アルカポネとただの料理人

AAKI

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「ついでに、トミーへの挨拶も頼んだ」

 エポナの驚きなど知らぬ存ぜぬで、カポネは"ハーバード・イン"の料理長――だったと思う――への手紙までしたため始めた。

 ここでエポナに打てる手は限られていた。

 カポネにとって、報復を目指さなければ面子が立たないが、間違いだったとなればそれもそれで顔が潰れる。事実を調べる間は時間が残っているということだ。

 エポナとの約束を反故にする以上、彼女にだってカポネ達の立場をおもんぱかってやる義務はない。

「おう。じゃあ、行ってくるぜ」

 ガウチョは受け取った手紙を手に"ハーバード・イン"へと向かった。

 その後はというと、カポネはエポナの心情など理解していないらしく立ち上がってどこかへ行こうとする。オバニオンの動向を探るつもりだろう。

 割り当てられるのは、顔の知られていない上に――性格に似合わず――慎重派なフシェッティあたりか。

「飯は、まぁ、大丈夫か」

「わかった……。私も大丈夫だ」

 料理はガウチョ妹が食べてしまいそうなので心配しなくくて良いとして、カポネとエポナの間で意見は一致・・した。

 仕事も終わった早朝、エポナは住処の近くにある雑貨屋へと入っていく。

「おや、珍しいね」

 店主の老女はベルの音で振り向き、時間帯としての評価を述べた。以前の朝訪問を除けば昼過ぎが当たり前であり、開店すぐであればこれまで一度もない。

 人生経験の長い老婆がエポナの異常を察しないわけがなく、注文は促さず静かに見守る。

「……電話を貸して欲しい」

 少し間を置いた後、エポナはそう口を開いた。カポネを裏切るという行為に少なからず迷いがあったのは確かだ。

 それでも踏み切った言葉に、老婆は言葉は使わずカウンターの中にある壁掛け電話を顎で指す。エポナが電話へと近づいていると、これまた珍しい客が入ってくる。

「あんたもかい。今日はおかしな客でいっぱいだね」

 老婆が言った通り、子連れの男が腰を低くして愛想笑いを浮かべて入ってきた。

 以前にカポネを慕っていた見覚えのある少年で、男性はその父親だろう。カポネからの仕事が上手く行っているかは、息子の笑顔と行動を見れば一目瞭然だ。

「おばさ……お姉さん、これでお菓子を!」

「よしよし。ドルだなんて、羽振りが良いみたいだね」

「ハハッ、仕事が上手く行っててね。さすがに全部は多いから、半分で」

 子供には多すぎる金額に老婆は訝しいものを感じるが、触れるべきではないと考えたか父親の言葉に大人しくしたがった。

 そんなほのぼのとしているようなしていないような会話を尻目に、エポナはオバニオンへ電話をかける。さほどかからず交換手に繋がり、宛先を告げる。

「……へ。はい、えっと、……ドルか。お願い」

 緊張のあまり舌が上手く回らずボソボソとした喋りになるも、なんとか伝わったようで話は進んだ。

「もしもし?」

 最初に電話口に話しかけてきたのは、声音からしてヴァイスらしき人物だった。

「ヴァイスさんか? エポナだ」

「オブライエンさんねー? こんな時間に何かー?」

「あ、いや、申し訳ない。オバニオンに伝えたいことが。言伝でも良いが……できれば、直接」

 いくらマフィアが早起きだからといって、いきなり連絡してきては皆もヴァイスと同じ反応をするだろう。エポナは軽く謝罪を入れてから話を切り出した。

 アポイントもなしに組織のリーダーと話せるとは思っていなかったため、ヴァイスの判断に任せて無理には要求しない。

 それでも、ヴァイスはエポナの言葉に何かを感じ取ったように答える。

「わかったー」

 許可が降りてから、買い物客の親子の様子を眺めて待つこと一分ばかし。

「まだわからないよ、ママ。あぁ、すまない。お待たせ」

 何かを期待するような声が聞こえた後、オバニオンは浮足立った様子で電話口に出た。

 エポナは、そのような気持ちに水を差して申し訳なく思いつつも用件を伝える。

「詳しく話せないが、単刀直入に言う。そこから、町……可能ならシカゴから逃げてくれ」

「それは……?」

 急に言い出されて戸惑うオバニオンだが、荒唐無稽な話ではないとは考えてくれていた。

「アル……カポネが。これだけ言えば大体わかるだろ?」

「……あぁ」

 エポナは付け加えると、すぐに自分の置かれた立場を理解したオバニオン。

 カポネを含めトーリオ一家を怒らせたという自覚はある。とはいえ、直ぐにトーリオをハメた罠を辿られるとは思っていない。

「身を隠してはいるから、バレないようにこちらは進めて行くよ。君は、どうする? 答えもまだ聞いていないしさ」

「それは……」

 このような状況で浮かれていると思われるセリフだが、マフィアを止めた後のことに関しては約束は約束であった。唐突に問われ、先程のオバニオンと似た言葉を返してしまった。

「そう、だな。私も一緒に出ていった方が安全か。流石にカポネともやっていけそうにないしな」

 カポネへの裏切りなのは明白であるため、ケンカ別れにしてしまおうとエポナは安易に考えた。成り行き任せでオバニオンの好意を受け取るのも失礼ではあったが。
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