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5P・神々の加護
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ケリュラは耳を隠す程度まで伸びた銀髪を軽く掻き上げ、楽しげに笑みを浮かべた。
リナルドは、もはや戦いは避けられないと察する。
「訓練場で、木剣を使うというわけにはいきませんか?」
せめてもの抵抗として、模造の武器を使うことを提案した。
「それは駄目じゃろ」
しかし、切れ長の瞳と水気を携えた唇を少し吊り上げて、微笑みに変えたケリュラに軽い口調で一周されてしまった。
3年の間、平定も進み争いがなく、普段から兵士達との訓練で誤魔化していただけに溜まっているようだ。ただ、正式な婚姻こそ結んでいなくともケリュラは王妃である。武器を向けることそのものが良いことではない。
結論を出すまで、ケリュラは両手の歪な形状の武器を弄ぶ。二又に別れて湾曲しているその刀剣は、まるで銀色の炎を思わせる。
催促するようにパスクを一瞥して言う。
「一手、手合わせいただけないだろうか?」
「それならここで勝った奴が明日、俺と一戦ってことで良いじゃねぇか」
「陛下ッ? また勝手に……」
悩みあぐねているリナルドを差し置いて、守られるべき本人が決めて部屋へと引っ込んでしまった。しかしこれで、私闘ではなく国王が認めた試合であることが決まった。
ケリュラは喜びを満面に湛え、模造の火をクルクルと巧みに弄んで見せる。
「偽焔刀は一本にしようか? 盾もないのだろう?」
「……手加減は不要です。『加護』が無いことも、言い訳に使うつもりはないので頼られても構いません」
ハンディキャップの申し入れだが、リナルドは断った。陛下の剣にして盾として、いかなる条件でも負けてはならないと覚悟しているからだ。
それでなくともケリュラは、先のパレオに肌着だか下着だかわからないような衣装を少しまともにした程度のものしか身に着けていないのである。当たりどころが悪ければ怪我程度では済まない。
それでもなお、姿勢を低くして肉薄してくるケリュラに恐れや迷いはない。
小さな影が数歩のうちに懐に入り込み、まず一太刀目が襲いくる。
「くッ!」
左からの抉るような尾を引く剣戟を、抜き放った細剣でなんとか弾き上げる。
二撃目は、来ない。
宙に飛んだケリュラが視界から消えると同時に、その姿さえも闇の中に紛れてしまった。
近い位置が見づらいというリナルドの目の問題ではなく、これがケリュラの持つ加護だからだ。正しくは、蛮帝ガーロアが擁立したヴァイマン人の神“ゼラ”がもたらす加護と呼ばれる物。夜闇に溶け込みその身を黒にカモフラージュする力である。
「……少し、舐めましたか」
無理な体勢からの追撃は無駄だと察する賢しさはあった。どこから襲いかかってくるのか、周囲を伺うだけで冷や汗が頬を伝う。
その一撃だけで一発も喰らえないことがわかった。3年前に刃を交わしたとき以上に、重さの乗りと命を刈り取るための鋭さが勝っていた。
「ッ!?」
分析している間に背後から首を狙ってきた。しゃがんで回避する。
なびいた長髪の一房を切り取る偽の焔。ケリュラは余った偽焔刀を即座に逆手へ持ち替え、波打つ山刀から小振りの刺突に向いた刃をリナルドの項へ突き立てる。
それを細剣の柄で打って逸らすと、上半身を捻じり無理やり体勢を立て直す。
闇の中では不利と判断して後方に距離を取ると、ガス燈の明かりを求めてケリュラが開けていた窓へと身を投げ出した。下手に室内をメチャクチャにしようものなら、マキシのお小言も煩いからだ。
「ほぉッ」
感嘆の声をケリュラが漏らし、もう一つある窓を開いてわざわざ跳躍した。
リナルドの飛んで行くコースと褐色の射線が重なった。
宙で打ち合う3つの刃が交互に火花を散らし、微かに重量で押し負けたケリュラが線上から弾き出される。
「チッ!」「あぶな!」
少女に舌打ちなどしている余裕はないはずだ。なにせ、逸れた先は地面方向だから。
リナルドはガス燈の支柱を掴んで墜落を逃れたが、ケリュラは明かりに背を向けたままである。さらには両手が偽焔刀でふさがっているため、大人の足首ほどはある柱を手で捉えることはできない。
しかし、頭から着地する未来を予想したにも関わらず、そのようにはならなかった。
ケリュラは膝を曲げてポールに引っ掛かると、荷重を減らすために背を反って回転を始める。支柱を軸にクルクルと、両足の支えだけで下っていくではないか。
根本の太さを増すところで側宙からの着地。
頭上からの強襲を避けるため、城下の方へ距離を取った。細い路地の闇に紛れられては困るリナルドは、石畳に降りるとそれを追って並走する。
「なぁ!」
路面のレール上を駆けながら、剣閃を打ち合わせると同時にケリュラが声を上げた。
「なん、です?」
一合、二合と鉈のような刃を逸し、夜の申し子を路地に入れないようリナルドは走る位置を交差させて妨害した。
「この時間!」
「えぇ! 機関車が来ます!」
すれ違っていた2人の意見が合致した。
言わずとも蒸気機関の音を聞き漏らすことなどないだろうが、両者が刃を分かつにはちょうど良いタイミングだった。
迫る黒い荷車が汽笛を鳴らし、噴煙を巻き上げて矮小な2つの人影を威嚇する。
