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20P・盗蜜者
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昼になり賑わい始めた大通りを進み、露店の前にできた人だかりへと入っていこうする。湯でる蒸気に油の煙と、食欲を刺激する匂いが既に漂ってくる。熱湯の中で米の麺が楽しげに踊り、鉄板の上では安い肉が日光浴して程よく色目をつけていく。
ローテーションはほとんど決まってしまっているが、いつもどおり適当に大皿で買える食べ物を選んで抱えていくつもりだった。
「……?」
ドルナリンは、建物の間にできた細い道から誰かの気配を感じて立ち止まった。
横目で確認する頃には、人影は路地の角の向こうへと消えてしまう。ドルナリンの視線に気づいて薄闇に身を隠したのは確かであり、本屋を出たところから上下紺色を着込んだ何者かは見えていた。
侵略が密かに進んでいるなどという話を聞いた後のため、猜疑が勝ってしまったのだろう。考えすぎかとも思ったものの、気をつけておいて損ではない状況だ。
「よし」
ドルナリンは懐の短剣を確認すると、早足で路地裏へと入っていった。水とゴミが混じり合った悪臭に顔をしかめつつ、2つほど角を曲がる。
人気のない不潔で不快な灰色の世界へと完全に変わってしまっている。
「逃げ切られたか?」
ドルナリンは独り言ちた。
屋内への扉は疎らに見えるものの、1つずつ入って探しているわけにもいかない。近衛騎士としての立場でならば不可能ではないとはいえ、人影が見えなくなった以上、深追いは危険と判断するしかない。
「遅くなっても……」
ドルナリンは諦めることにして、来た道を戻ろうと踵を返した。
その瞬間、差し込む僅かな陽光で人影が映し出される。
背後の、あばら家の屋根に隠れていたのだ。
「くッ!」
ドルナリンはすぐさま反応して、振り向きながら懐の短剣を取り出そうとした。
「何!?」
しかし、鞘から引き抜く同時の行動を賊の手刀で制され驚きの声を上げる。手の甲に走る痺れに近い痛みを堪え、武器は拾うことなく後退った。
ドルナリンの動きを読んでいて、賊が最初から狙っていた動きだとわかったからだ。
本来ならばもっと警戒して然るべきだったのだろうが、敵の正体を見て次の動作に支障が出てしまう。
「お前はッ? クッ……!」
驚愕して見せるも、そのすきに賊はドルナリンを壁へと押し付け両手首を抑え込んだ。それだけまさかの人物だったのである。
本来は頭1つ分ほど小さな体だが、やや中腰の姿勢でマウントを取られてしまうと動くにも動けない。
「ロジェ、なぜ卿が……」
同僚の後輩とわかり、無理な抵抗も出来ず問いかける。そう、なぜ
黄金の髪が近く、まだ若い男の香りが鼻孔をくすぐり思わず顔を背けてしまったが。なぜだか、罪悪感が胸を突くのだ。
「オロッソ隊長こそ、まさかこんなところに潜入されているとは思いませんでしたよ」
ロジェのボーイソプラノで皮肉が飛んできた。
こうもあっさりと変装を見破られるとは思わなかった。
それよりも重要なのは、なぜか互いの正体がわかってもロジェが身を引こうとしないことである。
「疑ったことは悪かった……。こそこそとこちらを嗅ぎ回っている様子だったので、追いかけてしまったんだ」
攻撃しようとしたことを怒っているのかと思って謝罪を入れたが、手首を掴んだ力は弱まることはなかった。
「変装のことは、その。どうしても個人的なことだったもので……。違うのか?」
休暇の誘いを断ったことだろうかと、改めて弁解を述べてみる。しかし、ロジェの反応からそれも間違っている様子だ。
「違いますよ。別に怒っているわけではなくて、嬉しいんです」
「嬉しい?」
あどけなさを残しながらも整った男前が、ドルナリンの疑問に答えニヤリと口元を三日月型に歪ませた。それはまるで、神話に謳われる盗賊の神を思わせた。
ロジェの不可解なセリフをオウム返しに問う。
「オロッソ隊長。いえ、リナルドの秘密を知れたことがです」
果たしてどういう意味か。
「脅すのか? 盗人の神“アンジェイド”のように悪辣な顔だぞ」
休暇の際に呼び捨てにしたことを叱りつけるほど狭量ではないが、酷く嫌な予感がして批判的になってしまう。
それでもロジェはアルカイックスマイルを崩さず、ズイッと顔を寄せてくる。その冷たいながらも精巧な笑みに、ドルナリンも想い人がいなければ簡単に心を奪われてしまったことだろう。
流石は、庭の小石から神々の貢物である甘露まで盗めるとされた神だ。
「そんなことを言える立場ですか? 何をしているのかぐらい、ちゃんと掴んでいるんですよ?」
その悪心ゆえに、“マルグリン”より邪神とされるかの神を人は侮蔑を込めて呼ぶ――。
本気で脅迫することを宣言して見せる。そして、片手が開放されたかと思えば、ロジェの手がドルナリンの顎を捉えて顔を正面に向けさせた。
