよう」
「優遇政策ですか。効果はあると思いますが、国民からの反感はでないでしょうか?」
国外での仕事の方が稼げると誘われて引き抜かれるなら、確かに国税を当てるのは有効な手立てである。当然ながら、大した説明もなく一部の人間だけに支援金などを贈ろうものなら文句がでてもおかしくはない。この指摘が出ることを予想していない参謀ではないはずだ。
「その点は、武器職人以外の職人にも与える。なかなか厳しい支出にはなるだろうが、南から順次とすればもう一方の問題にも着手できる」
10年近くパスクを支えてきたそんなマキシでも、苦肉の策しか思いつかない様子だ。とは言え、ヘッドハントの他にも塩の問題も着手しなければならない以上は一石二鳥の手ではあった。
「こちらが先に枯れるのが先か、相手の画策を潰すのが先か」
マキシの意図を察してリナルドも呆れたように言った。
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