15 / 50
14P・一夜の夢よ
しおりを挟む
リナルドが赤銅色のカーテンから漏れる陽の光を背中に受けてハッと目を冷ましたのは、まだ夜が明けきっていない頃だった。誰かがパスクを呼びにくる前で良かったと、安堵しつつ重たい体を起こした。
訓練の後よりも全身に力が入らないのは、日が白むぐらいまでパスクの相手をしていたからである。
「くッ……。まだ、寝ていらっしゃるか」
途中から意識が飛ぶぐらいには激しかったのだろう。危うく腰が立たなくなるほど甚振ってくださった。
全身で受け止めた甘じょっぱいオスの香りがまだ残っているかもしれないが、誰かに見られるよりは良いとしてズボンを履いて部屋を出る。
コソコソと、しかし素早く移動して自室の扉を潜ろうとしたところで、呼び止める声がある。
「オロッソ隊長?」
「ッ!?」
驚きを可能な限り隠して振り返れば、ロジェが何故かそこに佇んでいた。
たぶん、見回りの担当が深夜から明け方だったのだろう。ちょうど屋内を回るタイミングで遭遇してしまったようで、リナルドは内心の焦りを必死に隠す。
「ピグロン卿……いや、ロジェ。なんだ?」
他人行儀になりかけたのを訂正して、平然とした様子で尋ね返した。
「いえ、このような時間に誰かの姿を見かけたので。何やらくたびれている様子でしたし、眼鏡などらしくもないものを着けているため誰かと思い声を掛けました。しかも、私服ですし?」
「あ。これは、まぁ、気にするな」
指摘されて、リナルドはギクリとなり顔を片手で抑えた。うっかり掛けていることを忘れていたのは致命的だ。詰め物で顔の輪郭も少し違っているのもかなりの痛手。
己の迂闊さを誤魔化しつつ、この場をどう凌ぐかを考える。
「懸案事項でしょうか? それとも遠征訓練で問題でも? 顔もむくんでいらっしゃるようなので、おやすみなされてはどうです?」
そうしている間にロジェの方から話を進めてきた。どうやら、口の詰め物も寝不足が原因だと思ってくれた様子だ。
「あ? あー、いや、まだそうと決まったわけではない。明日は休暇なので、可能な限り今日の分は終わらせておくよ」
遠征訓練中にイータット国の偽装兵と交戦したという事実は伏せつつ、上手く勘違いに乗ってやり過ごそうとする。
「心配しなくても大丈夫だ。ありがとう」
あてがわれた自室の扉を開いた後、不自然に思われないように気遣わせてしまったことを謝罪しておく。
「あ、いえ! 明日はごゆっくり!」
室内に収まっていくリナルドの背中に、ロジェの弾むような声が掛けられた。その目は、訓練の指導を受けているときのように輝いていただろうか。
ドアを後ろ手で完全に閉めたのを確認すると、次の瞬間には深く安堵の息を吐いてヘナヘナと座り込んでいた。ロジェの尊敬を想像すると、酷く罪悪感が募る。
元から足腰が震えるほどにパスクの槍を受け止めたのもあったため、思いの外ここでダメージが来てしまったようだ。
「はぁ~ッ。なんとか知られずに済んだ……」
外に聞こえないよう小さくつぶやいた。
しばらく呆然とした後、いつまでも脱力していられないと昨晩から残していたタライに近づいた。既に冷めてしまっている上に昨日の汚れが残っているが、このまま出ていくよりもマシというもの。
服を脱ぎ捨てるとそれは軽く濯ぎ、絞って窓辺に干しておく。手ぬぐいで体を拭くと掛け布団を体に巻きつけ、パスクの世話をしたのであろう使用人の女性を呼びつける。理由は適当に、寝汗をかいたとだけ伝える。
多分、寝所の惨状を既にみたことだろう。下手に言葉を用いれば、ケリュラになすりつけることができなくなる。
そして新しい湯を持ってきてもらい、更にそれで体を拭く。
「……陛下。仕方ないか」
いささか名残惜しいではあるが、男さえ惑わす芳香を漂わせて訓練は出来ない。その身に誘香を抱きしめるのは諦めて、匂いが目立たなくなる程度にお湯で拭き取った。
リナルドは着替えを完全に終わらせ、少し遅れてはいるが朝食のために食堂へと向かう。
すれ違った侍女がおかしな顔をしなかったので、匂いなどはしないのだろうと考えておく。
パスクの姿は食堂になかったが、召使いに食事を運ばせていた辺り酔いが抜けきらないと推測した。
朝食の後は、リナルド自らも王城の裏にある庭へと向かった。そこには木造に心ばかしのはめ殺しの窓ガラスと換気窓が付いた、物置小屋を少し大きくした程度のものが建っている。兵士達の武器庫であり、主に訓練用の木剣などが置かれている。
「準備ご苦労。少し遅れたか」
たどり着いて早々に、武器庫の前にある程度の列をなした兵達に声をかけた。
「いえ、訓練前の点検を始めたばかりなので大丈夫です」
「そうか。では段取りはお願いして良いか、訓練臨時隊長?」
今日の訓練に参加する兵士の隊長担当が応え、リナルドがさらに簡単な指示を飛ばす。
訓練できるスペースが狭いことから、日毎に数グループをローテーションしているのである。グループごとの号令係を1人決めて、リナルドは指導係に徹するという形で効率化を図っているわけだ。なお、休暇の場合は暇を見つけたパスクか、暇を持て余したケリュラが模擬戦闘に加わることがある。
訓練の後よりも全身に力が入らないのは、日が白むぐらいまでパスクの相手をしていたからである。
「くッ……。まだ、寝ていらっしゃるか」
途中から意識が飛ぶぐらいには激しかったのだろう。危うく腰が立たなくなるほど甚振ってくださった。
全身で受け止めた甘じょっぱいオスの香りがまだ残っているかもしれないが、誰かに見られるよりは良いとしてズボンを履いて部屋を出る。
