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19P・情報という武器
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まずピエールに振られた内容に答える。
「多分、鍛冶師やその道の職人に声を掛けているんでしょう。宰相直々に動いているならば農業振興とは考えづらいです」
推測を交えつつ全てを話さないようにする。
「なるほど。ここ数日の違和感の正体がようやくわかりました。まぁ、流石に断言はできませんが」
「?」
合点が行ったと言わんばかりにピエールが反応を見せた。ドルナリンにはまだ全貌が見えてこない。
「あぁぁ、もしかしてぇ、ここのところハイドロメル北方の塩が安くで入ってきて中部や南方の物の質が落ちてる件ですかぁ?」
毎度のように割り込んできたのはモニカだった。しかし、意外な変化が起こっていることにドルナリンは顔にシワを寄せた。
流石は商人と言ったところだろうか。
「しかも、この間は友達の商隊が野盗に襲われてぇ、大変だった見たいですよぉ。王国兵が捕まえてくれて事なきを得たようだけどねぇ」
更に続く言葉でシワが厚くなってしまう。偽装兵の誤解については伝わっていないようだが、厳密とまでいかないものの――箝口令を敷いた意味がない。
それでも、僅かな断片をつなげてピエールは現状のハイドロメルを推理してみせる。
「わかりました。現在、この国はイータットからの密かな侵略を受けているようですね」
「!?」「ほぉッ!」
まさかの正解に、ドルナリンは思わず近衛騎士隊長の顔をしそうになった。
なんとかモニカ同様の驚愕だけに留めると、小さく咳払いをして気を取り直す。
「それは、どういう論からです?」
改めて問いかけた。
ピエールの聡明さを考えると単なる当てずっぽうではないだろうが、裏にいる情報源を探る目的もあった。
「農機具でもなく鍛冶屋を必要とするなら、武具のためというのが妥当です。そして北方から上質な塩が入ってきているせいで、国内の塩の質を下げて値段を釣り合わせるしかない。明らかに、意図的に市場が操作され始めている。
最後に野盗ですが、モニカの出入りの時期を考えると遠征訓練に出ているころ。妙に対応が早いので、事前に偵察部隊が動いていることを突き止めていたのではないかと。まぁ、推測の域はでません」
肩を竦めて言ってみせた。
「ほぅ……」
片耳で聞いていた店主が感嘆の声を上げた。
「……なるほど」
ドルナリンも関心せざるを得ない。一部に違いはあるものの、ほぼイータットとハイドロメルの同行を理解していた。
ピエールの洞察力は、市井の一般人にしておくのは惜しい。誰から情報を得ているのかは読み取れなかったものの、マキシに並び立つ可能性だってある。
「ピエールさんはそこまで詳しいのに、単なる物書きを続けているのはなぜです? 軍に志願すればのし上がることもできるのでは?」
「そだよねー。才能の無駄、とまでは言わないまでも持ち腐れになるよぉ?」
「俺が言うのもなんだが、本なんて書こうと思えば合間にできるわけだかんな」
深くプライベートを追及することをしないとの暗黙の了解はあるが、ピエールの才覚には皆が疑問を抱いていたらしい。3人とも異口同音に尋ねた。
「いや、こう見えて、規律とかに縛られるのは嫌いでしてね。大多数と一緒というのが気持ち悪いというか……」
良くある答えであって、しかし誰もが納得できる言葉だった。没個性的な顔立ちに見えるが著書は非常にユーモラスである。
「別にハイドロメルが嫌いってわけではないんですよ?」
「わかって居ますよ。勿体ないのは確かですが、無理強いも出来ませんからね。しかし、見事な論拠でした」
ピエールの言葉にドルナリンも頷いた。
また同好の士との仲も縮まり、心地の良い時間が過ぎていく。
4時間ほど文章面で相談したりして過ごした頃、4人に反応が見られた。グーっとお腹の虫がオーケストラを奏でたのである。あっちで、こっちで交響曲だ。
「ふにゃ~。お腹が空いたよぉ」
「もうそんな時間かい。久しぶりともなると、時間が経つのも早く感じるな」
モニカがフードの出口を机に伏せて、可愛げのある声でその本意を伝えた。さらに店主も続き、モタモタと机の本を片付け始める。
「軽食程度なら用意してきましたので、皆さんもどうぞ」
ピエールも自分の本をしまうと、代わりに紙に包んだ昼食を取り出した。薄切りのパンに肉や野菜を挟んだ物で、簡単に見えて形の整い具合やバランスの良さが傍目でもわかった。
「うわぁ、賢いだけじゃなくてこういうことも得意なんだねぇ。芸が細かいというかぁ、ねぇ?」
モニカもサンドイッチを見て、感心した。老人と騎士に問われても困るが。
乙女チックな性格をしながらも、生まれてこの方商人しかやってこなかったモニカにとっても、この芸風は酷だったらしい。
「人それぞれ、得手不得手はありますから。では、私は適当に屋台でご飯を買ってきます」
軽食の量からして足りないため、いつものように昼食を獲得しに向かう。今日はドルナリンの担当だ。
「おうよ。ただ」「わかってます。本が汚れるようなのはなしですよね」
店主が口を挟んできたのを遮って、苦笑を浮かべて毎度聞くセリフを繰り返した。そう、この同好の場における絶対のルール。店主の拘りでもあり、あらゆる『書』を愛する者にとっての法である。
