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14P・一夜の夢よ

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 リナルドが赤銅色のカーテンから漏れる陽の光を背中に受けてハッと目を冷ましたのは、まだ夜が明けきっていない頃だった。誰かがパスクを呼びにくる前で良かったと、安堵しつつ重たい体を起こした。
 訓練の後よりも全身に力が入らないのは、日が白むぐらいまでパスクの相手をしていたからである。
「くッ……。まだ、寝ていらっしゃるか」
 途中から意識が飛ぶぐらいには激しかったのだろう。危うく腰が立たなくなるほど甚振ってくださった。
 全身で受け止めた甘じょっぱいオスの香りがまだ残っているかもしれないが、誰かに見られるよりは良いとしてズボンを履いて部屋を出る。

 コソコソと、しかし素早く移動して自室の扉を潜ろうとしたところで、呼び止める声がある。
「オロッソ隊長?」
「ッ!?」
 驚きを可能な限り隠して振り返れば、ロジェが何故かそこに佇んでいた。
 たぶん、見回りの担当が深夜から明け方だったのだろう。ちょうど屋内を回るタイミングで遭遇してしまったようで、リナルドは内心の焦りを必死に隠す。

「ピグロン卿……いや、ロジェ。なんだ?」
 他人行儀になりかけたのを訂正して、平然とした様子で尋ね返した。
「いえ、このような時間に誰かの姿を見かけたので。何やらくたびれている様子でしたし、眼鏡などらしくもないものを着けているため誰かと思い声を掛けました。しかも、私服ですし?」
「あ。これは、まぁ、気にするな」
 指摘されて、リナルドはギクリとなり顔を片手で抑えた。うっかり掛けていることを忘れていたのは致命的だ。詰め物で顔の輪郭も少し違っているのもかなりの痛手。

 己の迂闊さを誤魔化しつつ、この場をどう凌ぐかを考える。
「懸案事項でしょうか? それとも遠征訓練で問題でも? 顔もむくんでいらっしゃるようなので、おやすみなされてはどうです?」
 そうしている間にロジェの方から話を進めてきた。どうやら、口の詰め物も寝不足が原因だと思ってくれた様子だ。
「あ? あー、いや、まだそうと決まったわけではない。明日は休暇なので、可能な限り今日の分は終わらせておくよ」
 遠征訓練中にイータット国の偽装兵と交戦したという事実は伏せつつ、上手く勘違いに乗ってやり過ごそうとする。

「心配しなくても大丈夫だ。ありがとう」
 あてがわれた自室の扉を開いた後、不自然に思われないように気遣わせてしまったことを謝罪しておく。
「あ、いえ! 明日はごゆっくり!」
 室内に収まっていくリナルドの背中に、ロジェの弾むような声が掛けられた。その目は、訓練の指導を受けているときのように輝いていただろうか。
 ドアを後ろ手で完全に閉めたのを確認すると、次の瞬間には深く安堵の息を吐いてヘナヘナと座り込んでいた。ロジェの尊敬を想像すると、酷く罪悪感が募る。

 元から足腰が震えるほどにパスクの槍を受け止めたのもあったため、思いの外ここでダメージが来てしまったようだ。
「はぁ~ッ。なんとか知られずに済んだ……」
 外に聞こえないよう小さくつぶやいた。
 しばらく呆然とした後、いつまでも脱力していられないと昨晩から残していたタライに近づいた。既に冷めてしまっている上に昨日の汚れが残っているが、このまま出ていくよりもマシというもの。

 服を脱ぎ捨てるとそれは軽くすすぎ、絞って窓辺に干しておく。手ぬぐいで体を拭くと掛け布団を体に巻きつけ、パスクの世話をしたのであろう使用人の女性を呼びつける。理由は適当に、寝汗をかいたとだけ伝える。
 多分、寝所の惨状を既にみたことだろう。下手に言葉を用いれば、ケリュラになすりつけることができなくなる。
 そして新しい湯を持ってきてもらい、更にそれで体を拭く。
「……陛下。仕方ないか」
 いささか名残惜しいではあるが、男さえ惑わす芳香を漂わせて訓練は出来ない。その身に誘香を抱きしめるのは諦めて、匂いが目立たなくなる程度にお湯で拭き取った。

 リナルドは着替えを完全に終わらせ、少し遅れてはいるが朝食のために食堂へと向かう。
 すれ違った侍女がおかしな顔をしなかったので、匂いなどはしないのだろうと考えておく。
 パスクの姿は食堂になかったが、召使いに食事を運ばせていた辺り酔いが抜けきらないと推測した。
 朝食の後は、リナルド自らも王城の裏にある庭へと向かった。そこには木造に心ばかしのはめ殺しの窓ガラスと換気窓が付いた、物置小屋を少し大きくした程度のものが建っている。兵士達の武器庫であり、主に訓練用の木剣などが置かれている。

「準備ご苦労。少し遅れたか」
 たどり着いて早々に、武器庫の前にある程度の列をなした兵達に声をかけた。
「いえ、訓練前の点検を始めたばかりなので大丈夫です」
「そうか。では段取りはお願いして良いか、訓練臨時隊長?」
 今日の訓練に参加する兵士の隊長担当が応え、リナルドがさらに簡単な指示を飛ばす。
 訓練できるスペースが狭いことから、日毎に数グループをローテーションしているのである。グループごとの号令係を1人決めて、リナルドは指導係に徹するという形で効率化を図っているわけだ。なお、休暇の場合は暇を見つけたパスクか、暇を持て余したケリュラが模擬戦闘に加わることがある。
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