コソコソと、しかし素早く移動して自室の扉を潜ろうとしたところで、呼び止める声がある。
「オロッソ隊長?」
「ッ!?」
驚きを可能な限り隠して振り返れば、ロジェが何故かそこに佇んでいた。
たぶん、見回りの担当が深夜から明け方だったのだろう。ちょうど屋内を回るタイミングで遭遇してしまったようで、リナルドは内心の焦りを必死に隠す。
「ピグロン卿……いや、ロジェ。なんだ?」
他人行儀になりかけたのを訂正して、平然とした様子で尋ね返した。
「いえ、このような時間に誰かの姿を見かけたので。何やらくたびれている様子でしたし、眼鏡などらしくもないものを着けているため誰かと思い声を掛けました。しかも、私服ですし?」
「あ。これは、まぁ、気にするな」
指摘されて、リナルドはギクリとなり顔を片手で抑えた。うっかり掛けていることを忘れていたのは致命的だ。詰め物で顔の輪郭も少し違っているのもかなりの痛手。
己の迂闊さを誤魔化しつつ、この場をどう凌ぐかを考える。
「懸案事項でしょうか? それとも遠征訓練で問題でも? 顔もむくんでいらっしゃるようなので、おやすみなされてはどうです?」
そうしている間にロジェの方から話を進めてきた。どうやら、口の詰め物も寝不足が原因だと思ってくれた様子だ。
「あ? あー、いや、まだそうと決まったわけではない。明日は休暇なので、可能な限り今日の分は終わらせておくよ」
遠征訓練中にイータット国の偽装兵と交戦したという事実は伏せつつ、上手く勘違いに乗ってやり過ごそうとする。
「心配しなくても大丈夫だ。ありがとう」
あてがわれた自室の扉を開いた後、不自然に思われないように気遣わせてしまったことを謝罪しておく。
「あ、いえ! 明日はごゆっくり!」
室内に収まっていくリナルドの背中に、ロジェの弾むような声が掛けられた。その目は、訓練の指導を受けているときのように輝いていただろうか。
ドアを後ろ手で完全に閉めたのを確認すると、次の瞬間には深く安堵の息を吐いてヘナヘナと座り込んでいた。ロジェの尊敬を想像すると、酷く罪悪感が募る。
元から足腰が震えるほどにパスクの槍を受け止めたのもあったため、思いの外ここでダメージが来てしまったようだ。
「はぁ~ッ。なんとか知られずに済んだ……」
外に聞こえないよう小さくつぶやいた。
しばらく呆然とした後、いつまでも脱力していられないと昨晩から残していたタライに近づいた。既に冷めてしまっている上に昨日の汚れが残っているが、このまま出ていくよりもマシというもの。
服を脱ぎ捨てるとそれは軽く濯ぎ、絞って窓辺に干しておく。手ぬぐいで体を拭くと掛け布団を体に巻きつけ、パスクの世話をしたのであろう使用人の女性を呼びつける。理由は適当に、寝汗をかいたとだけ伝える。
多分、寝所の惨状を既にみたことだろう。下手に言葉を用いれば、ケリュラになすりつけることができなくなる。
そして新しい湯を持ってきてもらい、更にそれで体を拭く。
「……陛下。仕方ないか」
いささか名残惜しいではあるが、男さえ惑わす芳香を漂わせて訓練は出来ない。その身に誘香を抱きしめるのは諦めて、匂いが目立たなくなる程度にお湯で拭き取った。
リナルドは着替えを完全に終わらせ、少し遅れてはいるが朝食のために食堂へと向かう。
すれ違った侍女がおかしな顔をしなかったので、匂いなどはしないのだろうと考えておく。
パスクの姿は食堂になかったが、召使いに食事を運ばせていた辺り酔いが抜けきらないと推測した。
朝食の後は、リナルド自らも王城の裏にある庭へと向かった。そこには木造に心ばかしのはめ殺しの窓ガラスと換気窓が付いた、物置小屋を少し大きくした程度のものが建っている。兵士達の武器庫であり、主に訓練用の木剣などが置かれている。
「準備ご苦労。少し遅れたか」
たどり着いて早々に、武器庫の前にある程度の列をなした兵達に声をかけた。
「いえ、訓練前の点検を始めたばかりなので大丈夫です」
「そうか。では段取りはお願いして良いか、訓練臨時隊長?」
今日の訓練に参加する兵士の隊長担当が応え、リナルドがさらに簡単な指示を飛ばす。
訓練できるスペースが狭いことから、日毎に数グループをローテーションしているのである。グループごとの号令係を1人決めて、リナルドは指導係に徹するという形で効率化を図っているわけだ。なお、休暇の場合は暇を見つけたパスクか、暇を持て余したケリュラが模擬戦闘に加わることがある。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~
凪瀬夜霧
BL
「綺麗な息子が欲しい」という実母の無茶な要求で、ランバートは女人禁制、男性結婚可の騎士団に入団する。
そこで出会った騎兵府団長ファウストと、部下より少し深く、けれども恋人ではない微妙な距離感での心地よい関係を築いていく。
友人とも違う、部下としては近い、けれど恋人ほど踏み込めない。そんなもどかしい二人が、沢山の事件を通してゆっくりと信頼と気持ちを育て、やがて恋人になるまでの物語。
メインCP以外にも、個性的で楽しい仲間や上司達の複数CPの物語もあります。活き活きと生きるキャラ達も一緒に楽しんで頂けると嬉しいです。
ー!注意!ー
*複数のCPがおります。メインCPだけを追いたい方には不向きな作品かと思います。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる