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7P・我が陛下よ
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休暇を終えた翌日、早速リナルド達は遠征訓練に出ていた。
縦長の国土を北に進んで、イータット王国の境から7日ほど手前の地点、首都から3日程度の位置に陣を張っていた。訓練という名目ではあるが、恭順の道を示してくる仮の宗主国を威嚇する意味もある。要は示威行為であり、相手の挑発しすぎない程度の距離を開けている。
本来であれば後2日は足を伸ばしたかったところだが、部隊には新人も多い。
今日は長距離の移動に慣れることと、食料などの現地調達を主に訓練する予定である。
「長い道のりを皆ご苦労だった。実践ともなればもっと過酷になるが、今後の課題とさせて貰う。本日は狩猟や自炊による食料確保と、簡単な部隊行動を主軸に行っていく。以上だ。解散の後、各自の作業を行え」
隊員達を集めての指示が終わったところで、様々な部隊が入り乱れて行動を始めた。
リナルドが指揮する近衛騎士隊だけでなく、3~4の部隊員も含めて10000を超えるのだ。たった一日のキャンプだとしても楽なものではない。
「ご苦労さん! 総隊長殿!」
書類片手に用意された天幕へ戻ったリナルドを労ったのは、ハイドロメル王国の国王陛下その人だった。
本来ならば近衛騎士の長として、臨時で総隊長を勤めるために1人でこれば良かったのである。それを許さず、数百の部隊員を連れて来なければならなくなった理由。それがパスクであった。
国王が王の居住まいから出てくるとなれば、それを守らなければならないのも近衛騎士の使命。
「陛下が王都に留まってくだされば、このような心労もなかったのですが……」
ため息まじりに言った。
首都にはケリュラや天地人を知る参謀マキシ、憲兵隊を含めて数千の精鋭を残してきてはいるものの、総数の上では手薄と言っても過言ではない。
「まぁ、まぁ、そーいうなって。問題が起こってるわけでもないだろ?」
暢気に肩まで組んで言ってくるが、その通りでもあるから厄介である。
というのも、今の状況で首都を攻められたなら陥落も見える。が、少し北の砦から軍団が動いている報告もなく、キャンプ地が川辺であることから陣を突破される恐れは僅かだ。
よって、リナルドにパスクを王都へ押し戻す口実はない。公私の意味でも。
「部屋に閉じこもってたんじゃ息が詰まるし、ここのところ運動不足なのは感じてたんだぜ?」
誰も見ていないからと、立場を越えて馴れ馴れしいのは困りものだ。
「要するに、書類仕事が嫌で宰相殿に押し付け、こちらに逃げてきたというわけですね」
「ハハハハハッ。流石はリナルドだな!」
図星を突いたらあっさりと認めた。
パスクとリナルドは、伯爵家に対して子爵家として仕えてきた旧知の仲である。性格や考え方は誰よりも互いにわかっていた。だからこそか、謀書の著者ドルナリンの正体が旧友であり後輩であることに気づかないことに、僅かばかりの苛立ちを覚えてしまっているのかもしれない。
望まずとも、肩に置かれた腕を丁寧に下ろして事務的に振る舞う。
「それでは、陛下は馬術の指南と号令をお願いします」
「お、おう……。まぁ、王様直々に評価して貰えるってことになったら、訓練にも身が入るってものだろ?」
少しそっけなくしすぎたかとも思ったが、上司にして先輩は気にしていない様子だ。
少なくともパスクの言う通りの効果を狙ってはいるものの、良くて一月の給与が数百ドゥルも上がるかぐらいだ。近衛騎士隊ほど忠心のある者など多くはない。
悲しいことだ。
それでも何か影響があることを願い、リナルドは明日の訓練に挑むのだった。
その前に、今夜を乗り切らなければならない。狩猟して自炊するだけのことに不安などないはずなのに、なぜこうも言い知れぬ不安が募るのか。
「とりあえず、俺達も飯を捕りに行かないとな。王様だからって、部下どもから分けてもらうわけにもいけねぇからな」
「わざわざ出られずとも……」
パスクが急に言い出すので、リナルドは慌てて止めようとした。
言い分として真っ当な上に、そうした自主主義で能力主義のところも多くの人心を集めている所以である。
強くは言えず、獣皮の鎧にマントをなびかせた背中を追うのだった。
パスクの手にはなぜか弓ではなく槍があった。穂先は太く分厚く反り返っていることから、投げ槍に適した形とは言い難い。
「さて、大物が取れると良いな!」
槍を大きく振りながら黒毛の馬に乗り、狩りの成果を願った。
当然、リナルドは指摘すべきことを口にする。
「陛下、まさかそれで獣を狩るつもりですか?」
「駄目か?」
この返事である。
何かおかしいのかと、キョトンとした表情を馬上から落としてくる。リナルドでさえ、名手とまで言えずとも弓を用いるというのにだ。
如何様な結果になるか、国王陛下を笑い者にするつもりはなくとも興味がそそられる。故にそれ以上は何も言わず、リナルドも馬に乗り込むと並走して野に出ていく。
結果だけを言うならば、当然だが大物を仕留めることはできなかった。
1時間ほど山岳に近い場所を駆け回るも、大型の動物自体がいないのでは仕方がない。リナルドがなんとか仕留めた1羽の雉が精一杯である。
「日が暮れました。残念ですが、これだけにして戻りましょう」
「随分と離れちまったな。仕方な……あれは?」
