アルカポネとただの料理人

AAKI

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 態度に出てしまっていたか、若い保安官に言われエポナは戸惑った。怪しまれたりしないよう自然体を意識しつつ保安所の出口へ向かった。

 逆にぎこちない動きになっていた可能性はあるが、夜明けの光に向かって飛び出していけばこちらの勝ちである。

 が、何故かここで予想だにしない人物と出会う。

「あッ……?」

 思わず声が出てしまった。

 なにせ、カポネが保安所の前で佇んでいたからである。まさか、自首でもしにきたと言うのではあるまい。

「何か?」

 保安官に違和感を気づかれたかどうか、どうすべきかとエポナが悩んでいると、カポネはなんてことのないように彼女へ問いかけるのだ。迎えにきたというわけではなさそうである。

 そこで、エポナも長い付き合いからカポネが何かを企んでいると理解した。

「いいえ。では、失礼するよ」

 カポネに短く答えると、若い保安官には一礼するだけに止めてその場を去った。

「わたくし、古道具屋の店主でして。昨晩の騒ぎを、目撃しておりました」

 カポネの、そんな口からでまかせを言うのが聞こえただけだ。

 かくして事件の真相は闇に葬られ、また一人の保安官が若くして遺体となり見つかった。内部工作も理由だろうが――それにより事件の表向が大きく変わったのである。

 先輩保安官による嫉妬が原因の虚偽の事件という形で幕を閉じた。

 ――そうした表に出ている結果と、裏の事情を少なからずスパイの報告により知っているオバニオンは、新聞紙を乱暴に折りたたんで雑に投げた。

「くそめ……」

 声だけはどうにか抑えて悪態をつくも、高級チェアーに腰掛けるオバニオンは前のめりだ。

 怒りの理由は、別に選挙がトーリオ一家有利に動いたことではない。また、事件のことそのものが問題なのではない。

「どう思う?」

 オバニオンは、自分の抱いた考えについて意見を求めた。

 答えるのは、その場で側近として座っていたヴァイスである。

「さぁなー」

 右腕と言われていたにしては、そっけない反応だった。そもそも、オバニオンの考えを理解していないのかもしれない。

「エポナが俺のところにこない理由は、やっぱりトーリオの野郎が、部下のえー……傷顔のお気に入りだからって抱え込んでるからだ」

「あぁ、確かにクリスマスのときのことをトーリオのジジイが抗議してきたなよー」

 オバニオンの補足に対して、どう答えたものかと思案するヴァイス。すぐにそれっぽい言葉で言い繕うのだった。あくまで、トーリオが直接通達したという事実のみを認める形だ。

 商売敵であるカポネの名前をど忘れしていることに突っ込まなかったのも英断だった。ついでに無茶なプロポーズをしたものだとからかいたいのは秘密である。

 ヴァイスがはっきりとしないものだから、オバニオンも勘違いして言葉を続ける。

「やっぱりさ、トーリオをなんとかしないと駄目だと思うんだ。エポナが一家のナンバースリーって噂もあるしさ」

「そんな話まであるのかー? まぁ、トーリオの勢力を削りたいというのは確かだからなー」

 組織と個人の共通した利害の上で、エポナの引き抜きが重要だとわかっているヴァイスは、策があるならば聞こうという態度を取った。側近とか相談役ではなく、もはや友人か何かの関係である。

 オバニオンがそれを気にした様子を見せないため、そうなのだろう。

「そこで俺の策はこうだ」

 オバニオンは嬉々として語った。護衛の任務をとりやめて、ソファーに着いて自家製ウィスキーを嗜むヴァイス。

 つらつらと話されていく作戦に、ヴァイスは意外とばかりに感心した。女のこととなると暴走しがちなボスにして友人が、ちゃんと組織のことを考えていたことに。

「なるほど、なるほどー。不可能だって事実を除けば良い作戦だー」

 ヴァイスは聞き終えたあたりで総評を述べた。

「いやいや、どうにかなるって。もっと褒めてくれても良いんだからな?」

「調子に乗るから断るー」

 そのようなやり取りもいつものことのようで、2人はにこやかに話し合い作戦を詰めていくのだった。

 本当であれば協力などしたくはなかったが、一つの分岐点としての価値をヴァイスはこの作戦に見出していた。というのも、エポナを迎え入れるということはオバニオンがマフィアをやめるということである。

 しかし、その後釜に座るのが誰かと考えれば、無下に止めることでもない。

「まぁ、色々と今までの分は精算してくからよ。後は頼んだぜ」

「そんなこと言うなよー……。俺で皆を引っ張っていけるか不安だしよー」

 さり気なく会話に織り交ぜていくオバニオンへ、ヴァイスは正直な言葉を返した。組織としては平凡で、尖った組員もいないのでその点は問題ないだろう。けれど、思ったよりも膨れ上がった集団をまとめられるほどヴァイスにカリスマ性がないことは自覚していた。

 反面、オバニオンはわかっている。

 リーダー性だとかカリスマだなんてものは、その気でやっていればいずれ身につくものなのだと。大小はあれどだ。
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