上 下
7 / 50

6P・どちらが一枚上手?

しおりを挟む
 黒塗りの怪物は機関部分と炭水車、それに台車が3~5車両で構成されている。木箱を山積みにしてロープで固定したものを乗せた平な車両は、街全体で消費される生活用品や食料品を分配して回っている。一日分だ。
 大都市ならば荷物用の車両が増えるか、時間を開けて数台が行き交う。後は人を乗せて運ぶために機関車が走るぐらいである。
 ハイドロメル王国の首都にある大型の蒸気機関はこれだけで、中型のものがライフラインを維持することを主体に使われている。小型化ができれば申し分はないが、大国でもそのような技術は確立されていない。
 しかし、これらの機械が生み出す噴煙は空を覆い隠す。行き過ぎた発展の末路が、元の故郷イータット王国だった。
 一時の休息に、リナルドは国の行き先を憂う。

「さて、通り過ぎたら最後の打ち合いでしょうか?」
 かぶりを振って想像から離れると、誰にということもなく問う。当然、それが間違いだと言うのは重々承知だ。
 声も音も姿も轟音にかき消されるならば、ケリュラの取るであろう行動はただ1つ。
 上からくる。
 ならば落下速度が乗る前に、こちらから迎え撃つのが正道。そのために台車へと向かって助走をつける。
 地面を蹴り、平台に足を掛け、木箱を踏み越え上昇する。

「もらッ――」
 読み通り、白煙の中にケリュラは居た。更には、光の遮られる場所ならば、神の加護により姿を溶け込ませることができた。
 リナルドが上空からの攻撃を予測しているところまでは、互いに行動パターンを知り尽くしていたと言える。
 しかし、煙が晴れてケリュラの姿が露見したとて、リナルドが反応する前に一撃を叩き込める自信はあった。
「――はぁ!?」
 が、偽焔刀を振り抜いてみればなんだ。もう片方も、護拳と鍔と籠柄が星に彩られた複雑な装飾に絡め取られ剣閃とともに弾かれた。驚愕の一言も漏れよう。

 手に残った凶器を見てみれば、錫メッキの薄板で作られたゴミ箱の蓋。奇妙な音が聞こえていたのは認識していても、まさかブリキの盾を持ち出してくるとは思いもしない。
「……燃えないゴミを掴まされるとは」
 分別は行き届いているはずなのだが、ケリュラはぼやいた。
 とはいえ、蓋を外すまでは斬りかかることもできず肩を落とすのだった。
「お終いですか?」
「ぐ、ぎぬ……あぁ」
「引き分けですね」
 リナルドの言葉を鉄板に悪戦苦闘しながらもあっさりと呑み込むケリュラ。

 ただ、引き分けという結果には異論がある様子だ。
「勝てなければ意味はない。どうせ、お主はパスクと一戦交えるつもりはないんだろう?」
 勝ちを譲れとでも言うのかとリナルドが警戒した。
 戦闘の狂姫にしてみれば、地面に転がったもう一本を拾い上げてリカバリーすることは可能のはずだ。簡単に折れることが怪しい。
「なら、今回はお主が勝ったことにしておけ。謝礼の1つでも貰うんじゃな」
 予想に反して殊勝なセリフが飛び出してきた。
 これにはリナルドも面食らった。

「ギリギリまで粘るかと思いましたが、意外ですね。恩賞というのもしっくりこないのですが」
「勝ち負けなんぞ己との戦い。自分の納得できない勝ちを拾っても嬉しくはないのだよ」
「なるほど」
 思わぬ言葉に納得した。
「では、恩賞というのは? 私も、当然の務めを果たしただけだと判断しております」
「……」
 今度はリナルドが問う形になるが、それを聞いてケリュラは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「お主、もー少し自分に正直にならんか……」
「?」
「いや、こっちの話じゃ」
 返答を聞いて近衛騎士隊長は自覚のなさそうな表情を浮かべた。ケリュラは何かを誤魔化すように話を切り上げ、落ちている方の武器を取りに行く。
 人通りの少なくなった夜道とは言え、そろそろ騒ぎを聞きつけてくる住民もいる。
 さらには憲兵隊など常に見回っているわけで、2人の引き裂いた夜の帳を見咎めるのも当然。

「おい、何をしている?」
 帯刀した2人の人影を兵隊の1人が誰何した。
 流石に国王陛下が許した試合であっても、路上で争うことを認められたわけではない。
「さて、逃げるぞ」
「お待ち下さい。ケリュラ姫!」
「リナルドの馬鹿者! 名前を呼ぶな! 火山宰相の小言を食らうだろうに!」
 騒ぎのことが伝われば、陛下もまとめて3人はお叱りを食らう。

 唐突に風刺コメディで使われているマキシの別称を持ち出され、リナルドは堪らず含み笑いを漏らす。城内に知り合いでもいるのかというほど、宰相閣下の性格が筒抜けになっているのも笑える話だ。
「クククッ。それは、いけませんね」
 そう言ってケリュラの背中を追った。余談ではあるが、その日も何故か昨夜のように胸の高鳴りが収まらず、眠るのに苦労した。
 当然ながら、静かな夜半に名前を出して話していたために憲兵隊にも聞こえていた。
 またあの2人かと言いたげに、逃げる背中を見送っていたに違いない。そして当たり前のように、翌日の昼には3人揃ってマキシの噴火を目の当たりにするのだった。

「遠征訓練の前にケチが付いたな」
 などとパスクはそうぼやくのだった。もし大規模に兵を動かす訓練の前でなければ、しばし爆発は収まらなかったことだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[BL]王の独占、騎士の憂鬱

ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕 騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて… 王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...