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6P・どちらが一枚上手?
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黒塗りの怪物は機関部分と炭水車、それに台車が3~5車両で構成されている。木箱を山積みにしてロープで固定したものを乗せた平な車両は、街全体で消費される生活用品や食料品を分配して回っている。一日分だ。
大都市ならば荷物用の車両が増えるか、時間を開けて数台が行き交う。後は人を乗せて運ぶために機関車が走るぐらいである。
ハイドロメル王国の首都にある大型の蒸気機関はこれだけで、中型のものがライフラインを維持することを主体に使われている。小型化ができれば申し分はないが、大国でもそのような技術は確立されていない。
しかし、これらの機械が生み出す噴煙は空を覆い隠す。行き過ぎた発展の末路が、元の故郷イータット王国だった。
一時の休息に、リナルドは国の行き先を憂う。
「さて、通り過ぎたら最後の打ち合いでしょうか?」
頭を振って想像から離れると、誰にということもなく問う。当然、それが間違いだと言うのは重々承知だ。
声も音も姿も轟音にかき消されるならば、ケリュラの取るであろう行動はただ1つ。
上からくる。
ならば落下速度が乗る前に、こちらから迎え撃つのが正道。そのために台車へと向かって助走をつける。
地面を蹴り、平台に足を掛け、木箱を踏み越え上昇する。
「もらッ――」
読み通り、白煙の中にケリュラは居た。更には、光の遮られる場所ならば、神の加護により姿を溶け込ませることができた。
リナルドが上空からの攻撃を予測しているところまでは、互いに行動パターンを知り尽くしていたと言える。
しかし、煙が晴れてケリュラの姿が露見したとて、リナルドが反応する前に一撃を叩き込める自信はあった。
「――はぁ!?」
が、偽焔刀を振り抜いてみればなんだ。もう片方も、護拳と鍔と籠柄が星に彩られた複雑な装飾に絡め取られ剣閃とともに弾かれた。驚愕の一言も漏れよう。
手に残った凶器を見てみれば、錫メッキの薄板で作られたゴミ箱の蓋。奇妙な音が聞こえていたのは認識していても、まさかブリキの盾を持ち出してくるとは思いもしない。
「……燃えないゴミを掴まされるとは」
分別は行き届いているはずなのだが、ケリュラはぼやいた。
とはいえ、蓋を外すまでは斬りかかることもできず肩を落とすのだった。
「お終いですか?」
「ぐ、ぎぬ……あぁ」
「引き分けですね」
リナルドの言葉を鉄板に悪戦苦闘しながらもあっさりと呑み込むケリュラ。
ただ、引き分けという結果には異論がある様子だ。
「勝てなければ意味はない。どうせ、お主はパスクと一戦交えるつもりはないんだろう?」
勝ちを譲れとでも言うのかとリナルドが警戒した。
戦闘の狂姫にしてみれば、地面に転がったもう一本を拾い上げてリカバリーすることは可能のはずだ。簡単に折れることが怪しい。
「なら、今回はお主が勝ったことにしておけ。謝礼の1つでも貰うんじゃな」
予想に反して殊勝なセリフが飛び出してきた。
これにはリナルドも面食らった。
「ギリギリまで粘るかと思いましたが、意外ですね。恩賞というのもしっくりこないのですが」
「勝ち負けなんぞ己との戦い。自分の納得できない勝ちを拾っても嬉しくはないのだよ」
「なるほど」
思わぬ言葉に納得した。
「では、恩賞というのは? 私も、当然の務めを果たしただけだと判断しております」
「……」
今度はリナルドが問う形になるが、それを聞いてケリュラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お主、もー少し自分に正直にならんか……」
「?」
「いや、こっちの話じゃ」
返答を聞いて近衛騎士隊長は自覚のなさそうな表情を浮かべた。ケリュラは何かを誤魔化すように話を切り上げ、落ちている方の武器を取りに行く。
人通りの少なくなった夜道とは言え、そろそろ騒ぎを聞きつけてくる住民もいる。
さらには憲兵隊など常に見回っているわけで、2人の引き裂いた夜の帳を見咎めるのも当然。
「おい、何をしている?」
帯刀した2人の人影を兵隊の1人が誰何した。
流石に国王陛下が許した試合であっても、路上で争うことを認められたわけではない。
「さて、逃げるぞ」
「お待ち下さい。ケリュラ姫!」
「リナルドの馬鹿者! 名前を呼ぶな! 火山宰相の小言を食らうだろうに!」
騒ぎのことが伝われば、陛下もまとめて3人はお叱りを食らう。
唐突に風刺コメディで使われているマキシの別称を持ち出され、リナルドは堪らず含み笑いを漏らす。城内に知り合いでもいるのかというほど、宰相閣下の性格が筒抜けになっているのも笑える話だ。
「クククッ。それは、いけませんね」
そう言ってケリュラの背中を追った。余談ではあるが、その日も何故か昨夜のように胸の高鳴りが収まらず、眠るのに苦労した。
当然ながら、静かな夜半に名前を出して話していたために憲兵隊にも聞こえていた。
またあの2人かと言いたげに、逃げる背中を見送っていたに違いない。そして当たり前のように、翌日の昼には3人揃ってマキシの噴火を目の当たりにするのだった。