ドルナリンは本屋を出た。
「多分、鍛冶師やその道の職人に声を掛けているんでしょう。宰相直々に動いているならば農業振興とは考えづらいです」
推測を交えつつ全てを話さないようにする。
「なるほど。ここ数日の違和感の正体がようやくわかりました。まぁ、流石に断言はできませんが」
「?」
合点が行ったと言わんばかりにピエールが反応を見せた。ドルナリンにはまだ全貌が見えてこない。
「あぁぁ、もしかしてぇ、ここのところハイドロメル北方の塩が安くで入ってきて中部や南方の物の質が落ちてる件ですかぁ?」
毎度のように割り込んできたのはモニカだった。しかし、意外な変化が起こっていることにドルナリンは顔にシワを寄せた。
流石は商人と言ったところだろうか。
「しかも、この間は友達の商隊が野盗に襲われてぇ、大変だった見たいですよぉ。王国兵が捕まえてくれて事なきを得たようだけどねぇ」
更に続く言葉でシワが厚くなってしまう。偽装兵の誤解については伝わっていないようだが、厳密とまでいかないものの――箝口令を敷いた意味がない。
それでも、僅かな断片をつなげてピエールは現状のハイドロメルを推理してみせる。
「わかりました。現在、この国はイータットからの密かな侵略を受けているようですね」
「!?」「ほぉッ!」
まさかの正解に、ドルナリンは思わず近衛騎士隊長の顔をしそうになった。
なんとかモニカ同様の驚愕だけに留めると、小さく咳払いをして気を取り直す。
「それは、どういう論からです?」
改めて問いかけた。
ピエールの聡明さを考えると単なる当てずっぽうではないだろうが、裏にいる情報源を探る目的もあった。
「農機具でもなく鍛冶屋を必要とするなら、武具のためというのが妥当です。そして北方から上質な塩が入ってきているせいで、国内の塩の質を下げて値段を釣り合わせるしかない。明らかに、意図的に市場が操作され始めている。
最後に野盗ですが、モニカの出入りの時期を考えると遠征訓練に出ているころ。妙に対応が早いので、事前に偵察部隊が動いていることを突き止めていたのではないかと。まぁ、推測の域はでません」
肩を竦めて言ってみせた。
「ほぅ……」
片耳で聞いていた店主が感嘆の声を上げた。
「……なるほど」
ドルナリンも関心せざるを得ない。一部に違いはあるものの、ほぼイータットとハイドロメルの同行を理解していた。
ピエールの洞察力は、市井の一般人にしておくのは惜しい。誰から情報を得ているのかは読み取れなかったものの、マキシに並び立つ可能性だってある。
「ピエールさんはそこまで詳しいのに、単なる物書きを続けているのはなぜです? 軍に志願すればのし上がることもできるのでは?」
「そだよねー。才能の無駄、とまでは言わないまでも持ち腐れになるよぉ?」
「俺が言うのもなんだが、本なんて書こうと思えば合間にできるわけだかんな」
深くプライベートを追及することをしないとの暗黙の了解はあるが、ピエールの才覚には皆が疑問を抱いていたらしい。3人とも異口同音に尋ねた。
「いや、こう見えて、規律とかに縛られるのは嫌いでしてね。大多数と一緒というのが気持ち悪いというか……」
良くある答えであって、しかし誰もが納得できる言葉だった。没個性的な顔立ちに見えるが著書は非常にユーモラスである。
「別にハイドロメルが嫌いってわけではないんですよ?」
「わかって居ますよ。勿体ないのは確かですが、無理強いも出来ませんからね。しかし、見事な論拠でした」
ピエールの言葉にドルナリンも頷いた。
また同好の士との仲も縮まり、心地の良い時間が過ぎていく。
4時間ほど文章面で相談したりして過ごした頃、4人に反応が見られた。グーっとお腹の虫がオーケストラを奏でたのである。あっちで、こっちで交響曲だ。
「ふにゃ~。お腹が空いたよぉ」
「もうそんな時間かい。久しぶりともなると、時間が経つのも早く感じるな」
モニカがフードの出口を机に伏せて、可愛げのある声でその本意を伝えた。さらに店主も続き、モタモタと机の本を片付け始める。
「軽食程度なら用意してきましたので、皆さんもどうぞ」
ピエールも自分の本をしまうと、代わりに紙に包んだ昼食を取り出した。薄切りのパンに肉や野菜を挟んだ物で、簡単に見えて形の整い具合やバランスの良さが傍目でもわかった。
「うわぁ、賢いだけじゃなくてこういうことも得意なんだねぇ。芸が細かいというかぁ、ねぇ?」
モニカもサンドイッチを見て、感心した。老人と騎士に問われても困るが。
乙女チックな性格をしながらも、生まれてこの方商人しかやってこなかったモニカにとっても、この芸風は酷だったらしい。
「人それぞれ、得手不得手はありますから。では、私は適当に屋台でご飯を買ってきます」
軽食の量からして足りないため、いつものように昼食を獲得しに向かう。今日はドルナリンの担当だ。
「おうよ。ただ」「わかってます。本が汚れるようなのはなしですよね」
店主が口を挟んできたのを遮って、苦笑を浮かべて毎度聞くセリフを繰り返した。そう、この同好の場における絶対のルール。店主の拘りでもあり、あらゆる『書』を愛する者にとっての法である。
ドルナリンは本屋を出た。
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