「何をすッ!? ンゥッ!!」
抵抗する間もなく唇同士が重なり、頬を押されて開かされた口腔へとベロが侵入してくる。乱暴に、ただ奪わんとするがためにドルナリンの口づけを貪る。
――盗蜜者と。
ローテーションはほとんど決まってしまっているが、いつもどおり適当に大皿で買える食べ物を選んで抱えていくつもりだった。
「……?」
ドルナリンは、建物の間にできた細い道から誰かの気配を感じて立ち止まった。
横目で確認する頃には、人影は路地の角の向こうへと消えてしまう。ドルナリンの視線に気づいて薄闇に身を隠したのは確かであり、本屋を出たところから上下紺色を着込んだ何者かは見えていた。
侵略が密かに進んでいるなどという話を聞いた後のため、猜疑が勝ってしまったのだろう。考えすぎかとも思ったものの、気をつけておいて損ではない状況だ。
「よし」
ドルナリンは懐の短剣を確認すると、早足で路地裏へと入っていった。水とゴミが混じり合った悪臭に顔をしかめつつ、2つほど角を曲がる。
人気のない不潔で不快な灰色の世界へと完全に変わってしまっている。
「逃げ切られたか?」
ドルナリンは独り言ちた。
屋内への扉は疎らに見えるものの、1つずつ入って探しているわけにもいかない。近衛騎士としての立場でならば不可能ではないとはいえ、人影が見えなくなった以上、深追いは危険と判断するしかない。
「遅くなっても……」
ドルナリンは諦めることにして、来た道を戻ろうと踵を返した。
その瞬間、差し込む僅かな陽光で人影が映し出される。
背後の、あばら家の屋根に隠れていたのだ。
「くッ!」
ドルナリンはすぐさま反応して、振り向きながら懐の短剣を取り出そうとした。
「何!?」
しかし、鞘から引き抜く同時の行動を賊の手刀で制され驚きの声を上げる。手の甲に走る痺れに近い痛みを堪え、武器は拾うことなく後退った。
ドルナリンの動きを読んでいて、賊が最初から狙っていた動きだとわかったからだ。
本来ならばもっと警戒して然るべきだったのだろうが、敵の正体を見て次の動作に支障が出てしまう。
「お前はッ? クッ……!」
驚愕して見せるも、そのすきに賊はドルナリンを壁へと押し付け両手首を抑え込んだ。それだけまさかの人物だったのである。
本来は頭1つ分ほど小さな体だが、やや中腰の姿勢でマウントを取られてしまうと動くにも動けない。
「ロジェ、なぜ卿が……」
同僚の後輩とわかり、無理な抵抗も出来ず問いかける。そう、なぜ
黄金の髪が近く、まだ若い男の香りが鼻孔をくすぐり思わず顔を背けてしまったが。なぜだか、罪悪感が胸を突くのだ。
「オロッソ隊長こそ、まさかこんなところに潜入されているとは思いませんでしたよ」
ロジェのボーイソプラノで皮肉が飛んできた。
こうもあっさりと変装を見破られるとは思わなかった。
それよりも重要なのは、なぜか互いの正体がわかってもロジェが身を引こうとしないことである。
「疑ったことは悪かった……。こそこそとこちらを嗅ぎ回っている様子だったので、追いかけてしまったんだ」
攻撃しようとしたことを怒っているのかと思って謝罪を入れたが、手首を掴んだ力は弱まることはなかった。
「変装のことは、その。どうしても個人的なことだったもので……。違うのか?」
休暇の誘いを断ったことだろうかと、改めて弁解を述べてみる。しかし、ロジェの反応からそれも間違っている様子だ。
「違いますよ。別に怒っているわけではなくて、嬉しいんです」
「嬉しい?」
あどけなさを残しながらも整った男前が、ドルナリンの疑問に答えニヤリと口元を三日月型に歪ませた。それはまるで、神話に謳われる盗賊の神を思わせた。
ロジェの不可解なセリフをオウム返しに問う。
「オロッソ隊長。いえ、リナルドの秘密を知れたことがです」
果たしてどういう意味か。
「脅すのか? 盗人の神“アンジェイド”のように悪辣な顔だぞ」
休暇の際に呼び捨てにしたことを叱りつけるほど狭量ではないが、酷く嫌な予感がして批判的になってしまう。
それでもロジェはアルカイックスマイルを崩さず、ズイッと顔を寄せてくる。その冷たいながらも精巧な笑みに、ドルナリンも想い人がいなければ簡単に心を奪われてしまったことだろう。
流石は、庭の小石から神々の貢物である甘露まで盗めるとされた神だ。
「そんなことを言える立場ですか? 何をしているのかぐらい、ちゃんと掴んでいるんですよ?」
その悪心ゆえに、“マルグリン”より邪神とされるかの神を人は侮蔑を込めて呼ぶ――。
本気で脅迫することを宣言して見せる。そして、片手が開放されたかと思えば、ロジェの手がドルナリンの顎を捉えて顔を正面に向けさせた。
「何をすッ!? ンゥッ!!」
抵抗する間もなく唇同士が重なり、頬を押されて開かされた口腔へとベロが侵入してくる。乱暴に、ただ奪わんとするがためにドルナリンの口づけを貪る。
――盗蜜者と。
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