「遠征訓練の前にケチが付いたな」
などとパスクはそうぼやくのだった。もし大規模に兵を動かす訓練の前でなければ、しばし爆発は収まらなかったことだろう。
大都市ならば荷物用の車両が増えるか、時間を開けて数台が行き交う。後は人を乗せて運ぶために機関車が走るぐらいである。
ハイドロメル王国の首都にある大型の蒸気機関はこれだけで、中型のものがライフラインを維持することを主体に使われている。小型化ができれば申し分はないが、大国でもそのような技術は確立されていない。
しかし、これらの機械が生み出す噴煙は空を覆い隠す。行き過ぎた発展の末路が、元の故郷イータット王国だった。
一時の休息に、リナルドは国の行き先を憂う。
「さて、通り過ぎたら最後の打ち合いでしょうか?」
頭を振って想像から離れると、誰にということもなく問う。当然、それが間違いだと言うのは重々承知だ。
声も音も姿も轟音にかき消されるならば、ケリュラの取るであろう行動はただ1つ。
上からくる。
ならば落下速度が乗る前に、こちらから迎え撃つのが正道。そのために台車へと向かって助走をつける。
地面を蹴り、平台に足を掛け、木箱を踏み越え上昇する。
「もらッ――」
読み通り、白煙の中にケリュラは居た。更には、光の遮られる場所ならば、神の加護により姿を溶け込ませることができた。
リナルドが上空からの攻撃を予測しているところまでは、互いに行動パターンを知り尽くしていたと言える。
しかし、煙が晴れてケリュラの姿が露見したとて、リナルドが反応する前に一撃を叩き込める自信はあった。
「――はぁ!?」
が、偽焔刀を振り抜いてみればなんだ。もう片方も、護拳と鍔と籠柄が星に彩られた複雑な装飾に絡め取られ剣閃とともに弾かれた。驚愕の一言も漏れよう。
手に残った凶器を見てみれば、錫メッキの薄板で作られたゴミ箱の蓋。奇妙な音が聞こえていたのは認識していても、まさかブリキの盾を持ち出してくるとは思いもしない。
「……燃えないゴミを掴まされるとは」
分別は行き届いているはずなのだが、ケリュラはぼやいた。
とはいえ、蓋を外すまでは斬りかかることもできず肩を落とすのだった。
「お終いですか?」
「ぐ、ぎぬ……あぁ」
「引き分けですね」
リナルドの言葉を鉄板に悪戦苦闘しながらもあっさりと呑み込むケリュラ。
ただ、引き分けという結果には異論がある様子だ。
「勝てなければ意味はない。どうせ、お主はパスクと一戦交えるつもりはないんだろう?」
勝ちを譲れとでも言うのかとリナルドが警戒した。
戦闘の狂姫にしてみれば、地面に転がったもう一本を拾い上げてリカバリーすることは可能のはずだ。簡単に折れることが怪しい。
「なら、今回はお主が勝ったことにしておけ。謝礼の1つでも貰うんじゃな」
予想に反して殊勝なセリフが飛び出してきた。
これにはリナルドも面食らった。
「ギリギリまで粘るかと思いましたが、意外ですね。恩賞というのもしっくりこないのですが」
「勝ち負けなんぞ己との戦い。自分の納得できない勝ちを拾っても嬉しくはないのだよ」
「なるほど」
思わぬ言葉に納得した。
「では、恩賞というのは? 私も、当然の務めを果たしただけだと判断しております」
「……」
今度はリナルドが問う形になるが、それを聞いてケリュラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お主、もー少し自分に正直にならんか……」
「?」
「いや、こっちの話じゃ」
返答を聞いて近衛騎士隊長は自覚のなさそうな表情を浮かべた。ケリュラは何かを誤魔化すように話を切り上げ、落ちている方の武器を取りに行く。
人通りの少なくなった夜道とは言え、そろそろ騒ぎを聞きつけてくる住民もいる。
さらには憲兵隊など常に見回っているわけで、2人の引き裂いた夜の帳を見咎めるのも当然。
「おい、何をしている?」
帯刀した2人の人影を兵隊の1人が誰何した。
流石に国王陛下が許した試合であっても、路上で争うことを認められたわけではない。
「さて、逃げるぞ」
「お待ち下さい。ケリュラ姫!」
「リナルドの馬鹿者! 名前を呼ぶな! 火山宰相の小言を食らうだろうに!」
騒ぎのことが伝われば、陛下もまとめて3人はお叱りを食らう。
唐突に風刺コメディで使われているマキシの別称を持ち出され、リナルドは堪らず含み笑いを漏らす。城内に知り合いでもいるのかというほど、宰相閣下の性格が筒抜けになっているのも笑える話だ。
「クククッ。それは、いけませんね」
そう言ってケリュラの背中を追った。余談ではあるが、その日も何故か昨夜のように胸の高鳴りが収まらず、眠るのに苦労した。
当然ながら、静かな夜半に名前を出して話していたために憲兵隊にも聞こえていた。
またあの2人かと言いたげに、逃げる背中を見送っていたに違いない。そして当たり前のように、翌日の昼には3人揃ってマキシの噴火を目の当たりにするのだった。
「遠征訓練の前にケチが付いたな」
などとパスクはそうぼやくのだった。もし大規模に兵を動かす訓練の前でなければ、しばし爆発は収まらなかったことだろう。
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