リナルドが切り上げることを提案した。
そんな折、パスクは少し離れたところの岩肌が隆起した場所から煙のようなものが薄っすらと立ち上っているのを見つけた。
縦長の国土を北に進んで、イータット王国の境から7日ほど手前の地点、首都から3日程度の位置に陣を張っていた。訓練という名目ではあるが、恭順の道を示してくる仮の宗主国を威嚇する意味もある。要は示威行為であり、相手の挑発しすぎない程度の距離を開けている。
本来であれば後2日は足を伸ばしたかったところだが、部隊には新人も多い。
今日は長距離の移動に慣れることと、食料などの現地調達を主に訓練する予定である。
「長い道のりを皆ご苦労だった。実践ともなればもっと過酷になるが、今後の課題とさせて貰う。本日は狩猟や自炊による食料確保と、簡単な部隊行動を主軸に行っていく。以上だ。解散の後、各自の作業を行え」
隊員達を集めての指示が終わったところで、様々な部隊が入り乱れて行動を始めた。
リナルドが指揮する近衛騎士隊だけでなく、3~4の部隊員も含めて10000を超えるのだ。たった一日のキャンプだとしても楽なものではない。
「ご苦労さん! 総隊長殿!」
書類片手に用意された天幕へ戻ったリナルドを労ったのは、ハイドロメル王国の国王陛下その人だった。
本来ならば近衛騎士の長として、臨時で総隊長を勤めるために1人でこれば良かったのである。それを許さず、数百の部隊員を連れて来なければならなくなった理由。それがパスクであった。
国王が王の居住まいから出てくるとなれば、それを守らなければならないのも近衛騎士の使命。
「陛下が王都に留まってくだされば、このような心労もなかったのですが……」
ため息まじりに言った。
首都にはケリュラや天地人を知る参謀マキシ、憲兵隊を含めて数千の精鋭を残してきてはいるものの、総数の上では手薄と言っても過言ではない。
「まぁ、まぁ、そーいうなって。問題が起こってるわけでもないだろ?」
暢気に肩まで組んで言ってくるが、その通りでもあるから厄介である。
というのも、今の状況で首都を攻められたなら陥落も見える。が、少し北の砦から軍団が動いている報告もなく、キャンプ地が川辺であることから陣を突破される恐れは僅かだ。
よって、リナルドにパスクを王都へ押し戻す口実はない。公私の意味でも。
「部屋に閉じこもってたんじゃ息が詰まるし、ここのところ運動不足なのは感じてたんだぜ?」
誰も見ていないからと、立場を越えて馴れ馴れしいのは困りものだ。
「要するに、書類仕事が嫌で宰相殿に押し付け、こちらに逃げてきたというわけですね」
「ハハハハハッ。流石はリナルドだな!」
図星を突いたらあっさりと認めた。
パスクとリナルドは、伯爵家に対して子爵家として仕えてきた旧知の仲である。性格や考え方は誰よりも互いにわかっていた。だからこそか、謀書の著者ドルナリンの正体が旧友であり後輩であることに気づかないことに、僅かばかりの苛立ちを覚えてしまっているのかもしれない。
望まずとも、肩に置かれた腕を丁寧に下ろして事務的に振る舞う。
「それでは、陛下は馬術の指南と号令をお願いします」
「お、おう……。まぁ、王様直々に評価して貰えるってことになったら、訓練にも身が入るってものだろ?」
少しそっけなくしすぎたかとも思ったが、上司にして先輩は気にしていない様子だ。
少なくともパスクの言う通りの効果を狙ってはいるものの、良くて一月の給与が数百ドゥルも上がるかぐらいだ。近衛騎士隊ほど忠心のある者など多くはない。
悲しいことだ。
それでも何か影響があることを願い、リナルドは明日の訓練に挑むのだった。
その前に、今夜を乗り切らなければならない。狩猟して自炊するだけのことに不安などないはずなのに、なぜこうも言い知れぬ不安が募るのか。
「とりあえず、俺達も飯を捕りに行かないとな。王様だからって、部下どもから分けてもらうわけにもいけねぇからな」
「わざわざ出られずとも……」
パスクが急に言い出すので、リナルドは慌てて止めようとした。
言い分として真っ当な上に、そうした自主主義で能力主義のところも多くの人心を集めている所以である。
強くは言えず、獣皮の鎧にマントをなびかせた背中を追うのだった。
パスクの手にはなぜか弓ではなく槍があった。穂先は太く分厚く反り返っていることから、投げ槍に適した形とは言い難い。
「さて、大物が取れると良いな!」
槍を大きく振りながら黒毛の馬に乗り、狩りの成果を願った。
当然、リナルドは指摘すべきことを口にする。
「陛下、まさかそれで獣を狩るつもりですか?」
「駄目か?」
この返事である。
何かおかしいのかと、キョトンとした表情を馬上から落としてくる。リナルドでさえ、名手とまで言えずとも弓を用いるというのにだ。
如何様な結果になるか、国王陛下を笑い者にするつもりはなくとも興味がそそられる。故にそれ以上は何も言わず、リナルドも馬に乗り込むと並走して野に出ていく。
結果だけを言うならば、当然だが大物を仕留めることはできなかった。
1時間ほど山岳に近い場所を駆け回るも、大型の動物自体がいないのでは仕方がない。リナルドがなんとか仕留めた1羽の雉が精一杯である。
「日が暮れました。残念ですが、これだけにして戻りましょう」
「随分と離れちまったな。仕方な……あれは?」
リナルドが切り上げることを提案した。
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