リナルドは路地のある側へと飛び退いた。ケリュラの小さな体は車体に隠れて見えない。
リナルドは、もはや戦いは避けられないと察する。
「訓練場で、木剣を使うというわけにはいきませんか?」
せめてもの抵抗として、模造の武器を使うことを提案した。
「それは駄目じゃろ」
しかし、切れ長の瞳と水気を携えた唇を少し吊り上げて、微笑みに変えたケリュラに軽い口調で一周されてしまった。
3年の間、平定も進み争いがなく、普段から兵士達との訓練で誤魔化していただけに溜まっているようだ。ただ、正式な婚姻こそ結んでいなくともケリュラは王妃である。武器を向けることそのものが良いことではない。
結論を出すまで、ケリュラは両手の歪な形状の武器を弄ぶ。二又に別れて湾曲しているその刀剣は、まるで銀色の炎を思わせる。
催促するようにパスクを一瞥して言う。
「一手、手合わせいただけないだろうか?」
「それならここで勝った奴が明日、俺と一戦ってことで良いじゃねぇか」
「陛下ッ? また勝手に……」
悩みあぐねているリナルドを差し置いて、守られるべき本人が決めて部屋へと引っ込んでしまった。しかしこれで、私闘ではなく国王が認めた試合であることが決まった。
ケリュラは喜びを満面に湛え、模造の火をクルクルと巧みに弄んで見せる。
「偽焔刀は一本にしようか? 盾もないのだろう?」
「……手加減は不要です。『加護』が無いことも、言い訳に使うつもりはないので頼られても構いません」
ハンディキャップの申し入れだが、リナルドは断った。陛下の剣にして盾として、いかなる条件でも負けてはならないと覚悟しているからだ。
それでなくともケリュラは、先のパレオに肌着だか下着だかわからないような衣装を少しまともにした程度のものしか身に着けていないのである。当たりどころが悪ければ怪我程度では済まない。
それでもなお、姿勢を低くして肉薄してくるケリュラに恐れや迷いはない。
小さな影が数歩のうちに懐に入り込み、まず一太刀目が襲いくる。
「くッ!」
左からの抉るような尾を引く剣戟を、抜き放った細剣でなんとか弾き上げる。
二撃目は、来ない。
宙に飛んだケリュラが視界から消えると同時に、その姿さえも闇の中に紛れてしまった。
近い位置が見づらいというリナルドの目の問題ではなく、これがケリュラの持つ加護だからだ。正しくは、蛮帝ガーロアが擁立したヴァイマン人の神“ゼラ”がもたらす加護と呼ばれる物。夜闇に溶け込みその身を黒にカモフラージュする力である。
「……少し、舐めましたか」
無理な体勢からの追撃は無駄だと察する賢しさはあった。どこから襲いかかってくるのか、周囲を伺うだけで冷や汗が頬を伝う。
その一撃だけで一発も喰らえないことがわかった。3年前に刃を交わしたとき以上に、重さの乗りと命を刈り取るための鋭さが勝っていた。
「ッ!?」
分析している間に背後から首を狙ってきた。しゃがんで回避する。
なびいた長髪の一房を切り取る偽の焔。ケリュラは余った偽焔刀を即座に逆手へ持ち替え、波打つ山刀から小振りの刺突に向いた刃をリナルドの項へ突き立てる。
それを細剣の柄で打って逸らすと、上半身を捻じり無理やり体勢を立て直す。
闇の中では不利と判断して後方に距離を取ると、ガス燈の明かりを求めてケリュラが開けていた窓へと身を投げ出した。下手に室内をメチャクチャにしようものなら、マキシのお小言も煩いからだ。
「ほぉッ」
感嘆の声をケリュラが漏らし、もう一つある窓を開いてわざわざ跳躍した。
リナルドの飛んで行くコースと褐色の射線が重なった。
宙で打ち合う3つの刃が交互に火花を散らし、微かに重量で押し負けたケリュラが線上から弾き出される。
「チッ!」「あぶな!」
少女に舌打ちなどしている余裕はないはずだ。なにせ、逸れた先は地面方向だから。
リナルドはガス燈の支柱を掴んで墜落を逃れたが、ケリュラは明かりに背を向けたままである。さらには両手が偽焔刀でふさがっているため、大人の足首ほどはある柱を手で捉えることはできない。
しかし、頭から着地する未来を予想したにも関わらず、そのようにはならなかった。
ケリュラは膝を曲げてポールに引っ掛かると、荷重を減らすために背を反って回転を始める。支柱を軸にクルクルと、両足の支えだけで下っていくではないか。
根本の太さを増すところで側宙からの着地。
頭上からの強襲を避けるため、城下の方へ距離を取った。細い路地の闇に紛れられては困るリナルドは、石畳に降りるとそれを追って並走する。
「なぁ!」
路面のレール上を駆けながら、剣閃を打ち合わせると同時にケリュラが声を上げた。
「なん、です?」
一合、二合と鉈のような刃を逸し、夜の申し子を路地に入れないようリナルドは走る位置を交差させて妨害した。
「この時間!」
「えぇ! 機関車が来ます!」
すれ違っていた2人の意見が合致した。
言わずとも蒸気機関の音を聞き漏らすことなどないだろうが、両者が刃を分かつにはちょうど良いタイミングだった。
迫る黒い荷車が汽笛を鳴らし、噴煙を巻き上げて矮小な2つの人影を威嚇する。
リナルドは路地のある側へと飛び退いた。ケリュラの小さな体は車体に隠れて見えない。
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